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  <title>作品倉庫</title>
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  <description>ヘタの米様贔屓ブログサイトです。
米受け二次小説を書いています。Ｒ１８禁サイトです。</description>
  <lastBuildDate>Sun, 29 Dec 2013 15:11:54 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <item>
    <title>愛する目があれば</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　神は、さまざまな感情の化身を作った。それを電気で作った箱に入れて閉じこめた。それらは、ただ、力だけを作る道具となり、箱の中の生命は静かに眠っていた。<br />
　ある日、化身の何人かが目を覚ました。彼らは人の形をしていて、命を宿していた。自分は、なぜこんな狭いところにいるのだろう。箱の中は窮屈だった。寝ている分には良いが、起きてしまうと、退屈で、味気なく、そして、居心地が悪かった。彼らは各の力を使って、箱を破って外へ出て行ってしまった。</p>
<p>　アルフレッドは心底驚いた。壁に大きな穴が開いたからだ。彼は目を覚ましたとき、狭い部屋の中にいた。何もない部屋だ。アルフレッドは退屈で、壁をちょっと小突くことを思いついた。そして、見事に大穴が開いた。大した力を入れていないはずだが、とアルフレッドは思った。穴を覗きこむと、知識の中だけで知っていた森というのが見えた。緑色の葉がごわごわと茂っている。なんて素晴らしいんだろうな、とアルフレッドは感嘆の息を吐いた。胸が躍った。そして、そこから見える一本の木を見て、ぱあ、と顔を明るくした。<br />
「あの木には実が成っているらしいじゃないか。食べると美味しいんだぞ。取りに行ってみよう」<br />
　食べるという行為を今までしたことはないが、美味しい物を食べると、とても良い気分になるというのをアルフレッドは知識で知っていた。そして、今見た木は、知識で実が成る木だと知っていた。<br />
　アルフレッドは穴をくぐって、今までいた窮屈な箱の外へ出た。地上というのは変な感じだった。箱の中にいた頃は、地面も天井も壁も、すべてつるつるとして、暖かかった。なのに、外の世界はどこまでも広く、壁が見えない。それから、常に誰かの息が吹き込まれていた。アルフレッドの髪の毛は、誰かの息によって、揺れるし、草木も、誰かの息によって、揺れていた。においという物もあった。生臭い湿った土のにおい、傷ついた木の樹脂のにおい、若葉のみずみずしい香り、それから、泥の中を駆けめぐった動物の汚れた皮膚のにおいだ。たまに、ほっぺたが落ちそうなほど甘い香りが漂ってきた。アルフレッドは目を覚ましたときから服を着ていたし、靴も履いていた。それらの衣装は、アルフレッドの力が外へこぼれてしまわないように、一つの固まりにつなぎ止めておく役目があった。靴を履いた足で踏みしめた地面というのは、ぐにぐにと柔らかかった。<br />
　森の中を歩きながら、アルフレッドはおもしろい物を自分の目で沢山見た。それは鳥や、虫、花の存在である。蜘蛛という生き物は空中に糸の膜を張り、その糸は、べたべたとしていて、ちょうど真ん中を通ったアルフレッドの頭にくっついた。<br />
「はははは」アルフレッドは楽しくて仕方がない。こんな愉快な気持ちは初めて味わう。頭に蜘蛛の糸をくっつけたまま歩いた。<br />
　長く歩いていくうちに、山の険しい斜面に出た。そこに一人の人間を見つけた。<br />
「あ、人間！」アルフレッドは叫んだ。<br />
　叫ばれた相手は、虚を突かれたような顔をして、立ち止まり、振り返る。そして、その人間は、アルフレッドの姿をみたのだった。<br />
　アルフレッドは人間の顔を見て笑い出した。なんて太い眉毛だろう。知識で知っていた人間の眉毛の倍は太い。それが可笑しくてたまらない。相手は、アルフレッドが笑っていても、別段気を悪くしているふうでもなかった。ただ、少し口の端を曲げ、微笑を浮かべる。<br />
「俺は運が良いな」とその人間は言った。「喜びの精霊に会うとは」<br />
「喜びの精霊ってなんだい？」<br />
　人間は山歩きで疲れた体を地べたに下ろし、土の上に直に座って、下の目線からアルフレッドを観賞した。<br />
　じろじろ見られて変な気分だ。アルフレッドは困った顔をして、居心地悪そうに辺りをきょろきょろと見渡した。すると、熊の親子を見つけた。その二匹の可愛い動物はアルフレッドの興味をそそった。<br />
「俺、もう行くから。じゃあね。人間」アルフレッドは急いでそういうと、熊の親子を追いかける為に走り出した。</p>
<p>　熊は途中で見失ってしまった。アルフレッドは残念がって肩を落とした。見失った物を悔やんでいても仕方ないので、アルフレッドは他の面白い物を探しながら歩いた。<br />
　だんだん雲行きが怪しくなってきて、森に影が差し、辺りは薄暗くなった。ぽつぽつと雨が降り出した。アルフレッドは空を見上げた。分厚い灰色の雲が空一面に広がっている。雨粒は、アルフレッドの顔や、頭にぽたぽたと落ちてきた。冷たい。ずっと空を見上げていたら、ついに雨粒が目に入ってきて、アルフレッドは反射的に目を瞑る。雨はすぐに勢いを増す。槍のように降ってくる雨の線は、景色を見ずらくする。アルフレッドは雨の中を走り回った。そして、木下で雨宿りをした。ちょうど、その木に果実が実っていたので、アルフレッドは喜んで一つ失敬した。大口を開けて、一口かじると、甘みと酸味が同時にアルフレッドの口の中に広がる。水分が豊富で、美味だった。たらふく食べたところで、雨はやみはじめる。アルフレッドはおみやげに果実を二、三個ポケットに突っ込み、木の下から出て、また歩く。</p>
<p>　ちょっと行った所に、こじんまりとした家が一件、大樹に埋もれるようにして建っていた。だいぶ古い家で、開いた窓から、中のカーテンが外へ飛び出して垂れている。そのカーテンはシミだらけで、黄ばんでいた。そして、窓から赤ちゃんの鳴き声が聞こえていた。アルフレッドは窓に駆け寄ると、中を覗いた。椅子と、テーブルがあった。家具の全部に、蜘蛛の巣と埃が被っている。誰かが咳をしていた。赤ちゃんの声はその窓から見える部屋ではなく、別の部屋から聞こえているらしい。アルフレッドは玄関に回ってドアを叩いた。そして、勝手にドアを開けた。鍵はかかっていなかった。家の中はカビた臭いがし、どこかもの寂しい空気が流れていた。<br />
「どちら様かな？」<br />
　これから奥に入っていこうとするアルフレッドを呼び止める者がいた。階段の上に、冷たい目をした男が立っている。<br />
　アルフレッドは驚いて、畏まり、気おつけの姿勢になった。<br />
「俺は&hellip;&hellip;アルフレッドだぞ。君はこの家の人かい？」アルフレッドという名前は、神に名付けられた名前だ。<br />
「違うよ」男は言った。「僕は死に神。ここの家の人の命もそろそろかなと思って、様子を見に来たんだ。死んでいると思ったのに、まだ生きていたよ」彼は可笑しそうに笑うと、だるそうに階段の手すりに寄りかかった。<br />
「なんか、人間じゃない匂いがするなあ」彼は疑うような視線を、アルフレッドに投げてよこした。<br />
「だって、俺は人間じゃないからね。俺はエナジーの固まりなんだ」アルフレッドは威張りながら語った。「俺は神様の感情の化身なんだ。いっぱいある感情のどの化身かはわからないけど、さっき会った人間は俺のことを喜びの精霊と言っていたぞ」そして、にんまりと微笑んだ。「だから、もしかしたら、俺は喜びの化身なのかもしれないんだぞ」<br />
「それは、結構なことだね」男は嬉しそうに語るアルフレッドを冷めた目で見下ろす。彼は手すりから離れ、階段をゆっくりと降りてくる。アルフレッドは彼が自分に近づいてくるのを、じっと待っていた。そして、とうとう、彼はアルフレッドの真っ正面に立った。色素の薄い肌。高い鼻、長いまつげに、葡萄の汁のような色をした瞳、髪は薄い金色で長すぎず、短いが、東洋の僧侶のような坊主頭ではない。毛並みは無造作に流れ、ふんわりと頭部を覆っている。骨太で、背は、若干彼の方がアルフレッドよりも高い。彼はじいとアルフレッドの瞳をのぞき込んでいた。そして、突然口を開いた。<br />
「僕はイヴァンだよ。アルフレッド君」<br />
「イヴァン！」<br />
　彼は握手を求めて、アルフレッドに片手を差し出した。アルフレッドはなんの疑いもせず、その手を握った。<br />
　手と手を握り合ったその瞬間である。なんとも不思議なことが起こった。手を握っただけで、このような事が起こるなど想像し得なかったが、それは起こったのだ。イヴァンと握りあった手は、磁石のＳ極とＭ極が合わさったときのように、しっかりと隙間もなく密着し、その握りあった手の平の中心辺りに熱を感じた。火で指を炙ったときのような痛みの熱ではない。風邪を引いた人間のおでこの熱さだった。人の皮膚が発する最大限の熱だ。その熱は毒のようにイヴァンの手を伝い、アルフレッドの手の平から浸透して血管の中に進入し、腕を伝って、全身に流れ込む。アルフレッドは体が火照っていくのを感じる。足ががくがくと震えた。頭がすっと軽くなり、急に目が見えなくなって、ふらりと立ちくらみを起こし、もつれた自分の足につまづいて、床に倒れる。体をしたたかに床に打った。胸の中でばくばくと心臓が鳴り、息苦しかった。<br />
　ほんのしばらくして、体の熱と胸の動悸が収まったとき、アルフレッドは恐る恐る床に這い蹲っていた体を起こした。まだ視界がぐらぐらと揺れている。視界の端に、苦しそうに顔を歪め、胸を押さえ、床にひざを突いているイヴァンの姿が見えた。アルフレッドはひざを突いての四足歩行で、イヴァンに歩み寄った。<br />
「イヴァン、大丈夫かい」<br />
　イヴァンは答えない。<br />
「さっき変な事が起こったぞ。君と手をつないだ瞬間、ちょっと、もう一回握手をしてみてくれよ」<br />
　アルフレッドは興奮した面もちでイヴァンに手を差し出した。しかし、イヴァンはその手を少し見ただけで、顔を背け、立ち上がった。イヴァンはアルフレッドに向かって何か言おうとした。<br />
　どこからか赤ちゃんの笑い声が聞こえてくる。イヴァンの気持ちはアルフレッドから離れる。<br />
　イヴァンは笑い声が聞こえた方を向いて、その笑い声に耳を澄ましていた。やがて、家を出るつもりなのか、玄関に向かって歩いていった。<br />
　アルフレッドは彼を追いかけようと、立ち上がった。そのとき、アルフレッドの上着のポケットから何かが滑り落ちた。それは床の板に吸い込まれるようにして、重々しく落ち、潰れた。熟しすぎた赤い実は破裂し、茶色と黒色が混じったヘドロのような液体が薄い皮を破って外に漏れていた。アルフレッドはポケットに手を突っ込み、まだ余っている中の物を取り出した。すると、同じように熟し、黒ずんだ実が出てきた。ぶよぶよしていて、指で押すと、しわしわになった皮の破れ目から、汁が飛び出した。おかしいな、とアルフレッドは思った。自分がポケットに入れたのは、もっと固くて、みずみずしい真紅の色をした果実だったはずなのに。アルフレッドは手に持った実を口に近づけた。甘いけど、鼻につんとくる香りがしている。一口かじると、あまりの不味さに、すぐに口から吐き出した。砂や泥の味わいの中に、強い苦みがあり、口に入れておくのは耐えられなかった。アルフレッドは震えるようにして、持っていた果実を全部投げ捨てた。だけど、少し考えてから、果実のうちの一つを拾い上げた。<br />
「イヴァンー！　見てくれないかい！　これ！」</p>
<p>「僕は死に神だからね」というのが、ぶよぶよの果実を見せたときのイヴァンの答えだった。「僕に近づいた植物や食べ物は腐ってしまうんだ」<br />
　ということは、イヴァンのせいで美味しい果実がまずくなってもう食べられなくなったということか。<br />
「非道いじゃないか！　何てことをするんだい！」アルフレッドは、イヴァンに見せてお役御免となった果実を投げ捨てながら怒った。<br />
「うるさいよ。僕だって、好きで腐らせているんじゃないんだから」イヴァンはアルフレッドを睨みつける。そして早足に歩く。<br />
　アルフレッドは自分も早歩きをしながら、イヴァンを追いかけた。<br />
「ごめんよ。怒らないでくれよ。俺ももう怒らないから」<br />
　へらへらとした笑顔を向けても、イヴァンはアルフレッドの顔に目もくれなかった。<br />
　アルフレッドは不機嫌な顔をしているイヴァンが気にくわなかった。そんな顔をしていたら、嫌な気分になって、苦しいだろうに。笑った方が楽しいのに。どうやったら、イヴァンを楽しい気分にできるだろう。<br />
「空！」アルフレッドは上空を見上げ、指さし、叫んだ。「見てみろよ。イヴァン！　きれいだぞ。すっごく青いぞ。太陽が眩しい。白い雲がきらきらしている。それに虹も出ているぞ」<br />
　アルフレッドにしつこく空を見るように催促されたイヴァンは、仕方がなしに顔を上げて、首をのけぞらせた。<br />
「綺麗だね&hellip;&hellip;」<br />
「そうだろ？」空を見ると良い気分になる。<br />
「あのへんの空の青さなんて、君の瞳の色と同じじゃない？」イヴァンはちら、とアルフレッドを見て、言った。<br />
「俺の瞳&hellip;&hellip;？　そんなに俺の瞳は綺麗かい？」アルフレッドはきょとんと首を傾げる。<br />
「うん&hellip;&hellip;。綺麗だ」<br />
　そのとき、強い風が吹いて、木々が揺れ、木の枝に留まっていたカラスが二羽、空に飛び立ち、後から、もう一羽、空に飛立った。頭から足の先まで真っ黒な三匹の鳥が、青い空の上を泳いでいく。<br />
「カラス&hellip;&hellip;」イヴァンは言った。<br />
「可愛いね」アルフレッドは言った。</p>
<p><br />
　言葉をいっさい交わさないまま、二人は一緒に歩いていた。というよりも、アルフレッドが一方的にイヴァンの後を追いかけているといったほうが正しい。イヴァンとしては、一人で歩きたいようで、ちょこちょこ追跡者を撒くために、全速力で走ってみたりするのだが、アルフレッドはイヴァンがどんなに振り切ろうとしても、まったくきちんと付いてくるのだった。<br />
「イヴァン、なんで急に走るんだい。疲れたぞ」<br />
　全力で走って、疲れ、息切れを起こし、木に手を突いて、休んでいるイヴァンのもとへ少し遅れて、アルフレッドがたどり着く。<br />
「君を撒くためだよ」イヴァンは心底苛立ち、ゼエゼエ言いながら、深く息を吐いた。「あのさ、着いてこないで欲しいんだけど？」<br />
　アルフレッドは目を丸くした。イヴァンは、理解していないなと思った。<br />
「お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな？」イヴァンは人の良い笑みを浮かべる。<br />
「なんだい？」<br />
「ちょっと、ここで待っていて欲しいんだ。直ぐ戻るから」<br />
「いいぞ」アルフレッドは無邪気に微笑む。「直ぐ帰ってくるって約束してくれよ」そして片目を瞑って、親指を立てる。<br />
　イヴァンは内心馬鹿にしつつも、自分も親指を立てて見せた。<br />
「わかったよ」イヴァンはこみ上げてくる笑いを耐えるのに必死だった。実のところ、イヴァンはアルフレッドを一人置いてきぼりにして、遠くへ行ってしまうつもりだった。彼から離れたかったのだ。その場で笑い出してしまわないうちに、アルフレッドを置いて、駆けだした。</p>
<p><br />
　アルフレッドは、どれだけ待ったろう。だいぶ待った。イヴァンが戻ってこない。地面をはいつくばる蟻の行列を眺めるのに飽きてしまった。辺りは薄暗くなり、空を見ると、分厚い雲が覆っている。なんだか寒いし、風が冷たい。服の隙間から、地肌に冷たい風が流れ込み、アルフレッドはくしゃみをした。<br />
「イヴァン&hellip;&hellip;遅いぞ&hellip;&hellip;」服の袖を伸ばし、中に手を突っ込む。<br />
　あまりにイヴァンの帰りが遅いので我慢の限界にきた。なんだか、変な胸騒ぎもして心配だし、探しに行ってやろうか。だけど、待っていてくれと頼まれたし&hellip;&hellip;。どうしようか迷っていると、鼻の頭に冷たい物が落ちてきた。指で撫でると、濡れていた。アルフレッドは空を見上げた。上空から、ひらひらと小さくて、白い埃のような物が舞い落ちてきている。手をかざし、自分の手に乗ったものを観察する。白い雪の結晶だった。手の熱に溶けて、すぐに水になった。<br />
「雪だ！」アルフレッドは興奮して叫んだ。「イヴァン！　見てくれよ！」<br />
　つい先ほど友人になったばかりの男に、この興奮と喜びを知らせようと思ったのに、彼は居なかった。<br />
「そうだったぞ、イヴァンはどこかに行っちゃったんだった」アルフレッドは悲しげに顔をしかめた。<br />
　だんだんと地面に白い雪が貯まっていく。イヴァンが戻ってくる気配はない。<br />
「探しに行こう」そう言うと、アルフレッドは歩き出した。</p>
<p><br />
　猛烈な吹雪は、針のように顔の皮膚を突き刺す。黒髪の男は顔を手で覆った。彼の名は本田菊といい、売れない貧乏写真家である。今日、山に登ってきたのは、コンテストに出す為の夕日の写真を撮るためだったのだが、見事な天気の荒れようで、写真は撮れそうにない。菊は落胆した。昼は雪なんてふりそうにない気配だったのに。早く家に帰りたいが、どこをみても、ただ、真っ白で、どう進んで来た道を戻ればいいのかわからない。道に迷ってしまったのだ。菊は吹雪の中にたたずんでいた。皮膚が凍って、身じろぎするたびに凍った皮膚の表面が割れ、びりびりと痛む。このままここに居ては凍え死んでしまう。どこか、吹雪を遮れる場所を探さなくては。数歩と歩かないうちに、菊の足は深い雪の中に埋まって、身動きがとれなくなる。無理矢理に引っ張ると、長靴が埋まったまま、足が抜けた。勢いで、菊の体は雪のクッションの上に投げ出された。すぐに菊は起きあがって、雪に奪われた長靴を取り返そうとした。しかし、雪の下に引っかかって、引っこ抜けない。菊は長靴の周りの雪を掘る。掘っても掘っても、新しい雪が積もって、すぐに埋められてしまう。菊は、ふと雪を掘る手をとめた。急にすべてを諦めたい気分になったのだ。<br />
　今までの人生を思い出す。良い事なんて何もなかった。貧乏で、苦しいことばかりだった。大好きな写真の才能も認められず、自分はなんのためにこの世に命を宿したのだろうと思う。どうせ、誰からも必要とされていない存在なら、最初から生まれなかった方が良かった。きっと、神様だって、私の魂をこの世に落としたのも、何かの間違いだったんだ。菊は一度そうだと決めつけたら、そうなんだと思いこんでしまった。<br />
「きっと、神様も、私をこの世に存在させたのは間違いだったと気づかれたのでしょう。だから、今、間違いを取り戻すために、私を雪に埋めて、殺そうとしているのですね」<br />
　それならそれでいい。どうせ、生きていたって、何も面白くないんだ。辛いだけなんだから。<br />
　菊は雪の上に寝そべって目を閉じた。<br />
「あ、死体だ」<br />
「死んでません」まだ、と菊は目を閉じたまま言った。幻聴が聞こえたと思った。こんな吹雪の中を自分以外の人間が歩いているとは到底思えない。<br />
「じゃあ、これから死ぬんだね」<br />
　死ぬと、決めつけられるのはしゃくに障った。<br />
「わかりませんよ」菊は歯を食いしばりながら答えた。結果は分かっていたが、死を前に、やるせなくなって、無性に、誰かを傷つけたいという欲望がわき、意地悪な気分になり、そうした結果として、つっけんどんな態度になってしまった。<br />
　相手は可笑しそうに笑った。それは、人を馬鹿にする笑いだった。<br />
「死ぬよ。君は絶対に死ぬ。保証する。だって、君の目の前に立っているのが誰だかわかる？　僕は死に神だよ」<br />
　菊は目を開けた。まつ毛に雪が張り付き、凍っている。白い視界の中に、ぼんやりと、人影が見えた。<br />
「死に神&hellip;&hellip;」<br />
　彼は菊の体に多い被さるようにして、菊の顔を見下ろした。<br />
　美しい男の顔立ちが、菊の視界からよく見える。サフランの花びらのような薄紫色の瞳が何とも美しい光彩を放っている。<br />
「僕は死に神だから、君が死ぬまでそばにいて上げるよ。一人きりで死ぬのは寂しいでしょ」<br />
　一人っきり&hellip;&hellip;。そうだ。自分は一人だ。誰も菊を必要としなかった。いつも自分は、隅っこで、楽しそうに笑う人たちを羨ましがって傍観していることしかできなかった。自分には才能がない。金もない。人生で面白いことも何もなかった。だから、死んだ方が良い。自分のためにも、社会のためにも。<br />
「いつになったら死ねますか。早く死にたいです」菊は焦ったように叫んだ。<br />
「じきに死ねるよ。もうすぐ」<br />
　死んでしまいたい。早く。今は寒くて、苦しいが、死がくれば、苦しみもなにもなくなってしまうのだ。<br />
　急に吹雪がぷっつりとやんだ。空を覆っていた雲は、すうと脇によけ、雲の合間に星と、月が覗いた。美しい。菊は感動して、涙をこぼした。お迎えなのだろうか。<br />
「イヴァン！」<br />
　月明かりの下で、誰かが走ってくる。<br />
「&hellip;&hellip;アルフレッド君」とイヴァンが呟いた。</p>
<p><br />
　アルフレッドはイヴァンがどこにいるのかわからなかった。だけど、なんとなく、こっちかな、と惹かれる方に道を進んでいった。まったくそれは正解だったわけだ。こうして、吹雪の中に、アルフレッドはイヴァンと、もう一人の人影を見つけた。<br />
　再会の喜びも早々に、近づくにつれ、人間は横になっているとわかった。しかも、その人間は生きている人間のようだが、弱っていて、死にかけに見えた。<br />
「どうしたんだい」アルフレッドは心配して尋ねた。<br />
「死ぬんだ」とイヴァンは横たえた男を指さす。「これからね」<br />
「駄目だぞ」アルフレッドは人間、菊の体を抱き上げた。彼の靴が片方ないことに気づくと、殆ど雪に埋まった長靴の首襟を見つけだし、引っ張り出して、菊の足に履かせた。「人間の、病院に連れて行こう。まだ、生きている。病院に連れて行けば助かるって、俺知識で知っているんだぞ！」<br />
「余計なことだよ！」イヴァンはアルフレッドの体を突き飛ばし、菊を奪い返した。「この人はね、死にたいんだ。死なせてやろうよ」イヴァンは菊の体を雪の上に横たえらせ、なんだか悲しそうに言った。そして、菊の顔をすっと優しく丁寧な手つきで撫でた。一瞬のうちに、菊の顔色は青白くなり、彼のぼんやりとした目の下には大きな濃い隈ができ、唇からは血色が失せていた。殆ど死人である。苦しみの末に死ぬ人間の顔だった。アルフレッドは恐ろしくなった。なんでかしらないが、恐ろしいのだ。次に、イヴァンは菊にキスをしようとした。唇を徐々に近づけていく。アルフレッドはあっと驚いて、二人に飛びかかった。そのキスは何としても阻止しなくてはいけないような気がした。そうしないと悪いことが起こる気がしたのだ。<br />
「イヴァン！　やめろ！」<br />
　アルフレッドは、イヴァンの肩をつかむと、彼の体を菊から無理矢理に引きはがした。そうして、イヴァンを雪の上に突き飛ばす。雪煙が舞った。イヴァンはのっそりと、起き上がり、アルフレッドを睨みつける。<br />
「僕が何をしようとしたか、わかったんだね」イヴァンは頬を震わせ、叫んだ。<br />
　アルフレッドは、ちら、と菊に視線を向ける。<br />
「君が何をしようとしたのかはわからないけど、悪いことをしようとしたんだな、とは思うぞ」<br />
　イヴァンは笑う。<br />
「悪いこと？」イヴァンは笑ってはいるけど、笑っていない。彼はアルフレッドにふらふらと近づく。「悪いことだと思うの？　彼は死を望んでいるみたいだよ&hellip;&hellip;それでも、悪いことなの？」<br />
　イヴァンは獰猛な野獣の目をしていた。アルフレッドは恐いと思った。ごくりと唾を飲む。<br />
　イヴァンはアルフレッドの腕を強くつかみ、自分の側に引き寄せると、アルフレッドの背中を抱き、片手で顎を捕まえ、そして、アルフレッドの唇に吸いついた。一瞬のことで、アルフレッドも反応が遅れた。<br />
　舌を絡めるようにして、イヴァンはアルフレッドの咥内をむさぼった。<br />
　アルフレッドは突如体に襲い来る激しい感覚に目を回した。のどの奥に黒くて、熱くて、どこか甘いものが流れ込んでいく。体中がぶわりと熱をまとい、火照る。骨が肉の内部で燃えているみたいだ。全身がしびれ、毛の先まで震えている。強い動悸、体の中がくすぐったいような、視界が揺れ、頭がくらくらとする。体に力が入らない。<br />
　とにかく、熱い。熱い、熱い、自分を失くしてしまいそうだ。自分が自分でなくなってしまう。<br />
　アルフレッドは何とか痺れた体を動かし、暴れ、イヴァンの唇から離れることに成功した。しかし、それも一瞬で、イヴァンは目の色を変え、すぐに一度は離したアルフレッドの唇を再び奪ったのだった。<br />
　意識が朦朧とする。頭が白む。顔が熱い。膝が震え、膝だけじゃない。体全体が小刻みに震えている。自分がバラバラになりそうだ。そうならないように、しっかりと体を抱いていて欲しい。アルフレッドはイヴァンの体にしがみついた。繋がった口が、おかしな事になっている。口が熱い。溶けているんじゃないだろうか。体がバラバラになる。怖い&hellip;&hellip;。涙がぽろぽろとこぼれていく。</p>
<p><br />
　菊は目の前で繰り広げられている恥事に顔を赤くした。月明かりの下、見目麗しい男が二人、強く抱き合って、接吻をしている。夜の薄闇でよく見えないが、確かに接吻をしている。なんて淫らなんだろう。どきどきと胸が鳴った。菊は荒く息をし、彼らから目を離さないまま、手探りで自分の鞄をたぐり寄せると、中から一眼レフカメラを取り出した。そして、それをしっかりと構えたのだった。</p>
<p><br />
　冷静でない自分を、冷静な自分が見下ろしている図を、イヴァンは想像していた。まったく、どうしたというのだろう。自分を馬鹿にして、笑いたくなる。アルフレッドの唇を貪ることに夢中で、我を忘れて。唇を重ねた瞬間から、彼が欲しくてたまらなくなった。彼の何かが自分を惹き寄せるのだ。彼の存在は、イヴァンを狂わし、イヴァンが己に掛けている鍵を外してしまった。こんな思いは初めてだ。信じられない。アルフレッドの唇の美味さに酔いしれながら、イヴァンは目の前の男を愛しく思った。自分を怖がって、潤んだ瞳や、熱に浮かされ、上気した頬。小刻みに震える体。彼の全ての行動、容姿、肉感、体温が、イヴァンを感動させた。彼の中に流れる血を全部抜き取って、代わりに自分の血を流し込んでやったらどうだろう。きっと、面白いだろうに。<br />
　そのとき、眩しい光が、一瞬光った。その光りのおかげでイヴァンは我に返った。<br />
　恐ろしいような気がした。自分の行動が、自分の気持ちが理解できない。イヴァンはアルフレッドが、ものすごく恐いものに思え、彼から離れ、距離を取った。<br />
　アルフレッドは力が抜けた様子で、地面にひざを突いた。<br />
　相手から距離を取ったものの、イヴァンの熱い気持ちは、未だアルフレッドと繋がったままだった。粘液のように、イヴァンの熱が彼にへばりついているのだ。もう一度、彼の口に吸いつきたい。今度はもっと濃厚な深い苦しくなるようなキスをしてやる。もっともっと味わい尽くしてやりたい。<br />
　だが、イヴァンはそういう考えをする自分に困惑していた。イヴァンは後ずさって、どんどんアルフレッドから離れていった。そして、とうとう夜闇に姿をくらました。</p>
<p><br />
「お二方、とてもエッチでした」菊は病院のベッドに寝て、腕に点滴を刺し、痛々しい、けど、最初に会ったときの死にそうな顔だった頃よりは、だいぶましな健康的な顔色で言った。<br />
　アルフレッドは窓の縁に背を預けていた。<br />
「エッチ？」<br />
「ええ」菊は可憐に微笑む。「エッチなのは、画になります」<br />
　何か凄く嬉しそうだ。アルフレッドは苦々しげに俯く。<br />
　イヴァンにキスされたとき、変な気分になった。胸が張り裂けるようなざわつきが体を襲い、何とも言えない高揚感と、泥酔感が体を駆けめぐった。<br />
「死に神さんはどこへ？」<br />
　イヴァンの居所がどこだなんて、愚問だ。アルフレッドは彼がどこにいるのか知っていた。体が探知機の役割を果たし、彼が居るだろう方に、気持ちが引き寄せられている。今でも。<br />
「眠くなってきました。少し寝かせてください」菊は静かに目を閉じ、眠ってしまった。<br />
　アルフレッドは病院を出、森を歩いた。イヴァンに会いたい気持ちと、会いたくない気持ちがある。彼に会いたいのは、友情の親しさよりも、焦がれ、抱きしめたい、自分の物にしたいという、よくわからない胸の熱くなるようなものの為だ。逆に、会いたくないのは、彼に会ってしまったら、自分が壊れるのでは、という恐怖からだ。<br />
　なんとなく前へ進むのが嫌になって、アルフレッドは歩みを止めた。</p>
<p><br />
　イヴァンは木により掛かって、ぼうと青い空を眺めていた。かれこれ数時間、こうして青い空と、雲の流れを目で追っている。体が酷く疲労しているようでだるかった。身じろぎするということは、今のイヴァンにとって、かなりの重労働に思えた。<br />
　ぱき、と枝を踏み割る音が聞こえて、イヴァンははっとした。<br />
「誰？」<br />
　イヴァンは音の方を振り向いた。アルフレッドが立っていたら良いと思った。しかし、そこに立っていたのは、知らない顔の人間であった。イヴァンはわずかに顔をしかめる。<br />
　人間は、眉が太かった。童顔で、可愛い顔をしていた。初めてみる顔だ。彼は、イヴァンと目が合うと、あからさまに表情を曇らせ、顔の色を青くした。彼はイヴァンを恐がっている、あるいは嫌悪しているな、とイヴァンは感じた。<br />
「いつから、この町に居るんだ？」と、彼は気を張っている様子でイヴァンに尋ねた。<br />
　イヴァンはそんな彼を冷めた目で見つめる。<br />
「最近、かな」一応、問いには律儀に答える。<br />
「&hellip;&hellip;この町から出ていく当ては？」<br />
　イヴァンは肩をすくめた。<br />
「僕にこの町から出ていって欲しいの？」<br />
　彼は迷ったあげく、頷いた。<br />
　イヴァンは笑いだした。<br />
「この町から出ていってくれないか？」彼は続いて頼み込むように言った。<br />
　イヴァンは笑うのをやめた。<br />
「君の都合で出ていくことはできない」イヴァンは言った。<br />
「君はもう気づいているんだろうけど、僕は死に神なんだ。この町で死にかけの動物や、人間いるかぎり、僕は飽きるまでここにいるつもりだよ。残念だね」<br />
　人間は何度か瞬きをし、「死に神？」と尋ねた後、変な感じに、首を傾げてみせた。<br />
　イヴァンはすぐにでもこの場から立ち去ろうと思った。町から出る気はないが、この気にくわない人間の側には居たくない。できれば、アルフレッドの側に居たいな、と思うが、それをすることは、とてつもない恐怖でもある。だが、足は勝手にアルフレッドの気配のする方に歩き出していた。<br />
　人間は慌てて、イヴァンを呼び止める。<br />
「お前、自分の事を死に神だと思っているんだな？」彼は大きな声で言った。<br />
「僕は死に神だよ」<br />
「違う」人間は否定した。「お前は絶望の精霊だ。幸せを破壊し、この世に闇を落とす魔物&hellip;&hellip;全ての生き物を不幸にする存在」<br />
「絶望の精霊？」<br />
　イヴァンが大きな間違いに気づいた瞬間である。</p>
<p><br />
　なぜ、イヴァンに惹かれるのか。それは彼が苦しそうにしているから。彼を明るい気持ちにしてやりたいから。<br />
　土地を駆け、アルフレッドはイヴァンの元へやってきた。目の前にイヴァンがいる。彼は青緑色に濁った池を見下ろしていた。彼の姿を見ただけで、アルフレッドは胸がどきどきしてきた。手のひらに汗がにじみ、気を抜けば、ふと意識を失ってしまいそうだ。<br />
　池の水面には、二匹のとんぼと、一匹の蛙がひっくり返って腹を見せ、浮いている。<br />
　声を掛けることを、いつまでも躊躇しているアルフレッドに、気を利かせたのか、イヴァンの方から語りかけた。<br />
「死は、結果論だったんだよ。アルフレッド君」イヴァンはアルフレッドに背を向けたまま、振り返りもせずに低い声で言った。<br />
　何についての話なのか、アルフレッドには理解できない。<br />
「どうしたんだい、イヴァン？」<br />
「死に神だと思っていたんだ。でも、違ったんだ。だけど、似たような物なのかな&hellip;&hellip;」イヴァンは独り言のようにぶつぶつと言った。<br />
　アルフレッドはイヴァンにそっと近づいた。<br />
「君は喜びの化身だと言ったよね」<br />
「言ったぞ」<br />
「なら、僕が君に惹かれるのは当然とも言える」イヴァンはそう言いながらアルフレッドの顔を見た。<br />
　イヴァンの目は、とてもぎらぎらとしていた。困り顔の笑い顔というのだろうか、彼は不気味な表情をして、アルフレッドをじっと見るのだった。<br />
　アルフレッドは耳の後ろ辺りが、まるで羽虫に這われているみたいにぞわぞわとし、食道に石が詰まったように、息が苦しくなった。<br />
「僕に近づいちゃだめだよ。僕は君を破壊してしまうから。破壊された君は、もう元には戻れない」<br />
　イヴァンはそう言うと、さっと池から離れ、どこかへ歩いていってしまう。<br />
　彼の背中に哀愁を感じ、なんだか、そんなイヴァンを見ていられないと思った。<br />
「イヴァン！」アルフレッドはイヴァンを追いかけた。「俺は君に破壊されたりしないぞ」<br />
　アルフレッドは自信満々に自分を指さした。<br />
「だって、俺は強いからね！　君なんかに負けないぞ！」<br />
　イヴァンは馬鹿にしたように笑った。<br />
「どうかな。君は僕にとって餌でしかない。君は負ける」<br />
「負けないぞ」<br />
　お互い睨み合った。イヴァンはアルフレッドに手を出す。ごく自然な流れだった。アルフレッドは身を許した。イヴァンの手が、アルフレッドの頬にふれる。そっと、撫でるように。その瞬間、アルフレッドの胃の中にひんやりとした氷水が流れ込んでいく。鳥肌が立って、関節や、筋肉が石のように固まっていく。目だけがぐらぐらと動く。イヴァンがアルフレッドの腰を抱く。自分の体に引き寄せる。アルフレッドの脳は、亀裂が入り、その裂け目から全ての思考がだらだらと、瓶の蜂蜜が流れるようにこぼれ落ちていく。まただ、また、溶ける。アルフレッドは、顔がかあと熱くなった。捕らえられる。<br />
　イヴァンは頭を傾ける。伏せられた彼の瞼の奥に、野性的な輝きを放つ彩美な瞳がある。これからどうなるか、アルフレッドはわかっていた。唇が重なる。他人の温かみを唇に感じる。やがて、口づけは激しくなり、体が熱くてたまらなくなる。めまいがする。立っていられない。白と黒がちかちかと点滅し、眩しい。ぐぐぐ、とのどが鳴る。体に何かが入り込んでくる。その何かで満たされる。足が震え、立っていられなくなる。膝が崩れ、地面にしゃがみ込んでしまったアルフレッドを、イヴァンは土の上に押し倒した。そして、体を絡まらせながら、更に深い口づけを与える。アルフレッドは恐くてたまらない。暴れたい、逃げ出したいのに、体が動かない。<br />
　辺りには花の蜜の香りが漂う。死んでいく花の香りだ。</p>
<p>　苦しみと、快感と、イヴァンの体の重みを身に受け、アルフレッドは地面に埋もれる。そして、自分の胸の奥に何かがじわじわと広がっていくのを感じた。それは、暖かい。すると、恐い気持ちが消え去り、強ばっていた体も動くようになった。<br />
「俺も君を、君を溶かしてあげるぞ」<br />
　アルフレッドは何とも純粋な眼差しをイヴァンに向けると、彼の頭を引き寄せ、自ら口づけを与えた。イヴァンの唇を貪るようにはみ、舌を入れる。彼の舌と絡ませて、吸って、口をふさぐ。今度はイヴァンの体が震える番だった。<br />
　今は、この二人の淫らな絡まりを止めてくれる者はいない。二人だけで、どこまでも落ちていくしかない。</p>
<p><br />
（絶望と喜びが合わさったら、どうなる？）<br />
（二つは愛し合います）<br />
（幸福がやってきます）<br />
（憎しみも悲しみも、あらゆる悪感情が無意味であると知ることができるでしょう）</p>
<p><br />
&hellip;&hellip;<br />
　菊は、展覧会の会場に来ていた。先日、写真のコンテストの授賞式が行われたのだ。そこで、菊の写真が優勝し、菊はトロフィーと賞状を受け取った。そして、今日、コンテストの優秀作品が、会場に飾られているというわけで、菊は自分の作品を見に来た。お客さんがどんな顔で、自分の写真を見るのか気になったのだ。<br />
　優勝を勝ち取った菊の作品は、一番目立つところに飾ってあった。<br />
　数人の観覧客が菊の作品を眺めていた。<br />
「どう思われますか、この写真」菊は自分の作品を見ていた客の一人である男性に尋ねてみた。<br />
「見事な雪景色ですな。青い色がなんとも美しい」彼は感動し、目を潤ませていた。<br />
「雪景色ですが&hellip;&hellip;」菊はぽつりと言って、苦笑いした。<br />
　菊の目には、この写真の中に、二人の青年が見えていた。実際には映っていないのだが、見えるのだ。<br />
「ここに居るんですよ。見えませんがね」<br />
　菊が撮った写真は、知らない人々にはただの風景写真に見えるものだった。だが、菊だけには見える。見えないが、見える&hellip;&hellip;。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>イヴァアル</category>
    <link>https://aldaisuki.ko-me.com/%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A2%E3%83%AB/%E6%84%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E7%9B%AE%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%B0</link>
    <pubDate>Sun, 29 Dec 2013 15:11:54 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>マシューの葛藤</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>「ヘイ、マシュー居るかい」<br />
　アルフレッドは、そう言うと、玄関のドアを四度叩き、鍵を破壊して、マシューの家に勝手に上がり込んできた。これは毎朝の日課である。<br />
「返事をしていないのに、勝手に入ってこないでよ&hellip;&hellip;」マシューは彼の般若無人の行動に呆れて、ため息を吐いた。<br />
「入れたんだから仕方がないさ。それより、お腹が空いたんだぞ。何かあるかい」<br />
「ああ、あるともさ」<br />
　ずうずうしく、家に上がり込むアルフレッドに、マシューは苛立ちを押さえながら言った。今は朝飯時で、ちょうどホットケーキを焼いている所であった。アルフレッドも、分かっていて、この時間にやってくる。優しいマシューは、彼が遣ってくるのは知っていたので、ホットケーキをあらかじめ二人分焼いていた。<br />
　出来上がったホットケーキを皿に載せ、その上に、黄金色の蜂蜜を垂らして、マシューはアルフレッドにそれを渡した。甘い香りが辺りに立ちこめる。<br />
「はい」<br />
「センキュー」<br />
「どういたしまして」<br />
　アルフレッドは一分も立たないうちに受け取った朝食を食べきると、しめに持参したぬるそうなコーラの瓶を一気のみした。<br />
「ぷはー、生き返ったぞー」<br />
「それは良かった」<br />
　マシューは自分の分のホットケーキを皿に寄せ、沸かしていたお湯で、インスタントコーヒーを作り、それらを持って、テーブルについた。<br />
「ねえ、マシュー。明日菊とフランシスと一緒に、オタ芸大会に出場するんだけど、君も来るかい？」とアルフレッドが聞いた。<br />
「オタ芸&hellip;&hellip;？　どこでやるの」<br />
「東京さ」<br />
「へえ。楽しそうだね。けど、僕は、遠慮しとくよ。あの踊りは何だか&hellip;&hellip;」<br />
　マシューはもごもごと口ごもった。オタ芸というのを依然ネットの動画で見たことがあった。頭や体を振り回し、激しく踊るあれはまるで、キチガイみたいだった。そんな踊りを自分が踊るなんて考えたくない。恥ずかしすぎる。何より、自分はオタ芸とやらを踊るキャラじゃないし、いざ踊ってみても、きっと恥ずかしさが勝って、中途半端な踊りを踊ることになる。そしたら、みんなが見るだろう。あいつ変な踊り踊っているな、とか。恥ずかしがっているなとか、そんな目で見てくるだろ。嫌だ。<br />
「そうかい、残念だぞ」アルフレッドは至極残念そうに言った。<br />
　アルフレッドは食べ終わった皿をキッチンに片づけると、開いたままの玄関に向かって歩いていく。<br />
「じゃあ、俺、東京行きの飛行機に乗り遅れるといけないから、もう行くんだぞ。バーイ、マシュー。皿洗いよろしく頼むぞ」<br />
「ああ、わかったよ。バイ。アル。またね」<br />
　アルフレッドは、壊れた玄関から出て行った。マシューは、はぁ、と肩から息をはいた。自分が普段、大人しい性格なだけに、アルフレッドのような明るい人間の相手をするのは疲れるものだ。自分のリズムを崩されるというか&hellip;&hellip;。<br />
　ふと、マシューは椅子の下に何かが落ちていることに気がついた。手のひらくらいの大きさの、それは、長方形の紙だった。マシューは椅子から立ち上がると、しゃがんで、その紙を拾った。<br />
　&rdquo;オタ芸大会参加証。アルフレッド・Ｆ・ジョーンズ&rdquo;<br />
　紙には、ただそう書いてあった。<br />
「参加証？　これ、持ってないとアルは大会に参加できないんじゃないの&hellip;&hellip;」<br />
　マシューは不安になって、おもむろにズボンのポケットから携帯を取り出した。そして、アルフレッドの携帯の番号にかけた。しかし、電話は繋がらない。<br />
「&hellip;&hellip;繋がらないな。もしかして、電源切ってるのかな？」<br />
　試しにもう一度、かけてみるが、やはり電波が繋がらないとか電源がどうたらという機会音声が出る。<br />
「駄目だ」<br />
　マシューは諦め、携帯電話をしまった。参加証を持って、外に出る。アルフレッドが出て行ってから、そう時間は経っていない。マシューは彼がまだ近くにいればいいと思ったが、アルフレッドはそうとう急いで帰ったようで、彼の姿はどこにも見えなかった。マシューはどうしようかと迷った。しばらく庭に立ち止まって考えた。<br />
　数分、その場で立ちんぼになって、マシューは、アルフレッドとの会話の中で、オタ芸大会にはフランシス等も参加するという話を聞いた事を思い出した。そこで、今度はその彼に電話をかけた。<br />
「はい？」彼は二コールもしない内に電話を取ってくれた。<br />
「あ、フランシスさんですか。僕です。マシューです」マシューは少し慌てたような喋りになってしっまった。というのも、年上に電話をするというのが何だか、かしこまってしまって、妙に力が入ってしまうのである。<br />
「マシューかあ！　どうしたの？」<br />
　マシューは、フランシスに、話をした。アルフレッドが忘れていったチケットの事。それから、彼の電話が繋がらないことも話した。そして、自分はどうしたらいいか、フランシスに尋ねた。<br />
「うん、そっか。困ったねぇ&hellip;&hellip;参加証がないと明日の大会に出場できないんだ。うーん、あ、&hellip;&hellip;そうだ、マシュー。お前が届けてくれればいい」<br />
「え、どこにですか」<br />
「東京にだよ」<br />
「えっ？　東京に？」<br />
　そんなに遠くまで届けに行くのは、正直なところ、嫌だった。もっと近い所なら良いが。<br />
「お願いだ、マシュー。それがないと、アルフレッドが困るだろう？　俺たちだって困るし。無事届けてくれたら、お兄さんがキスしてあげるからさ。なあ？」<br />
　フランシスに優しくすがるようにお願いされると、マシューは断りづらくなった。確かにチケットがないと、アルフレッドは困るだろう。マシューは良いと思わないが、アルフレッドはオタ芸大会に出るのを楽しみにしていた。自信のミスのせいで、出れないとなったら、彼がどれほど悲しむことか。双子の片割れとして、自分にはアルフレッドの面倒を見る責任がある、とマシューは考えた。<br />
「わかりました。届けます。でも、フランシスさんのキスはいりません」<br />
「んまっ！　酷い！」フランシスは、ふざけて傷ついた振りをした。<br />
　マシューは少し微笑み、フランシスにお礼を言ってから通話を切って、出かける準備を始めた。財布とチケットをポケットに入れる。玄関の鍵が壊れたままなので、治さないわけにも行かず、信頼できるメイドを呼んで、留守の間の家の番と、鍵業者との対応を頼んだ。チケットには大会の会場の地図も記載されていたので、マシューはただそこへ向かえば良かった。<br />
　日本の東京に行くには飛行機を使う。<br />
　空港にやってきたマシューは、さあ、これから飛行機の手続きをしようと、人混みをかき分けて受付に並んだ。どうしてか、今日は空港が混んでいた。列に並びながら、マシューは人混みの中で、見覚えのある金髪を見つけた。あれ、と思い、マシューはその人物に目を凝らした。彼は、パンフレットなどが置かれている横の休憩スペースに居て、彼の隣にはもう一人、連れが居るようだが、人がじゃまでよく見えない。彼はその見えない人物と言い争いをしているようで、顔を赤くし、険しい顔をしている。<br />
　ひとまず彼を見つけられたことは良かった。無理をして東京まで足を運ばなくてもいいのだから。マシューは、ホッとして、ゆっくりと彼に近づいていった。近づくごとに、彼が言い争いをしている相手の姿も見えてくる。そして、その相手の顔がはっきりと見えたとき、マシューは思わず立ち止まった。特徴的な太い眉毛、紳士的な服装で決めた、童顔の男。ああ、彼はアーサーさんだ、とマシューは思った。<br />
　彼、アルフレッドの言い争いの相手は兄であるアーサーだったのだ。彼らは顔を会わせる度、罵りあう仲だ。でも、今の彼らは、いつもの罵り合いではなく、本気の喧嘩をしているみたいだった。<br />
　マシューは、彼らの喧嘩を眺めながら、自分が、彼らの兄弟であると知られることがとても恥ずかしくなった。大勢の人がいる前で、どうどうと兄弟喧嘩をするなんて、みっともないじゃないか。周りの客の視線も痛々しいし、あの視線を自分が浴びせられると思うと&hellip;&hellip;、自分は彼らとは無関係だと言って、背を向けたくなる。<br />
　マシューは、とりあえず、大きな柱に身を隠しながら、兄弟喧嘩をこっそり伺っていることにした。<br />
　喧嘩はどんどんヒートアップしていく。兄弟たちは、お互いにらみ合い、今にも手を出しそうな雰囲気だ。<br />
　止めに入った方が良いかな？　とマシューは思った。だが、そのせいで彼等の怒りのとばっちりを受ける事になったら損だ。どうしようどうしようと悩んでいる内に、アルフレッドが手を振り上げた。<br />
「あ」とマシュー口から声が漏れた。<br />
　アーサーが殴られると思った。だが、そんな事なかった。アーサーは、アルフレッドの腕を掴み、ねじ伏せると、そのまま勢いで&hellip;&hellip;アルフレッドの唇にキスをした。<br />
　一瞬、マシューは目を疑った。<br />
　唇と唇が重なったと思ったら、二人の唇は直ぐに離れた。<br />
　はたして、今の出来事を何人の人が目撃したのだろう。気づかない人が大半だったかもしれない。<br />
　マシューは動揺して、すっかり足がすくみ、心臓がどくどくと激しく胸を打ち鳴らしていた。彼等のどちらかが子供ならまだしも、大人で、しかも男同士の兄弟同士で口吸いだなんて&hellip;&hellip;。僕の知らないところで二人がそんなただならぬ関係になっていただなんて&hellip;&hellip;。マシューは激しく打ちのめされた。<br />
　二人の兄弟は、互いに見つめ合っている。にらみ合うような、憎悪の目ではない。アノ目は、物欲しそうな、切ないような、息苦しいほどの熱がこもった、そういう目だった。<br />
　空気が、愛し合っている。兄弟愛じゃなくて、イヤラシい、性的な、ふしだらで、禁断の愛。&rdquo;恋人&rdquo;という言葉がマシューの頭に浮かぶ。<br />
　マシューはボッと頬を赤く染める。あんな二人は放っておいて、このまま帰ってしまいたかった。でも、自分はまだアルフレッドにチケットを渡せていない。渡すまでは、帰るに帰れない。アルフレッドが困る。チケットがないと、大会に出られないのだ。（チケットがないと大会に出られないのに、チケットのない僕に君もどう？　なんて聞いてきたのは何だったんだろう&hellip;&hellip;。いや、アルは僕に、君も来るかい？　と聞いたんだった。出るかい？　ではない。見に来るかいと言うつもりで。なのに僕ったら自分も踊りに誘われたと勘違いてしまった）<br />
　マシューは、兄弟たちがまたキスをするんじゃないかと、はらはらしながら見守っていたが、結局、二人は二度目のキスを交わす事なく、軽いハグだけして別れた。<br />
　変な物を見てしまった居心地悪さを感じつつも、マシューは急いでアルフレッドを追った。<br />
　だが、待てよ、とマシューは急に思い立ち、足を止める。<br />
　今、自分がアルフレッドに声をかけたら、自分が先ほどの光景を見たと、彼にバレてしまうのじゃないか。マシューは不安になった。<br />
　バレたとき、アルフレッドはどんな反応をするのだろう。ただ、恥ずかしそうにはにかみ笑いをするのだろうか。それともうっとりとした顔で、青い瞳を潤ませて、恋に溺れた人間のする、あの間抜けた自惚れ顔をするのだろうか。はたや、恐怖に怯えてしまうのかもしれない。<br />
　マシューは、自分がアルフレッドとアーサーの関係を見抜いたとアルフレッドに伝えることで、今まで自分にとってアルフレッドと思っていた存在がその瞬間に消えてしまうような気がして、そうなって欲しくないと思った。自分の中でアルフレッドは、恋愛なんて感情を知らない、無垢で無邪気で純粋な子供だったのに。彼はマシューの知らないところで、いつの間にか大人になっていた。<br />
　マシューは、喉の奥がぐっと詰まったようになった。<br />
　ふと、気がつくと、アルフレッドの姿がない。<br />
「あれ？」<br />
　先に東京行きの飛行機に乗ってしまったのかもしれない。とマシューは思った。<br />
「あ、アル～～～！」<br />
　マシューは受付に行くと、飛行機に乗る手続きを済ませて、先の飛行機が立ってしまったので、次の飛行機に乗り、日本の東京へ向かう事となった。</p>
<p>「成田、成田～、ディスイズナリタエアポート」<br />
　成田に着いたのに、アルフレッドはいない。おおかた、先に行ってしまったのだろう。マシューはチケットを取り出し、地図を見て目的地を確認すると、空港前の道路に止めてあるタクシーに乗り込み、出発させた。<br />
　ぶるんぶるんとタクシーの振動に揺すられながら、マシューは力を抜いて、シートに体を埋め、遠い目をして、窓の外の流れる景色を見ていた。アルフレッドとアーサーが出来ていた。どこまでいったんだろう。セックスはもうしたのかな。なんて考えて、裸の二人が抱き合っている姿を想像してしまい、マシューはカアッと顔を赤らめた。そして、頭に描いた映像を振り払うように、頭を振った。やめてくれよ。想像もしたくないのに。彼等はまだキスしかしていないかもしれないじゃないか。勝手にあれこれ想像して、自分で自分を苦しめるようなまねはやめよう。純粋なる兄弟だった彼等が&hellip;&hellip;ハァ、フゥ&hellip;&hellip;。<br />
「お客さん、大丈夫ですか？　顔色が悪いようですけど&hellip;&hellip;」<br />
　タクシーの運転手が、フロントミラーごしに、マシューと目が合う。彼は眉を下げ、本当に人を心配している顔をしていた。<br />
「いえ、大丈夫です。少し嫌なことを思い出してしまって。でも今はもう忘れましたから大丈夫です&hellip;&hellip;」<br />
　他人を心配させまいと、マシューは嘘をつく。<br />
「そうですか」<br />
　タクシーの運転手は運転に意識を戻す。マシューは、口から細い息を吐く。その勢いで、前髪が揺れた。そして、目を瞑り、しばらく眠った。</p>
<p>「お客さん。着きましたよ」<br />
　運転手に起こされ、マシューは慌てて財布を取り出した。金とチップを払い、お礼を言って、タクシーを降りた。<br />
　巨大な建造物が目の前にそびえ立つ。ここがオタ芸大会が開催されるという場所だ。車で周辺を回るだけでも、３０分くらいはかかりそうだ。建物は、どことなく、近代アートを思わせる形をしており、丸やら四角やらが積み重なって出来ていた。<br />
　マシューは入り口を探して、それっぽいのを見つけると、中へ入った。入り口から入ってすぐ、看板を見つけた。<br />
&rdquo;オタ芸大会、４階&rdquo;<br />
と書いてある。どうやら建物の四階が会場らしい。<br />
　建物の一階は、売店や、自動販売機のある休憩ルームがあり、右手奥の廊下の突き当たりに、エレベーターがあった。マシューはエレベーターに乗って、上へ向かった。<br />
　四階のランプが灯り、エレベーターの扉が重々しく開く。扉が開いたのと同時に、騒がしい音が耳に飛び込んでくる。四階には、ゲームセンターがあるらしく、ＵＦＯキャッチャーのピロピロという音や、メダルゲームのコイン投入の音、子供向けの乗り物のキャラクターが何か喋っていたり、格闘ゲームのコントローラーを回す、ガチャガチャという音がしていた。人は多かった。若者や、家族連れが皆、そこで遊んでいた。<br />
　マシューは天井に&rdquo;オタ芸大会こちら&rarr;&rdquo;と書かれた吊し看板を見つけて、その矢印の通りに、道を進んだ。<br />
「ここかな？」<br />
　壁に埋め込まれるようにして、細い階段があった。その隣に、看板があった。<br />
&rdquo;オタ芸大会会場は階段上がってすぐです。&rdquo;<br />
　ずいぶんと、入り組んだ所にある。マシューは、狭い階段を登って行った。<br />
　階段は、それほど長い階段というわけではなく、わりかし、登って直ぐ、出口に出た。<br />
「よっ、マシュー」<br />
「フランシスさん&hellip;&hellip;っ」<br />
　階段を登りきると、出口でフランシスが待っていた。彼は、頭に黒いはちまきを縛り、長い金色の髪は、うしろで一つに結んでいて、黒と、濃い灰色の縦縞柄のワイシャツを着て、腕まくりをして、白い腕を出していた。両手には、指の部分だけ飛び出るような黒い革製のグローブをはめ、黒いズボンを履いて、ズボンの中に、シャツを入れていた。そして、足には黒いブーツを履いている。<br />
「悪いね。わざわざ来て貰って」とフランシスは微笑んで言った。<br />
「いえ、僕&hellip;&hellip;どうせ暇ですし、誰かの役に立てるのなら、こんな些細な用件でも良いんです」<br />
　マシューは純粋な目をきらきらとさせて、チケットを取り出す。<br />
「ところでアルは？」<br />
「あそこにいるよ」<br />
　アルフレッドは、受付のいるカウンターの前の、ベンチに座って休んでいた。彼の隣には、本田菊も居る。狭い部屋に、多くの人が居た。彼等の多くは受付に並んで、列を組んでいた。<br />
　客の姿を見て、マシューは、ある事に気がついた。<br />
「なんで、みんな黒い服を着ているんだろう&hellip;&hellip;」<br />
　アルフレッドと菊は、フランシスと同じデザインの黒い服を着ているし、他の客も、デザインこそ違うが、やはり、黒い服を着ているのだ。全員が全員黒い服を着ていると、まるで、これから葬式でも行われるみたいな感じを受けた。マシューは、この異様な景色に圧倒されて、ごくりと唾を飲み込んだ。<br />
　その時、フランシスが、マシューの肩に腕を乗せて、体重を預けてきた。マシューは、油断していて、倒れそうになったのを、足を踏ん張ってとどまった。<br />
「どいつもこいつも黒い服ばかりで、葬式みたいだ、って思ったでしょ？」とフランシスが無駄に甘い声で、マシューの耳元でくすくすと笑う。<br />
　まさに今、そう思っていたところだったので、マシューは苦笑いしながら、正直に頷いた。<br />
「黒は、勝負服だからね」と、フランシスが言った。「みんな黒が一番かっこいいと思っているんだ」<br />
「へえ&hellip;&hellip;まあ、確かに、高級感のある色ですし、好きな人は多そうですが」<br />
　大会というだけあって、今日のこの日は、選手たちにとって特別な日なのだろう。<br />
「おーい、マシュー！　俺のチケット持ってきてくれたかい？」<br />
　マシューの存在に気づいた、アルフレッドと菊が、マシューに駆け寄る。<br />
「アル！」マシューは叫ぶ。<br />
　アルフレッドは走ってきた勢いで、マシューにハグをする。力強く抱きしめられ、マシューの首が蛙みたいに、ぐえっと鳴った。でも、嫌じゃなかった。彼に抱きしめられると、すごく気持ちいいんだ。筋肉の上に適度についた脂肪が、ぷにぷにと柔らかくて、ふわっとキャンディやクッキーみたいな甘い匂いが香って、この暖かみが癖になる。<br />
「チケットはどこだい？」<br />
　アルフレッドは、マシューの体を自分から引きはがし、マシューの両肩に両手を置いて、尋問するみたいに言った。でも、彼の顔はきらきらとした眩しい笑顔だ。<br />
「あるよ。ここに」と言いながら、マシューは、片手に握りしめていたチケットを持ち上げて振る。<br />
「君ったら、大事な物を落っことして行っちゃうんだから。僕が居たから良いのものの。次からは、気をつけなよ」<br />
　はい、とマシューがアルフレッドの手にチケットを手渡す。アルフレッドはチケットを手に入れると、飛び跳ねて喜び、マシューの頬にキスをした。<br />
　マシューは一瞬どきっとした。アルフレッドの柔らかい唇を頬に受けた事で、アーサーとアルフレッドの、あの例のキスシーンを思い出してしまったのだ。<br />
　アーサーさんも、アルのこの唇を&hellip;&hellip;。<br />
　狼狽えそうになりながらも、マシューは何とか平静を装った。<br />
「センキュー、マシュー」<br />
「どういたしまして&hellip;&hellip;」<br />
「こんにちはマシューさん」とアルフレッドの横から、菊が丁寧にお辞儀して挨拶をする。<br />
「あ、こんにちは、本田さん」マシューもニコッと笑って会釈した。<br />
「あなたが来て下さって、助かりました。もうすぐ、大会が開催されます。よろしければ、私たちのＯＴＡＧＥＩを観客席からご覧になられませんか？」<br />
「はい。是非とも」</p>
<p>　そして、四人は、受付をすまして会場に入場した。アルフレッドとフランシスと菊は、出場者として、バックステージに移動し、マシューは三人と別れて、一人、観客席に向かった。観客席は、粗末なパイプ椅子が並べられているだけだった。出場者こそ多いが、観客はあまりいなくて、席がガラガラだった。たぶん、観客のほとんどが、出場者の家族、あるいは友人だった。数人は、完全な部外者で、観光客だったり、暇な時間を持て余した老人だったりした。<br />
　マシューは前の方の椅子に座って、ステージを眺める事にした。<br />
　やがて、雇われの司会者がステージに出てきた。彼の司会で、開催式が始まり、オタ芸の披露大会が始まった。出場者は、チームだったり、一人だったりと、色々だったが、みな、アニメの音楽に合わせて、頭や体を激しく揺らし、人差し指で天井を突っつく動作をして、心底一生懸命にオタ芸を踊った。マシューは始めこそ真面目に見ていたが、次第に飽きてきて、ただ、ボーとステージに目を向けるだけとなった。時々、なんだってこんな馬鹿馬鹿しいものを見ているんだろうと、呆れもした。アルフレッドたちが出る番になるまで、マシューは何とか耐えた。<br />
　いよいよアルフレッドたちの出番になった。ステージに出てきたアルフレッドたちは、観客席に座っているマシューを見つけると、にやにやと笑ったり、手を振ったり、指を指して、投げキッスを飛ばしてきたりした。マシューは投げられたキスを避けるまねをして、少しの間、ふざけ合った。<br />
「それでは、踊っていただきまショウ！」<br />
　司会の合図で、音楽がかかる。ステージの上の三人は、一斉に例のキチガイ踊りを始めた。<br />
　ああ、なんて言うか&hellip;&hellip;。<br />
　マシューは急にもじもじとしだし、視線を下げたり、あげたりを繰り返す。マシューは恥ずかしい&hellip;&hellip;と思った。踊っているのは自分ではないのに、なんでか恥ずかしいのだ。見も知らずの赤の他人の踊りならまだ、なにも思わず見れた物だったが、これが身内が踊っているとなると、どういうわけか、急に恥ずかしくなって、目を背けたくなった。<br />
　マシューはあまりの恥ずかしさに、自分の体が小刻みに震えている事に気がつく。<br />
　ダンスが終わった。マシューは目を閉じていた。ダンスの途中で、彼等を見続ける事に羞恥心の限界を感じ、マシューは彼等の健闘を最後まで見届ける事なく、無の世界に旅立っていた。</p>
<p>　優勝者が決まった。大会で優勝したのは、去年も優勝したという、長年一位の座を守り続けているベテランだった。彼はオタク人生に命をかけていた。ステージにあがって、トロフィーと賞金を掲げる彼は、汗だくながらも、凛とすました顔をしていた。<br />
　司会者から「優勝の秘訣は？」と聞かれると、彼は、眼鏡の奥の鋭い眼光を光らせて、「死にものぐるいで踊ること」と答えた。「でも、死にものぐるいで踊るだけなら、誰にだって出来るんですよ。勝利を手に入れる為に、大事なことがもう一つあります」<br />
「それは何ですか」<br />
「それは、愛。芸を向ける相手を、いかに愛してやれるか&hellip;&hellip;。そうです。愛なんです&hellip;&hellip;愛が重ければ重いほど技術は磨かれる&hellip;&hellip;」<br />
　ベテランは遠い目をしながら噛みしめるように言った。<br />
「なるほど！　素晴らしいです。それでは、優勝者の田中さんに、みなさん、拍手をお願いしまーす！」<br />
　わーっと拍手喝采が巻き起こり、大会は終了した。</p>
<p>　夕日が落ちる。<br />
「じゃあ、帰ります」<br />
　マシューは本田菊にハグをして、別れを告げる。フランシスもアルフレッドも菊に別れの挨拶をした。フランシスにいたっては、菊の頬にキスまでしているしだいである。<br />
「残念だったんだぞ&hellip;&hellip;」<br />
　アルフレッドは優勝を逃した悔しさを引きずって、まだ落ち込んでいた。しゅんと肩を落とし、頭を垂れる彼の姿は、なんとも悲しげで、構ってやりたい哀愁が漂っている。彼の姿を見て、そう思ったのはマシューだけではなかったようで、フランシスなんかは真っ先にアルフレッドを慰めようと駆け寄って、声をかけていた。菊も同じく後に続いて、アルフレッドに慰めの言葉をかけてやっていた。アルフレッドは小突かれたり、背中や腕を叩かれたりして、やっと元気になった。<br />
「よし！　来年こそは頑張って優勝するぞ！」<br />
　力の入った目で、アルフレッドは元気にそう言うと、慰めをくれたお礼とばかりに、友人二人の頬に、ちゅ、ちゅ、とキスをした。アルフレッドにキスを貰ったフランシスは、すぐさまアルフレッドの頬に愛情のこもったキスを返し、菊は嬉しそうに微笑んで、アルフレッドの頭を撫でた。<br />
　来年も出るだって？　マシューは、来年は何か理由を付けて、見に行かないことにしようと心に決めた。もうあんな身悶えするような恥ずかしい思いを味わうのはごめんだ。<br />
「さあ、帰ろうか。アル&hellip;&hellip;」<br />
　そのとき、アルフレッドのズボンのポケットにしまった携帯電話が鳴った。アルフレッドは電話をとる。<br />
「アーサー？」とアルフレッドは言った。<br />
　どくん、とマシューの心臓が鳴った。体全体に変に力が入り、アルフレッドの声に耳をそばだててしまう。<br />
「うん、終わったぞ。&hellip;&hellip;うん、ハハハ。わかったよ。&hellip;&hellip;え？　そうなのかい？　わかったぞ&hellip;&hellip;。オーケー。ははっ。ああ、いいよ、行くよ。今からね。オーケー。バイ」<br />
　電話を切ったアルフレッドはマシューに向き直る。<br />
「ごめん、マシュー」<br />
「えっ、な、何？」<br />
　マシューはビクリと体を飛び跳ねさせた。<br />
「俺、今からイギリスに行くことになったんだぞ」<br />
「あ、そうなの？」<br />
「だから、帰りは、一人で帰って貰っても良いかい？　俺はフランシスと一緒に帰るからさ」<br />
　マシューが、ちらっとフランシスの顔を見ると、フランシスは、にやにやと何か含んだ笑みを顔に浮かべていた。彼は、もしかしたら知っているのかもしれない。とマシューは思った。アーサーとアルフレッドの関係を。<br />
「&hellip;&hellip;いいよ。気をつけて、行ってくるんだよ」<br />
　マシューは何も知らない振りをして、喉から絞り出すように言った。<br />
「センキュ」<br />
　アルフレッドはマシューの異変に気づかない。彼は、ぽん、とマシューの肩を軽く叩く。ああ、何とも優しく、純粋な笑顔だろう。アルフレッドの顔を見て、マシューは思った。君の笑顔は子供の頃から何一つ変わっていない。だから僕は君に、子供の頃の君を期待してしまうんだ。君が大人になっただなんて、理解したくないよ。君、そんな無垢な顔をして、これから何をしに行くというんだい。マシューの頭に、ふと、邪悪な妄想が浮かんで、マシューは、ハッと我に返った。<br />
　僕って、すごく卑しい奴だ！　まったく汚らわしい！　二人を祝福してあげなくてどうするって言うんだ。二人が幸せなら、いいじゃないか、それで。<br />
　でも、と引きずる想いを無理矢理振り払って、マシューはアルフレッドたちと別れ、一人で帰ることにした。空港からアメリカ行きの飛行機に乗り、飛行機が空を飛んでいる間、マシューはずっと憂鬱であった。いつ頃からやらしい関係に発展したのだろうか？　淫らな妄想が次々と浮かぶ。余りに思い詰めたせいで、頭痛がしてきた。マシューはおでこに手を当て、頭を抱える。<br />
「イギリスに行くって&hellip;&hellip;。アル、きっと、アーサーさんとセックスをしに行ったんだ&hellip;&hellip;」<br />
　果てしない空しさが、マシューの体を襲う。<br />
「セックスするために、わざわざイギリスまで行くんだ&hellip;&hellip;。僕は、たった一人で帰らせて置いて&hellip;&hellip;」<br />
　マシューの口から乾いた笑いが漏れる。考えれば考えるほど、自分は二人の愛に対し、否定的だ。<br />
「いや&hellip;&hellip;」マシューは首を振る。「二人がセックスするかどうかなんてわからないじゃないか。すると一方的に決めつけるのは良くない。彼等は僕が思うよりも、きっと純粋な関係なんだ。するのはキスだけだよ。それ以上のことは、しないよ」<br />
　キスだけだから、二人の愛を許せるのかと言ったら、そういうわけでもなかった。大人みたいに恋愛をしているアルフレッドが居ると考えるだけで気分は暗い底に沈んだまま、胸の中がもやもやとした霧に覆われている。<br />
　ああ、どうしよう！　アルフレッドのことが気になって仕方がないんだ！<br />
　マシューはこのまま家に帰れる気分じゃなかった。二人の兄弟の様子を、一度この目でしっかり確かめてやらないと、気が済まない。彼らは本当にキスだけの関係なのか。<br />
　マシューは飛行機に乗り継ぎ、イギリスに向かった。</p>
<p>　イギリスに着いたとき、時刻は深夜であった。健全な人々は寝静まった時間帯である。マシューは厳めしい顔をして、風を切るように歩いて、アーサーの家に向かう。<br />
　酷く緊張していた。現実味がなくて、夢の中を歩いている気分だった。<br />
　マシューはアーサーの家にたどり着くと、ぴたっと足を止めた。どの窓も明かりはついていないようだった。<br />
「寝ちゃったのかな&hellip;&hellip;」<br />
　マシューは少し不安になった。<br />
「いや、別に、情事の現場を取り押さえたいとか、そういうんじゃないんだけどさ&hellip;&hellip;」<br />
　自分が訪ねて来た事を、二人には知られたくない。マシューは、あくまでこっそり、中の様子を伺って、満足したら、すぐに帰るつもりでいた。<br />
　マシューは玄関を避けて、庭に回り、窓の一つに顔をくっつけて、中を覗く。<br />
「真っ暗で何も見えないや」<br />
　見えないのは、窓の曇りのせいもあるかもしれないと思ったマシューは、手で窓の汚れを拭ってみる。すると、拭いた勢いで、窓が横にずれた。<br />
「へ？」<br />
　窓に鍵がかかっていなかったのだ。不用心だと想いながらも、マシューは辺りをキョロキョロと注意深く見渡して、誰もいない事を確認した。<br />
「泥棒をしに来たわけじゃないんだ。ただ、ちょこっと様子を見に来ただけなんだ&hellip;&hellip;見たら&hellip;&hellip;すぐ帰るからさ。二人の邪魔は絶対にしない。だから&hellip;&hellip;入るよ&hellip;&hellip;」<br />
　マシューは言い訳がましい事をぶつぶつと口にすると、意を決して、窓の隙間を大きくし、一度、深く深呼吸して、悪いとは思いつつも、家の中に体を滑り込ませた。</p>
<p>　一階は、電気一つ点いていなくて、不気味なほど静かだった。マシューは家具につまづいて音が出ないように、細心の注意を払いながら、一歩一歩静かに家の中を歩いて行った。アーサーの家には何度か来ていたので、間取りは覚えている。寝室は二階だった。<br />
　廊下に出て、階段を見つけると、マシューはゆっくりと上に登った。<br />
　見るだけだ、少し見たら、すぐ帰るんだ。寝室の扉を見つけると、マシューは足を止めた。ずきっと胸が痛む。罪悪感が今にして沸いてきた。二人のプライベートを犯そうなんていうんだ。僕って本当にサイテーだよ&hellip;&hellip;。<br />
　でも、気になるじゃないか！<br />
　マシューは寝室の扉の前まで来ると、そうっと、ノブに手をかけた。<br />
「アーサー、音がしたんだぞ。誰か下に居るんじゃないのかい？」<br />
　中から聞こえてきたアルフレッドの声に、マシューは体が石の様に硬直した。どうしよう！　さっそくバレちゃったよ！　冷や汗が流れる。とにかく、マシューは息を殺して、中の声に耳を澄ます。<br />
「音&hellip;&hellip;？　そんなの聞こえたか？」<br />
「聞こえたぞ。アーサー、君、見てきてくれよ&hellip;&hellip;」<br />
　ギッ、とベッドが軋む音がした。そして、床を歩く足音がする。アーサーさんだ！　アーサーさんがこっちに来る！<br />
　マシューは慌てて扉から離れ、逃げようとした。だが、逃げるには間に合わない。きっと階段を下りている途中で、アーサーに見つかってしまうだろう。隠れられる所を探さなくては。そうだ、部屋だ。寝室の隣にもう一つ部屋がある。ここに隠れよう。<br />
　マシューは急いで隣の部屋に駆け込むと、扉を静かに閉めた。それと同時に、アーサーが寝室から出てきた。彼は、マシューが隠れた部屋を素通りして、階段を降り、下に向かった。マシューはひとまずホッとした。だが、安心もしていられない。下に誰も居ないとわかれば、今度は上を探しに来るかもしれない。マシューは暗闇の中、部屋を見渡した。窓がある。そこから外の月明かりが差し込んでいる。マシューは窓に近づき、ここから外に飛び降りられそうか確かめた。外は芝生になっている。飛び降りを邪魔する障害物のたぐいはない。うまく受け身をとれば、怪我もせずに下にたどり着くことが出来るだろう。だが、運が悪かったら&hellip;&hellip;。<br />
　そのとき、階段を登ってくる足音が聞こえた。アーサーさんったら、もう戻ってきた！　マシューはあたふたと慌てた。とりあえず、どこかに身を隠そうと思った。そして、偶然手を伸ばした所が、机のテーブル部分であり、机なら椅子もあるはずだと、手探りで椅子を見つけると、椅子を動かして、机の下に潜りこんだ。<br />
　彼がマシューのいる部屋に入ってくることはなかった。彼は真っ直ぐ寝室に戻っていった。<br />
「誰も居なかったぞ」<br />
「そうかい&hellip;&hellip;じゃあ、気のせいだね&hellip;&hellip;」<br />
　暫くすると、隣の部屋から、ちゅ、と濡れた接吻の音が聞こえてきた。何だというのだまったく！　マシューは自分の全身の毛がビリビリと逆立つのを感じた。ラブシーンだ！</p>
<p>「アーサー&hellip;&hellip;」<br />
　アルフレッドが甘えた声を出す。続いて、濡れた接吻の音が、二、三度鳴る。<br />
　押し殺したような声が静まりかえった部屋の中に響く。<br />
　マシューはどきまぎしながら、静かに耳を澄ましていた。<br />
「あっ&hellip;&hellip;」<br />
　吐息だ。たぶんアルの声だ。マシューは恥ずかしくていたたまれなかった。兄弟の淫らな声を聞く羽目になるなんて。あの子供だったアルフレッドが、いつの間にか自分より先に大人になっていた。聞きたくなかった。知りたくなかった。これ以上この場に居て、現実を思い知らされるのは苦痛だ。なぜか、目に涙が滲んできた。<br />
　マシューは、帰ろうと思い、机の下から這い出て、立ち上がった。するとズボンが引っ張られているように感じたので、手で直そうと思ってズボンの前に触れてみた。<br />
「え」<br />
　マシューは頭がすっと冷たくなるのを感じた。手が、何か、固いでっぱりに当たったのだ。<br />
　それが何であるか気づくと、マシューは激しいめまいを感じた。<br />
　勃起している。<br />
　何に興奮したというのだ。男同士の、兄弟同士の、情事に？　アルの声に？　そんなものに僕は興奮したというのか？　何を考えているんだ僕は！</p>
<p>「入れても、いいか&hellip;&hellip;」</p>
<p>　隣の部屋から聞こえてきたアーサーの声に、マシューはびくりと肩を揺らし、息を飲み、壁を凝視した。<br />
　ごそごそと物音がした。きっと彼等はあれをあそこに入れる準備をしているのだろう。いや、違う、そういうことはしない。だって、キスだけの関係なんだ。暖房を入れても良いか、とか、貯金箱に小銭を入れてもいいかとかそんなのだろう！　どうせ！<br />
　短いが、甘い悲鳴が聞こえた。それはアルフレッドの声だったと思う。<br />
　マシューは、わなわなと体を震わした。<br />
　何度か短い喘ぎが聞こえる。<br />
　マシューは両手で耳を塞いだ。<br />
　セックスしている！</p>
<p>　アルが、アーサーさんと！</p>
<p>　マシューは二人の情事の声に追い立てられるようにして、家を飛び出した。それから長い旅路の末、マシューはカナダの自宅に戻ってきた。家を出るときに壊れていた玄関の扉は、元通りに戻っている。実に優秀な仕事ぶりだ。<br />
　体は酷く衰弱していた。ストレスだ。いろんな事を見聞きして、頭と体を同時に沢山使ったものだから、マシューの体は、この劇的な変化に十分に対応できれていなかった。体全体が泥を含んでいるように重い。頭から足のつま先まで重たい。ほんの少し、向きを変えるために動かすだけでも一苦労だ。胸は終始ざわついている。ここにも泥がびっしりと詰まっているみたいで、心臓は胸の中で苦しげにこもった音をたてながら、必死に、泥をかき分け、血管へ血を送り出している。<br />
　マシューは、震えた息を吐き出しながら、台所の椅子に腰を下ろした。腰を落ち着けて、一息つくと、今さっきアーサーの家で起こった事が、頭の中で様々と思い起こされた。一つ一つ思い出していくごとに、マシューは、アルフレッドのことを思って、気分が落ち込んだ。<br />
　アルフレッドは、もはや自分の知っている双子の片割れではない。別の人間だ。純で、子供だった彼は、どこにもいない。<br />
　マシューは、膝に置いた自分の手を見た。震えていた。なぜ震える必要がある。マシューは急に冷静になって、自分の動揺しっぷりに呆れ、吹き出した。笑ったところで、明るい気持ちになれるものでもなく、心は暗いままだった。<br />
　アルにはアルの人生がある、それは僕の人生じゃなくて、アルの人生なんだ。僕の好きに出来るようなものじゃない。好きに出来るのはアル、本人だけだ。だけど&hellip;&hellip;。<br />
　つらい&hellip;&hellip;。アルの人生が、アルの価値観が、僕の思うとおりに動いてくれない。どうしてだろう。口出ししたくてたまらない。僕の思う道から逸れると、とても不安になる。落ち着かなくて、苛々して、こめかみの辺りが痛くなる。</p>
<p>　つまり、僕は何なんだろう。アルをどうしたいんだろう。<br />
　あの時、あの部屋で、アルフレッドの喘ぎ声を聴いて、自分のペニスが固くなった事を思い出す。<br />
「&hellip;&hellip;セックスしたいんだ。&hellip;&hellip;アルと&hellip;&hellip;」<br />
　マシューはぽつりと呟いた。言葉にしたら、それが確信であるような気がしてきた。<br />
　確かに、ペニスが勃起したという事は、その相手に欲情したという結果だ。それなら、自分がアルフレッドに対して抱く気持ちはそういう物なのだろう、とマシューは思う。<br />
　マシューは裸のアルフレッドの姿を想像した。ベッドの中で、淫らに乱れている。両頬は紅潮し、節目がちの目は潤み、大事なところを隠すために、彼は片手でシーツをたぐり寄せている。<br />
「マシュー&hellip;&hellip;」と彼は切なそうに声をかけてくる。<br />
「なにを想像しているんだ、僕は&hellip;&hellip;」<br />
　想像して後悔した。途端、酷い罪悪感が体を襲う。自分が想像したせいで、アルフレッドが汚れてしまったような気持ちになった。<br />
「そうそう他人にすぐ股を開くような奴じゃないんだよ、アルは！　彼は純粋なんだ。大事な一人以外に媚びたりしない。僕なんかに&hellip;&hellip;」<br />
　マシューは声が詰まった。それ以上先のことを言おうとすると、凄く悲しい気持ちになって、泣きそうになる。<br />
「アルが欲しいのは、僕じゃない。アーサーさんなんだ。アルのことを思うなら、僕はこれ以上手を出しちゃいけないさ」<br />
　だけど、一度くらい良いじゃないか。彼はすでに、僕が大事に思っていたアルではない。アーサーさんと汚らわしい事をしているビッチだ。<br />
　今のアルなら、大事にしてやる必要なんてない。彼が僕のではなくなった以上、愛する価値なんてないのだ。</p>
<p>　雨が降る日だった。しとしとと静かな雨だった。細かな水の粒子が、広げた傘を叩く。マシューはアルフレッドの家に向かっていた。片手に傘の柄を持ち、もう片方の手は、コートのポケットに突っ込んでいる。ポケットの中で、小さな薬の瓶をもてあそぶ。<br />
　地面を歩くごとに、道路にたまった雨水が跳ね、ズボンの裾を汚す。<br />
　今なら戻れる、とマシューは思う。<br />
　しかし、道徳的な考えは浮かぶだけで、進む足は止まらない。だが、それでも良いとマシューは思った。してもいいとマシューは思っていた。アルフレッドとしたいと思っていた。マシューのものでよがり狂うアルフレッドが、ぜひに見たかったのである。<br />
　そして、自分の欲求が、本当にアルフレッドを求めてのものなのかを確かめるために彼を抱かなくてはと考えていた。<br />
　マシューは確認したかったのである。アルフレッドが自分の愛したアルフレッドなのかどうか。</p>
<p>　アルフレッドの家につき、呼び鈴を鳴らす。<br />
　寝起きでぼさぼさ頭のアルフレッドが出てきた。<br />
「おはよう、アル。上がっても良いかい」<br />
「良いけど、どうしたんだい」<br />
　普段の遠慮がちなマシューらしくなく、ずうずうしく勝手に家の中に上がる。部屋を少し見て回る。思った通り、アルフレッドは一人である。客は自分以外誰もいない。アーサーが仕事で出張中だというのは調べて知っていた。<br />
「君のために朝食を作って上げようと思って」マシューは優しい笑みを浮かべる。<br />
「本当かい。嬉しいぞ。ありがとうマシュー！」<br />
　何も知らないでアルフレッドは喜び、マシューにハグをする。マシューはアルフレッドのやわらかな体をしっかりと抱き留めた。そして、彼の匂いを思いっきり吸い込んだ。この体を僕は抱くんだ。僕の良いようにして、アルの中で快感を貪ってやるんだ。</p>
<p>　マシューは台所に立ち、ホットケーキを作った。それから、アルフレッドの為に苦めの濃いコーヒーを作り、その黒い液体の中に、隠し持っていた白い薬を細かく潰してから混ぜた。更に、ミルクと砂糖を大量に加え、味を隠す。<br />
「できたよ」</p>
<p>　数分後、食事を終えたアルフレッドはソファの上で眠りについた。<br />
　コーヒーに混ぜたのは睡眠薬だった。<br />
　マシューはアルフレッドをベッドルームに運ぶ。そして、彼の服を脱がして裸にした。彼の裸を見たマシューは心臓を鷲掴みにさらたみたいに、ハッとした。<br />
　アルフレッドの白い肢体には、胸を中心に、赤いバラの花びらの痕が散っていた。キスマークだ。大人の夜を味わった体だ。<br />
　マシューはそっと赤い痕を指で撫でる。どんな風に、どんな気持ちで、アーサーさんはアルフレッドの体に痕を残したんだろう。自分の所有物だと主張したかったのだろうか。<br />
　でも、これから彼の可愛いアルフレッドはマシューに抱かれるのである。<br />
　マシューは乱暴に自分の服を脱いだ。そして、明るい日差しが窓から差し込んで自分の顔を照らしているのに気がつくと、窓に歩み寄ってカーテンを閉める。<br />
　自分を信頼してくれたアルフレッドを裏切ることになる。彼を眠らせて、抵抗できないうちにレイプをしてしまおうというのだ。だけど、最初に裏切ったのはアルフレッドの方だ。僕の純粋な幻想をぶちこわした。<br />
　マシューはベッドで横になるアルフレッドの体をうつ伏せにし、彼の左足を少し曲げて、盛り上がった形の良い丸い尻と、その奥にある、しぼみを見つめる。やましい気分だった。性的な意識を持って彼の体を見るのは初めてだ。<br />
　マシューはワセリンをとって、眠っているアルフレッドの可愛い顔にキスをし、身を屈めて、アルフレッドの尻に指を這わす。肌はきめ細かく、すべすべとしていた。弾力のある肉は柔らかい。<br />
　まるで職人のように、マシューはアルフレッドの神聖な丘を見つめ、そこを指でいじくり、ほぐすのに専念した。滑りが足りなく感じたら、さらにワセリンを足して、指を挿入し、柔らかくなるまで揉んで、広げた。十分にほぐれたと感じたら、指を抜いて、ペニスにコンドームを装着して、アルフレッドの尻に自分のそりたった物をあてがった。そして、ゆっくりと穴に埋めていった。<br />
　それはすばらしい締め付けだった。赤ん坊の小さな口であむあむとしゃぶられているみたいだった。ワセリンのおかげで、十分に濡れ、暖かく、気持ちが良かった。マシューはうつ伏せのアルフレッドの腰を支え、腰を動かす。マシューのペニスは凶器の棍棒みたいに大きく膨れ、ごりごりとアルフレッドの中をえぐる。<br />
　最初のうちはぎこちなく出し入れを繰り返していたマシューだったが、どうしたら気持ちいいか、やり方を覚えてしまうと、マシューは馴れた腰使いでリズミカルにアルフレッドの尻に股間を打ち付け始めた。<br />
　眠っているアルフレッドも快感を感じているのか、耳を赤く染めている。<br />
「アル、感じてる？　僕ので感じているの？」<br />
　マシューは腰を動かしながら、アルフレッドの背中に覆い被さり、手でアルフレッドの乳首をいじった。<br />
「感じて。アル。僕ので感じて！」<br />
　腰の動きを早める。アルフレッドの体は打ち付けられる振動で大きく揺れる。ベッドがぎしぎしと鳴る。<br />
　本腰を入れて、突くために、マシューは膝立ちになって、アルフレッドの腰を支えた。<br />
　そのとき、アルフレッドが首を動かす。頭を枕にこすりつける。そして、彼は背後を振り向く。<br />
　うつろな青い目と、目があった。<br />
「あ&hellip;&hellip;」<br />
　下腹部の熱が激しくなった。マシューは興奮して、更に、より早く腰を動かした。野獣のように、激しく。<br />
　アルフレッドは顔を赤くし、感じたように目を伏せ、枕に額をこすりつける。<br />
　アルフレッドを犯している最中に、中にしこりを見つける。それを削るように、腰を動かす。<br />
　アルフレッドの背中が激しい呼吸で上下する。<br />
　耐えきれず、アルフレッドが短く喘声を漏らす。甲高い。甘い声。<br />
　アルフレッドの白い皮膚には汗が浮いていた。首も耳も赤く染まり、筋肉の突いた尻まで赤い。<br />
　マシューはアルフレッドのペニスを握る。堅くなって上向いていた。数度こすると、アルフレッドはびくびくと体を震わせる。そして、シーツの上に粘液を放った。<br />
　マシューはかまわず腰を打ち続けた。自分の快楽を追いつつも、アルフレッドを気持ちよくすることも忘れなかった。アルフレッドの体は激しく揺さぶられる。彼は限界を超える快楽に苦しみ、悶え、逃れようと身をよじる。しかし、その快楽からは逃げられない。そして、アルフレッドは二度目を放って、失神した。</p>
<p>　ばくばくと心臓が鳴っていた。ずるりとペニスを引き抜く。<br />
　はあ、はあ、と肩を上下させる。</p>
<p>「あ、アル&hellip;&hellip;」<br />
　マシューは立ち上がろうとして、崩れ落ちる。腰が立たなかった。そんなに疲労するまで、激しく行為にふけっていたのだろうか。<br />
「ごめんね、アル」<br />
　マシューはアルフレッドを仰向けにして、コンドームを新しいのに換え、アルフレッドの膝を抱えながら彼の中に挿入した。それから、彼の体にのし掛かってじっとしていた。そうして、思い出したように突き上げ、また、じっとする。彼の中の温もりに感じ入っていた。いつの間にか眠っていた。<br />
　アルフレッドが暴れたことで目が覚める。マシューは暴れるアルフレッドを押さえつける目的で入れたままの腰を激しく動かす。アルフレッドのペニスが自分の腹と彼の腹で押しつぶされる。腹でこすりつけるように動かしてやると、アルフレッドは歯をくいしばって、漏れそうになる喘ぎを必死に耐えていた。<br />
　鼻をすする音が聞こえる。泣いているのだろうか。<br />
「なんで、こんな事するんだい&hellip;&hellip;」アルフレッドは涙声で言った。<br />
「君のせいだよ」マシューは冷たく言った。「君が大人になったからいけないんだ」</p>]]>
    </description>
    <category>マシュアル</category>
    <link>https://aldaisuki.ko-me.com/%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB/%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%91%9B%E8%97%A4</link>
    <pubDate>Sun, 29 Dec 2013 15:07:19 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>イヴァン、病む</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　※ご注意</p>
<p>　死にネタを扱っております。<br />
　レイプ・グロテスクな描写が出てきます。苦手な方はご注意ください。</p>
<p><br />
　設定<br />
　アルフレッド&hellip;空飛び族。背中に羽が生えている。空を飛ぶ。死ぬ予定です。<br />
　イヴァン&hellip;空飛び族に姉を殺され、妹を傷付けられてから空飛び族を憎んでいる。<br />
　フランシス&hellip;イヴァンの友人。<br />
　ナターリャ&hellip;イヴァンの妹。過去に負った傷のせいで両目が見えない。<br />
　マシュー&hellip;アルフレッドの兄弟。空飛び族。<br />
<br />
<br />
</p>
<p>　年に数回、街に悪魔がやってくる。その悪魔は鋭い羽を動かして西から大空を飛んで東の山へやってくる。悪魔がやってきたら、街の人々は身を屈め、地面に頬がくっつくほど、姿勢を低くしなければならない。そうして、悪魔の群が飛びさるのをじっと待つのだ。そうしなければ、彼らの翼が、人々の肉を切り裂いてしまうだろう。悪魔は目の前に立ちはだかる障害物を次々に破壊する。彼らの羽はどんなに固い煉瓦の家ですらがれきの山にしてしまう。彼らの翼は強力だ。彼らが起こす風もまた人々を傷つけた。<br />
　昼、街に悪魔がやってくることを知らせる警報が鳴った。そして、連絡人が声高に街を叫んで回った。<br />
「奴らは夜に街に到着するぞ！」<br />
　人々は食料と水とを持って、地下シェルターの中に隠れる。奴らが街を通り過ぎるまで、明日の朝まで人々は地下で過ごす。</p>
<p>「夜にやってくるの！？」<br />
　目に包帯を巻いた髪の長い美しい金髪の少女は、連絡人の叫びを聞いて、震え上がった。<br />
「兄さん、こわいですわ&hellip;&hellip;私&hellip;&hellip;。今は何時ですか？　夜は後何時間でやってくるのですか？」女性らしい細く、白い手を小刻みに震わせ、少女は椅子から転げ落ちながら叫んだ。<br />
「大丈夫だよ、ナターリャ。怖がらなくても良いよ。まだお昼だ」少女の兄は、震える妹の肩を起こして、宥めるように言った。<br />
「兄さん、そんなことを言ったって、兄さん！　私は目が見えないのよ！　あいつらが来たってわからないの。うまく逃げられりゃしないわ。助けてください。兄さん。私、姉さんみたいになるのは嫌よ！」ナターリャは目に巻いた包帯を涙でびしょびしょに濡らし、必死になって叫んだ。そして、はっと気がついたように口を開けた。「ああ、思い出してしまった！　今まで思い出さないようにしていたのに、あいつらが来る日はいつも思い出してしまうわ。ああ、兄さん、今ね、私の目の前に、姉さんの姿が見えるの。あのときの瞬間の姿です！　恐ろしいですわ。ああ、嫌だわ、四肢が飛び散りました！　兄さん！　怖いわ！　何て酷いの！　血まみれよ！　嫌っ」<br />
　ナターリャは床にふせって泣き出した。おぞましい想像から身を守るように頭を抱える。<br />
「ナターリャ。地下に行こう。そしたら安心だ」<br />
　兄のイヴァンはナターリャの腕を掴んだ。ナターリャは細い手をイヴァンの足に巻き付かせ、すがりついた。<br />
「私、夢に見るんです。あいつらが私を追って、地下まで潜ってくるの。そして、兄さんを殺してしまうの。その後すぐに、私も&hellip;&hellip;」<br />
「そうならないように祈ろう」<br />
「怖いわ&hellip;&hellip;怖い&hellip;&hellip;兄さん&hellip;&hellip;！」<br />
　少女の泣き声は地下に消えていった。</p>
<p>「イヴァン」荒々しく門戸を叩くと、彼は家主がドアを開ける前に、家に入ってきた。「準備をしろ」そう言ったのは、癖のついた金髪を肩までのばした顎髭の男で、フランシスという男だった。彼は背中に武器を担いでいる。<br />
　イヴァンは地下からあがってきた所だった。フランシスの姿を見ると、浅く頷き、イヴァンは部屋の壁に掛けていたライフルを取る。<br />
「妹ちゃんは？」フランシスは心配げにイヴァンに尋ねた。<br />
「大丈夫だよ。地下で寝ているよ」イヴァンは表情を変えずに、少し笑みすらこぼして答えた。<br />
「兄さあーん！」地下からナターリャの声が聞こえてくる。<br />
　イヴァンは地下を振り返る。<br />
「起きてるみたいだぞ」<br />
「ごめん、ちょっと待っていてくれるかな」<br />
　イヴァンはばつが悪そうに地下に戻っていった。<br />
「兄さん！　兄さん！」<br />
「ナターリャ」<br />
「兄さん！　どこ？」<br />
「ここだよ」イヴァンはナターリャの手を取って言った。<br />
「呼びかけても返事がなかったから、兄さんが消えてしまったのかと思いました」ナターリャは怯えを引きずり、声を震わしながら言った。そして、自分の手を握ってくれているイヴァンの大きな手に接吻した。<br />
「&hellip;&hellip;今から自警団に参加するんだ」イヴァンはナターリャの頭を見つめながら言った。<br />
「え？　何ですって？」<br />
「仕事があるんだ。しばらく朝まで戻らないから、ナターリャは地下で大人しくしているんだよ」<br />
　そう言ってイヴァンはナターリャの手を振り払う。<br />
「えっ、兄さん！　兄さん！　待って、どこへっ、私を一人おいて、どこへ行くの！？」ナターリャはすっかり動転して叫んだ。「私は目が見えないのに！　私を一人にして、もしあいつらがここへ来たらどうするの！？」<br />
「あいつらは地下まではやってこないよ。ただ空を飛んで、東の山に向かうだけだからね」<br />
「兄さんは？」ナターリャは言った。「兄さんはどこへ？」<br />
「恨みを晴らしに行くんだ」イヴァンの目つきは、妹を労る優しい目つきから、鋭い憎しみのこもった目つきに変わった。<br />
「嫌よ。兄さんが死んじゃうわ」<br />
「死なないよ。銃を撃つんだ。安全なところから。僕は君を愛している。そして、姉さんの事も愛している。だから、行かなくちゃいけない。恨みを&hellip;&hellip;いや、村の人々の恨みを晴らすために。僕を信じて。大丈夫だから。そして、ここは安全だから。僕が行くところも勿論安全だよ」イヴァンはナターリャを抱き締めた。そして、直ぐに放し、急いで階段を駆け上がる。<br />
「兄さん！」<br />
「死にたくなかったら不振な動きはしないでね。ナターリャ」<br />
　フランシスは外で待っていた。彼はイヴァンの家から勝手に拝借した酒を飲んでいた。イヴァンはむっとして、それを奪い返す。<br />
「妹ちゃんは寝たのか」<br />
　イヴァンは頷く。「寝たよ」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「アル、時間だよ」<br />
　アル、と呼ばれた眼鏡をかけた金髪の青年は、ピンク色の雲を毟って食べていた。<br />
「あーあ、アルったらまた雲を食べて&hellip;&hellip;太るよ」<br />
　丸眼鏡をかけたやさ顔の青年はうんざりしてため息を吐いた。<br />
「あ、マシュー。この雲おいしいんだぞ！」青年は無邪気に微笑んで雲をほおばった。<br />
「雲は不純物がいっぱい入っているから体に悪いよ」<br />
　マシューは白い積乱雲の上を歩き、アル、すなわちアルフレッドの襟首を捕まえた。「時間がないんだよ。もうすぐ空山の火山囗が開く。僕たち新人の空飛びは明日になる前に火山囗に潜らなくちゃならない。これは新人の僕らに課せられた任務だよ。秒速一万ｋｍで火山口に突っ込み、最深部で化石化し、およそ百年間マグマの熱にあぶられ、翼にマグマの養分を吸収させ、立派な大人の空飛びとなるんだ」マシューは目を輝かせた。「早く大人になりたいね。アル。大人になったら色んな形や色の雲を作れるようになるし、他の大人たちと一緒に偏西風を起こす任務にも携われるんだ」<br />
「俺は雲を食べられればそれでいいぞ」<br />
「君って欲がないね」<br />
　マシューは雲の端まで歩くと、空中に踏み出し、飛び降りた。大きな翼を広げ、下降する。<br />
「アル、早く！」風を浴び、髪や服を揺らしながら、マシューは翼を一仰ぎし、空を優雅に飛んでいく。<br />
　置いて行かれては貯まったものではない。アルフレッドは食べかけの雲のかけらを捨てると、自分も空中に飛び降りた。そして、翼を動かし、マシューの後を追いかける。遙か前方に仲間の空飛びの姿が見えた。彼らも新人であり、向かう場所は同じだった。アルフレッドは途端に競争意識が沸き、スピードを上げ、マシューを追い越し、さらに前方にいた仲間たちをも追い越した。アルフレッドは誰よりも早く飛んだ。いち早くマグマに飛び込んでやることだけ考えて、そして、風を切り破っていく自分の飛び方に酔いしれて、風の妖精になった気分で、わくわくと心が浮き立たせた。他の空飛びも、アルフレッドに負けじと飛ぶスピードを速める。<br />
　空では大きな風が起こっていた。その風は地上にも舞い込み、山の斜面などにぶつかって跳ね返り、渦状の竜巻となった。いくつもの竜巻が、地上の街を襲った。そして、空飛びたちが猛烈な勢いで飛んでいった時に起こした鋭い風が、木や、街の建物、はてや動物の体を切り裂いて傷つけた。のんきに空を飛んでいるだけの空飛びたちには、地上がどうなっているかなんてわからないし、興味もなかった。地上には人間が居た。一人の老人は銃を空に構えた。彼は去年、空飛びが起こした風で、妻を亡くした。彼は空飛びを恨んでいた。こうして、風を起こしながら空を黒く埋め尽くす集団を前に妻との楽しかった思い出を思い出し、老人は涙が止まらなかった。老人は涙をしわくちゃの手で拭い、狙いを定める。だが、狙いなどというものを定めるのは実に困難であった。空飛び族はとんでもない早さで移動するのだ。感でやるしかない。老人は適当に狙いを付け、引き金を引いた。銃声が鳴った。だが、銃弾は命中しなかった。その証拠に、空飛びの叫び声もしなければ、奴らの一匹が落ちてくる気配もない。もう一度銃を撃とうとしたその時、老人の体はひときわ強い風で吹き飛び、ごつごつとした岩に叩きつけられた。老人は鋭く尖った岩の角に頭を打ちつけ、割れた頭蓋骨から脳味噌を飛び散らせて死んでしまった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　イヴァンとフランシスは、岩と岩が窮屈に重なり合った崖の僅かな隙間に挟まるようにして、身を置いていた。ここなら、どんなに強い風が吹いても、岩が盾になってくれる。小高い山の上だった。街にいるよりも、空が近くに見える。山を登るのに時間を費やし、日が殆ど暮れていた。<br />
　耳の奥で風のうなり声が聞こえる。巨人がもがき苦しんでいるような恐ろしい音だった。イヴァンは遠くに目を凝らす。空飛びの群が見えた。こちらに向かってくる。イヴァンは興奮して手が震えた。ざわりと胸騒ぎがし、体の筋肉が緊張する。イヴァンは大きな空気の固まりを飲み込み、自分を落ち着かせた。風はますます強くなり、薄目でなければ目を開けていられなくなった。風に斬られた木や、動物の死骸が中を舞う。<br />
「来たぞ！　イヴァン！」フランシスが叫び、自分の銃を空へ構える。<br />
　イヴァンも慌てて銃口を空へ向けた。<br />
　一瞬、息が出来なくなるほどの強い風が吹く。銃が吹き飛んでしまわないように、しっかりと銃の枝を握る。イヴァンは安全装置を外し、スコープを覗いた。しかし、見えるのは、あっという間に通り過ぎていく黒い影だけで、スコープを覗くなど無意味だと早々に悟る。イヴァンは顔を上げる。そうこうしているうちに、フランシスが第一発目を空に撃った。フランシスの二発目の銃声が聞こえる前に、イヴァンも空に向かって引き金を引いた。<br />
　上空はひしめき合う空飛びの群で真っ黒だった。風が吹き荒れ、ゴミや石が舞い、たびたびイヴァン達の体に石がぶつかってきた。この風の勢いは、イヴァン達に苦戦をもたらした。風圧が強すぎて、息を吸おうにも、枕を鼻と口に押し当てられたみたいになって息が出来ないのだ。苦しい。イヴァンは顔を顰める。その時、横から銃が風に浚われていった。フランシスの銃だった。イヴァンは驚き、友人を振り返る。フランシスは岩肌に体を横たえ、目を閉じていた。ぴくりとも動かない。<br />
「フランシス君！」とイヴァンはぎょっとして心の中で叫んだ。ひやりと胸に冷たい物が流れ込んだ。彼は死んだのだろうか。ばくばく、と激しく心臓が鳴る。死んだ&hellip;&hellip;？　死を意識すると、頭がぐらりと傾ぐようだった。イヴァンはぴくぴくと頬を痙攣させながら、口元に笑みを作った。いや、そんなこと考えるのはよそう。イヴァンは上空をにらみつける。さきほどからまともに息をしていない。苦しい。肺が痛い。イヴァンは銃の引き金を引いた。恨みを、晴らしてやるんだ。ただその事だけを考える。</p>
<p><br />
　穏やかな朝がやってきた。風でなぎ倒された木の上に、小鳥がとまり、毛繕いを始める。朝日が雲の間からこぼれ地上に光を差し、光の恵みを体に浴びようと、動物や人間達が外に出てきた。<br />
　日の光のまぶしさに、気を失っていたフランシスは目を開ける。そして、自分たちがまだ崖の隙間にいるのだと気付くや、空飛びの群が去った後だというのを確認して、相棒のイヴァンをゆすり起こした。<br />
「起きろ、イヴァン」<br />
「&hellip;&hellip;ん？」イヴァンは目を開けた。そして、目を開けているフランシスの姿を目の前に見て、彼が生きていたのだと心から安心した。<br />
「フランシス君&hellip;&hellip;」<br />
「朝になった」とフランシスは憔悴しきった顔で言った。そして空のかなたを見上げる。「あいつらはもういない」<br />
　イヴァンは苦虫を噛み潰したような顔をした。自分が寝ている間に事が終わったのだ。<br />
「一匹も殺せなかったな」<br />
「次があるよ」イヴァンは片手に抱いた銃を睨みつける。<br />
　イヴァンはフランシスと山を降った。そして、途中で別れ、イヴァンは妹の待つ家に帰った。<br />
　ナターリャは兄が無事に帰ってきたことに大変喜び、うれし泣きをし、歓声すらあげた。<br />
「兄さんが帰ってきてくれた&hellip;&hellip;！　私、兄さんが居ない間ずっと嫌なことを考えていたんです。姉さんの姿がずっと頭にちらついていました。兄さんもあんな風になるんじゃないかって不安で怖くて、ああ、でも、兄さんは違いましたね」<br />
「うん」<br />
「やっぱり男の人はお強いのですね」ナターリャは神に祈るみたいに胸の前で両手を組み合わせて、頬を染め、惚れ惚れとした様子でイヴァンに寄りかかりながら言った。<br />
「それで、兄さん。復習は果たせましたの？」<br />
　イヴァンは顔に笑みを作ったまま何も答えない。笑っているように見えるが、その奥でイヴァンは凍り付いていた。<br />
「兄さん？」<br />
「パンが、家にもうないんだ。買ってくるよ」イヴァンはわざと明るい声を出して言うと、玄関に向かって逃げるように歩いていく。<br />
「私も行きますわ」慌ててナターリャが兄の足音を追う。<br />
「いいよ。ナターリャ。君はここで留守番をしていて」イヴァンはついてこようとするナターリャを腕で押しのける。ナターリャは傷ついた顔をした。<br />
「待っていてよ。すぐ戻るんだから」苛つきを声から滲ませ、強めの口調で言うと、ナターリャは大人しくなった。<br />
　イヴァンは家を出た。せめて一匹でも打ち落とせていたら違った気分であったろう。森の中をひたすらに歩いて、昨夜のことを考える。乱暴に土を蹴り歩く。道を歩くさなか、イヴァンは手首からちぎれた人間の手を草むらに見つけた。断面から黄色い脂肪と、桃色のぶつぶつとしたものが見えている。あまりのおぞましさに吐き気がし、歯を食いしばってこみ上げてくるものを耐える。人というのはなぜこんなにも無力で、脆いのだろう。肌は柔らかくて、爪を立てればすぐに傷が付く。人間がもっと頑丈にできていたら、巨大な力を持っていたなら&hellip;&hellip;。<br />
　風に乗ってきた血のにおいがイヴァンの鼻をかすめる。鉄臭いにおいだ。近くに手首のない大きな死体があるのだろう。ただの興味から、イヴァンは死体を探した。ブナの木が密集し、濃い影になった所から、うめき声が聞こえてきた。イヴァンは驚いた。死体ではない。生きている人だ。だが、声の調子から、大怪我を負っている事は確実であろう。姿はイヴァンが立っているところからは見えなかったので、その方に向かってさらに歩いて行った。<br />
　そして、イヴァンは見つけたのだ。<br />
　柔らかそうな白い肌に整った顔をしていた。麦のような金色の髪だ。眼鏡をかけている。茶色い、ジャケットを羽織り、その下に、軍服のようなカーキー色の服を着ていた。両手には黒いグローブをはめ、革靴を履いている。五体満足である。あの手首の持ち主ではない。それに、信じられないが、彼の背中には、青い脈の通った透明の羽が生えていた。彼の片翼は折れ、半分ちぎれかけている。その上左足に怪我をしているらしく、ズボンに真っ赤な血がにじんでいる。彼は熱があるのか顔を赤くし、荒く息をしていた。<br />
「君、なに&hellip;&hellip;？」イヴァンは呆然として言った。見かけは人間だが、その羽の存在は、人間にはありえないものであった。作り物だろうか。いや、そうではない。本物である。イヴァンは確信した。よくみれば、この人間も、巧妙に人間を装っているが、どこか人間らしくない物を感じた。まず、彼は人間にしては美しすぎた。気を抜くと、つい彼を愛したくなってたまらなくなる。どうしてそんな気持ちになるのだろう。相手は男で自分も男なのに、不思議だ。それに彼の纏う雰囲気が、ただ者ではない感じだった。冷たい物や、悪い物をいっさい感じず、暖かく、そして、儚い感じだった。<br />
「君は&hellip;&hellip;人間じゃないの&hellip;&hellip;？」<br />
　イヴァンの問いかけに、怪我負い人は何も答えなかった。ただ、苦しそうに息をする。<br />
「あ&hellip;&hellip;」イヴァンは気付いてしまった。「悪魔？　昨日の夜、空を飛んでいた？」<br />
　怪我負い人は目を開けた。そして顔を動かし、イヴァンを見つめた。透明度の高い青い瞳だ。イヴァンはどき、と胸を射抜かれた気がした。だが、イヴァンは、惑わされぬと言いたげに首を振る。<br />
「あはは&hellip;&hellip;その羽は本物なのかな？　君は空を飛べるの？」恐怖を感じているのか、イヴァンの声は震えていた。<br />
　怪我負い人は厳粛に頷く。<br />
　イヴァンはさっと顔を青くした。<br />
「でも、信じられないな。君は人間にしか見えない。背中に変な物はついているけど」イヴァンは怪我負い人に近づいた。そして、折れていない方の羽を掴むと、思いっ切り引っ張った。<br />
「痛いぞっ！」怪我負い人はイヴァンの体を突き飛ばす。<br />
　イヴァンは無様に地面に転げた。しかし、かなり動揺していた。奇妙な感触だった。骨っぽい節の上に、つるつるとした膜が張っていた。イヴァンは目を大きく見開き、怪我負い人の前に立った。怪我負い人は体を小刻みに震わし、怯えている。<br />
「本物だ&hellip;&hellip;っ！」イヴァンは病的な笑みを浮かべて叫んだ。そして、もう一度、怪我負い人の羽を掴むと、彼の背中から力任せに、それを引きちぎった。怪我負い人は叫び、血が吹き出た。イヴァンは背中の破れた服の切れ目から、羽が繋がっていた箇所の断面を覗いた。皮膚が破れ、肉と、それに埋まった白い骨が見えた。絶えず血が吹き出ている。イヴァンの頭はカッと燃えるように熱くなった。<br />
「ああ、わかったよ。君は昨日の黒い群の中の一人だったんだね。そして、君の足の怪我はたぶん、僕か、フランシス君が与えたものだろうね」イヴァンは軽蔑したように、だけど、どこか嬉しそうに言った。全てが合点したような気分だった。<br />
「もう一つの羽も折ってあげるよ」イヴァンはもうすでに千切れかけている片方の羽を掴んだ。死んだ姉の顔が頭にちらつく。<br />
　傷ついた羽を触られた痛みに、怪我負い人は苦痛に顔をゆがませた。荒く息をし、震えながらイヴァンの腕を掴んだ。ぎりぎりと握る手に力を加えていく。イヴァンは抵抗をするこの怪我負い人が気にくわなかった。腹を立て、怪我負い人の背中の傷をつま先でえぐった。<br />
「あうっ！」<br />
　彼の抵抗が緩んだ隙に、イヴァンは羽をへし折った。怪我負い人は瀕死でうずくまった。イヴァンは痛みに苦しむ彼の姿を見て、興奮し、心の重みがすっかりなくなるような気分を覚えた。<br />
「街の皆は君たちのことを嫌っている。勿論僕も嫌いだよ。姉さんを殺されたんだ。町の人がいっぱい死んだ。君たちのせいで！」<br />
　イヴァンはこの美しい青年の黄金色の髪を掴むと、彼の顔を上向かせた。一瞬、この青年の美しさに目を奪われ、胸がどきどきした。真っ白な肌だ。柔らかそうだ。手を滑らせれば、きっと吸い付くような感触を味わえる。なんて形良く、赤い唇だろう。むしゃぶり味わい舐め回したい。自分の口で、彼の唇の形を確かめたい。どんな具合か、はんで確かめたい。今自分の思考を支配した考えに、イヴァンはぞっとした。何を考えているんだ。姉さんの復讐を果たさなくてはならないのに。気が付くと、イヴァンは目の前の美しい青年を裸に剥いていた。自分のこの手がやったしだいである。背中におぞましい悪寒を感じた。<br />
　裸の彼は背中に傷を二つこさえ、左足の太股に穴をあけ、そこから吹き出した血は、乾いて、黒く、かぴかぴになっている。痛々しい、だが、実に官能的だった。欲情的である。厭らしく、淫らだ。病的で、弱さを感じる。<br />
　イヴァンは笑いの発作を起こした。自分の身にひしひしと伝わる奇妙な感動が、面白可笑しく思える。裸に剥いてしまったのなら、やることは一つしかない。<br />
「これは、罰だよ&hellip;&hellip;」イヴァンは可哀想な物を見る目で青年を見つめた。その言葉は、自分がこれからしうる行動を擁護していた。彼を見、彼の前に立つこと、それは実に腹立たしい事だった。腹の底に小さな虫が足掻いて胃壁を髪の毛のように細い足で破ろうとしている。そんな不快な気分が、イヴァンを苦しめた。そして、イヴァンは青年の体を組み敷いた。虐めたかった。苦しめたかった。美しい青年を前に心から残虐な気持ちであった。イヴァンは自分の物を引っ張り出し、三時間にわたってこの哀れな人間でない青年の尻壺を犯した。不思議なことに羽があった事以外では、人間の男となんら変わらない体のつくりをしている。イヴァンは彼の性壺に零れ汁を放つと、狭い入り口から物を引き抜き、ズボンの中にしまった。自分が放った物が、彼の性壺から垂れるのを確認して、何とも言われぬ気持ちになった。<br />
　イヴァンに傷つけられた青年はうずくまり、震えている。肩を揺らし、泣いていた。そんなに怖がって&hellip;&hellip;。イヴァンは哀れみ、同情した。<br />
「君は報いを受けたんだ」イヴァンは言った。「だけど、まだ不十分だ。もっと報いを受けて貰わなくちゃ」イヴァンは、はははと笑った。自分の中に、狂気の気配を感じた。<br />
　青年は逃げをうって、地面を這いずった。だが、すぐにイヴァンに捕らえられた。嫌がって暴れる青年の頬を、イヴァンは何度も打った。イヴァンは気分が良かった。胸がすかっとした。手のひらに収まるぐらいの大きな小振りな岩を掴むと、イヴァンはそれで青年の頭を思いっきり殴った。一瞬、痛みに顔をゆがませた美しい青年は、すぐに安楽な顔になって、気を失ってしまった。<br />
　イヴァンは体中を戦慄かせた。あっとか、うっとか、叫び、突然笑い出したり、苦しそうな顔をしたりした。そして、立っているのに疲れて、木の幹に寄り添って地べたにしゃがんで、あれこれ考えた。<br />
　日が落ちてきた頃、イヴァンはようやく考えがまとまった。未だ気を失ったままの美しい青年を肩に担いで、イヴァンは家に帰ったのだ。</p>
<p>　家に帰ると、イヴァンはナターリャを近づけさせなかった。ナターリャを居間に置いたままにして、自分は地下に降りて閉じこもった。その間、イヴァンは青年の怪我を丁寧に手当し、乾いた血やらで汚れた青年の体を塗れタオルで清めてやり、仕上げに、逃げられないように青年の体を柱に縛り付け、口に手ぬぐいを噛ませて、頭の後ろで縛った。<br />
「兄さん、どうしたんですか？　パンは買ってきたの？」ナターリャが地下の入り口のドアを控えめに叩く。ドアはイヴァンが内側から鍵をかけて塞いでいるので、彼女が入ってくることはない。<br />
「ああ。買ってきたよ。ナターリャ。でも、今、ちょっと忙しいから、後にしてくれるかな」<br />
「&hellip;&hellip;わかりました」ナターリャは引き下がった。<br />
　イヴァンはふと口元に笑みを浮かべた。<br />
「起きなよ」<br />
　頭を二、三度叩いてやると、青年は目を覚ました。彼はイヴァンの姿を目に留めるや、怯えたように瞳を揺らした。何か叫ぼうとしたようだが、猿ぐつわが邪魔で、言葉にならない。<br />
「うん。わかるよ。怒っているんだね。でも、僕はもっと怒っているよ。君を殺してしまいたいくらいだ。だけど、そんなことはしない。だって、殺したら、それで終わりじゃない？」イヴァンは目を細める。「それじゃあ、面白くないでしょ」<br />
　イヴァンは言った。<br />
「僕は君を痛めつけたいんだ。死なない程度に。姉さんを亡くし、妹を傷つけられたあの日から、ずっと苦しんできた。その分、君にも同じだけ苦しみを味わって貰いたいんだよ。難しいことは何もない。君は大人しく僕に扱われていれば良い」<br />
　イヴァンは青年の両足を掴んで、割り開いた。白い太股は適度に肉が付いていて柔らかい。女の脚とまではいかないが、十分に揉みがいがある。<br />
「君の中は具合が良くて、病みつきになるよ」<br />
　クッと可笑しそうに微笑み、イヴァンは自分のものを青年の尻壺に入れた。全部を納めると、は&hellip;&hellip;、と息を吐き、しばしの休憩をとり、それから律動を開始した。<br />
　目の前の青年が嫌がる素振りを見せると、イヴァンは興奮した。体中に熱がたぎり、頭の中の思考が嵐のように荒れ狂い、理性が消え去ってしまう。僅かに残った理性が、ただ、相手を殺さないように&hellip;&hellip;とだけ助言する。さんざん痛めつけて満足し、しばらく風に当たってから、はっと我に返って、思い出したようにまた痛めつける。そうやって苦しめる日々が続いたが、ある日、イヴァンは、自分の心に、青年に対して今までとはまるで別の感情が湧き始めているのに気付いてしまった。すなわち、その感情とは愛着であった。体を結ぶごとに、イヴァンはこの青年の柔肌に溺れ、心を満たした。気持ちがよかった。暖かいのだ。殴りも蹴りもせず、一日中ただ腕に裸の青年を抱いて寝ているだけの日もあった。その次の日は、前日の自分の行動を否定するように思いっきり青年を酷く扱ってやるのだが。<br />
　ついに、ある日、イヴァンは青年にキスをしてしまった。青年が余りに可愛い顔をしていたからだ。イヴァンはそれをやった自分に驚いた。頭に姉や、妹の顔が浮かび、後悔の念が湧く。自分を誘惑した、と相手を責めることも出来た。だがそうはしなかった。イヴァンは自分の気持ちをしっかりと正面から受け止め、理解する努力をした。そうするぐらいの知性は生まれつき持ち合わせていたのだ。<br />
「世界中の誰よりも愚かな人間が居るとしたら、僕のことだね」<br />
　イヴァンは肩を落とし、呟いた。敵に対し、愛情を抱くなんて。<br />
　その日のうちに、イヴァンは青年を銃で撃ち殺してしまった。</p>]]>
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    <category>イヴァアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:30:35 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ねむぴょん</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　目まぐるしく変わる情勢。その中でアメリカは常にトップの座に君臨していた。世界の手綱を握っているのはアメリカ。アメリカ自身もその事を深く自覚し、日々の努力を怠らない。画期的な商品の発明、研究、開発。だが、最近どうにも１人でつっぱしている感がする、とアメリカは常々感じていた。やることなすこと巧く行かない。結果が悪い。気付いたら、他の国に追い越されている。気のせいだろうか。いや、気のせいじゃない。アメリカはいつも不安だった。せっかく上に立てたのに、いつか転落してしまうのではないかと。自分の存在が、誰よりも下になって、消えてしまうのではないかと。そうなる日の事を。そんなことを考えて、不安に怯えていた。ナンバーワンじゃなくちゃいけない。ずっとずっとナンバーワンを維持しなくては。アメリカは脅迫的に思い詰め、働いた。できることは何でもやった。そのおかげで体は疲れていた。<br />
「アメリカくーん、おかえりなさい」<br />
　へとへとになって家に帰ると、恋人のロシアが出迎えた。アメリカが最近忙しくてロシアに会いに行けずにいたら、ロシアの方から、なら同居しようと持ちかけ、今同居している。<br />
「ロシア。ただいま」<br />
　アメリカは嬉しかった。恋人の顔を見ると心が癒される。緊張で張りつめ、冷たくなっていた体が、途端に隅々まで解され、柔らかくなるというか。疲れていた体が嘘みたいに軽くなる。<br />
　ロシアはアメリカを抱きしめた。彼の温かい体を肌に感じ、アメリカは幸せで、満ち足りた気持ちになった。つかの間の幸せである。<br />
　ロシアの方も、大好きなアメリカを腕に抱いて、目映い愛の心地に胸躍らせて、感情の赴くままにアメリカの額にかかる髪を手で退けて、そこにキスを落とした。<br />
　柔らかい息が額にかかると、アメリカはくすぐったくて笑った。ロシアは微笑みながらアメリカの顔にキスの雨を降らせて、アメリカの白い首筋に長く、深い口づけを落とした。<br />
　アメリカは、ほう、と息を吐き、物欲しそうにロシアの顔を眺めた。<br />
「アメリカ君&hellip;&hellip;」ロシアは更にアメリカをきつく抱いて引き寄せた。距離が近くなると、二人、どちらともなく唇を合わせた。<br />
　長いキス。一秒が何時間にも感じられるような。一瞬が切り取られたような甘い世界の中で愛を確認した。<br />
「好きだよ。アメリカ君」<br />
　アメリカはロシアの綺麗な紫色の瞳を見ながら、少しのぼせたようにぼんやりとして頷いた。俺だって、好きだぞ。スキ&hellip;&hellip;。<br />
「アメリカ君、今夜こそは、寝かせないからね」ロシアは何かを巧んでいるような、黒い微笑を浮かべ言った。<br />
　アメリカはロシアの手によって、上着を脱がされた。寒くはなかった。暖炉に火を焚いているから。ロシアはアメリカのネクタイをほどいて、ワイシャツのボタンを上から一つづつ外していく。アメリカは目を半開きにして、その様子をぼけっと眺めていた。<br />
「アメリカ君？」ふと、ロシアは手を止めて、アメリカに声をかけた。<br />
　アメリカは、大きく瞬きする。<br />
「眠いの？」<br />
　アメリカは慌てて首を横に振った。ばれていないと思ったが、やはりばれていた。アメリカは、ばつが悪そうに下唇を噛んだ。実は、アメリカは家に帰って来たときから眠かったのだ。<br />
「本当に？　すごく&hellip;&hellip;眠そうだけどなぁ&hellip;&hellip;」ロシアは疑っているように苦笑いした。「この分じゃあ、今からベッドに入っても君はすぐに寝ちゃうんじゃない？」<br />
「そんな、ことないぞ」ベッドと聞いて、アメリカが真っ先に想像したのは眠ることだった。<br />
　だんだん眠気が酷くなってきた。瞼が重い。眠りたい。目を閉じたい。<br />
「寝てもいいよ」とロシアは言った。彼がどういうつもりでその言葉を吐いたのか、アメリカは考えなかった。ただ言葉の通りに調子よく受け取った。<br />
「いいのかい？」<br />
「もちろん」<br />
「ありがとうロシア。おやすみ」アメリカはロシアに感謝した。<br />
　ロシアはただ笑って、おやすみ、と言った。<br />
　アメリカは寝室に引き上げた。</p>
<p>　朝、アメリカが目を覚まして、仕事に行く支度をしていると、ロシアが何か物を言いたそうに横から見ていた。悩みを抱えているのか、表情を曇らせ、考え事をしているように眉を寄せ、かつ虚ろな顔である。アメリカはコーヒーの入ったマグを片手にロシアと向き合った。<br />
「どうしたんだい、ロシア？」<br />
　アメリカが尋ねると、ロシアははっとしたように目を広げた。<br />
「え？　ううん。なんでもないよ」<br />
　ロシアは慌ててアメリカから視線を逸らす。そうして、別室に移動してしまった。アメリカは首を傾げ、時間になったので、仕事に向かった。ロシアの態度は少し気になったが、仕事で忙しくしているうちに、その件については忘れてしまった。<br />
　仕事が終わったとき、外は暗く、町には灯りがともり、月が出ていた。今日も沢山仕事をこなし、疲れ果てた。アメリカは足がもつれそうになるほどへとへとだった。ため息ばかりでて、疲労のせいか、顎が震えている。早くロシアに会いたいとアメリカは思った。疲れた体を抱きしめて癒して貰いたい。ロシアには、アメリカを癒すパワーがある。<br />
　アメリカはロシアの温もりを思い出しながら、早足に家に帰った。<br />
「ただいまだぞ！」<br />
　勢いよく玄関を開けると、電気はついているのに、部屋はしんと静まりかえっていた。アメリカは不思議に思った。いつも家に帰ればすぐに出迎えてくれるロシアがいない。<br />
「ロシア？」<br />
「あ、ごめん、ここだよ。おかえり」ロシアはリビングから出てきた。<br />
　アメリカはホッとして、肩から力を抜いた。<br />
「ほっぺ赤いよ。外、寒かった？」ロシアはアメリカの頬を温かい両手で挟み、そして、口づけた。<br />
「少しね」キスが終わった後、アメリカは言った。<br />
「そっか。大変だったね。今お湯沸かしている所だから、コーヒーでも飲む？」<br />
　アメリカは首を横に振った。<br />
「ありがとう。でも、いらないよ。なんだか、今日は疲れたんだぞ。お風呂に入って、すぐに寝たい気分だ」アメリカは眠気を耐えるように目をこする。<br />
　ロシアの表情が少し曇る。<br />
「アメリカ君」<br />
「ん？　どうしたんだい」<br />
　ロシアはふと笑みを浮かべた。<br />
「コーヒー、飲みなよ。体冷えているだろうし、温かい飲み物は体を暖めてくれるよ」<br />
「そうかい？　じゃあ、一杯だけ飲むぞ」<br />
　ロシアは満足げに頷いた。<br />
　コーヒーの豆の良い香り。飲むと苦味が口の中に広がる。<br />
　温かい飲み物を飲んだ後、アメリカは体が毛布に包まれたみたいにぽかぽか暖かくなって、緊張がほぐれ、安心して、穏やかな気持ちになった。すると、頭が霞がかかったように白や黄色の霧に包まれ、瞼が重くなってきて、呼吸が深くなる。眠い、とアメリカは思った。<br />
「お風呂、入って来なよ」<br />
　微睡みに消えていきそうになった意識がロシアの声で覚醒する。<br />
　アメリカはハッとして、ゆっくりとした動作でバスルームに向かった。さっさと体を洗って、眠ろう。アメリカは勢いよくシャワーを浴び、歯を磨いた。少し目が覚めてしまったが、どうせ、体は疲れたままだし、またすぐに眠くなる。アメリカは下着とシャツを身につけ、タオルで頭を拭きながらバスルームから出てきた。体から白い湯気が立っている。<br />
「それじゃあ、ロシア、おやすみ」<br />
　居間で椅子に座って本を読んでいたロシアにアメリカは就寝の挨拶をする。すると、ロシアは顔を上げて、本を取り落とした。<br />
「あ」<br />
　ロシアは自分で本を拾って、椅子の肘掛けの上に置いた。<br />
「アメリカ君」ロシアは本に視線を落としたまま言った。「今日は寝ないで」<br />
「え？」<br />
「ううん。寝ても良いんだけど、もう少しだけ起きていて欲しいんだ。それで、僕との時間に付き合って」<br />
「どうしたんだい、ロシア」<br />
　困惑するアメリカをよそに、ロシアはアメリカに体当たりする勢いで飛びかかり、アメリカの体を両腕で抱き締めた。そして、唇を合わせて熱烈なキスを施した。それから、アメリカのシャツの中に手を潜り込ませ、肌をまさぐる。<br />
「ろ、ロシア！？」アメリカは驚いて、身じろぎし、顔を赤くした。<br />
　すると、ロシアは眉を下げ、泣きそうな顔になった。<br />
「ごめんね。やっぱり駄目だよね。眠いよね」<br />
　ロシアは諦めたようにしょげ返ると、あっさりとアメリカを放し、元座っていた椅子に戻り、そこに腰を落ち着けて、読みかけの本を開いた。そして、本を黙読し始めた。彼は眉を下げ、唇をかみしめ、苦しそうな顔で本を読むのだ。その姿が余りに惨めに、そして哀れに見えて、アメリカはたまらなく落ち着かない。そわそわとした焦燥を覚え、ロシアにかまってやりたいと思った。触れて、慰めてやりたい。<br />
　ロシアはアメリカからの視線を頑なに避け、本の文字を目で追っている。<br />
「ロシア」アメリカは言った。<br />
　ぴくりとロシアの片耳が動く。アメリカは見逃さなかった。ぺろりと唇を舐め、乾いた唇に潤いを与える。<br />
「したいのかい&hellip;&hellip;？　その、エッチ、を&hellip;&hellip;」<br />
　アメリカの言葉を聞いて、ロシアは勢いよく立ち上がった。<br />
「したいよ！」ロシアは叫んだ。「でも、君が眠そうで、可哀想だから&hellip;&hellip;っ」<br />
　ロシアは苦しそうに顔を歪ませた。<br />
　そんなに大事に思ってくれていたんだ&hellip;&hellip;。アメリカは嬉しかった。<br />
「じゃあ、しよう」</p>
<p>　二人で一緒にベッドに入った。布団をかぶり、ふかふかとした柔らかい枕の上に頭を乗せると、一日の疲れを一気に感じて、体が重くなった。アメリカは眠くて、目がしょぼしょぼした。だが、眠るわけには行かない。<br />
「アメリカ君&hellip;&hellip;」<br />
　ロシアはアメリカの体を強く抱き締める。<br />
　暖かい。ロシアの腕が、凄く居心地良い。このまま眠りたい。アメリカは目が閉じてしまわないように頑張って目を開けていた。ロシアはアメリカの髪をなでる。優しく、ゆっくりと。<br />
「アメリカ君、眠い？」<br />
　アメリカは首を横に振った。半分目を閉じていては、ばればれの嘘だったが。<br />
「ごめんね」ロシアは申し訳なさそうに言うと、アメリカの額にキスをした。<br />
　服を全部脱いで、裸で抱き合った。人肌の温もりだ。ああ、駄目だ、眠い&hellip;&hellip;。アメリカはうつらうつらと、目を閉じたり、思い出して開けたりして微睡みの中を彷徨う。ロシアの体が暖かいからいけない。彼の体が氷のように冷たかったら、こんなに眠くなることもなかったのに。アメリカは徐々に瞼を下げ、ついには目を閉じた。目を開けている力を失ってしまったかのように、しばらく目を閉じたままだった。だが、アメリカはこのときまだ起きていた。目を閉じているが、起きていた。ロシアはアメリカが眠ってしまったと思った。</p>
<p>　ロシアは精一杯の力でアメリカを抱き締めた。<br />
「やっぱり眠かったね。ごめんね。アメリカ君。無理をさせたね。でも、もう寝ても良いからね。僕のことは気にしないで。君が気持ちよくいられれば、それでいいからね&hellip;&hellip;」</p>
<p>　俺のバカ。なんで眠くなるんだい。<br />
　仕事が落ち着いたら、償いをしよう。アメリカは意識の底に落ちていく途中で思った。<br />
&nbsp;</p>
<p>　おわり。</p>]]>
    </description>
    <category>イヴァアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:29:42 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>・u・　さむいじょ……</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　彼を最初に診察したのは、菊がまだ走りたての若手医師だったころだ。汚れ一つついていない真っ白な白衣を着て、菊はまだ医師としての貫禄はなく、どこか頼りなげだった。看護婦からカルテを受け取り、菊はその子の名前を読み上げた。一度、名前を読み間違い、看護婦に訂正され、言い直した。<br />
　アルフレッドという少年は、名前を呼ばれると、激しく咳込みながら診察部屋に入ってきた。呼吸する度に胸がピーピーと鳴り、のどをがらがらと言わせていた。菊はすぐに喘息かな、と思い当たった。<br />
「大丈夫ですか？」菊が訪ねると、アルフレッドは菊の呼びかけに顔を上げた。顔は赤らみ、咳の苦しさで涙を流していた。小さいくせに、顔はやけに整っていて、菊は美少年を前に、思わず息を飲んだ。<br />
「&hellip;&hellip;せき、が&hellip;&hellip;」<br />
「喋らなくてもいいですよ」菊は優しく言ってやり、彼に適切な処置を施した。そのおかげで、アルフレッドの容態はすぐに落ち着いた。<br />
「喘息ですね」菊は診断を下した。「喘鳴というのが聞こえていたでしょう。胸からひゅーひゅー、と、これは喘息の特徴なんですけど、この年頃の子供に多い病気で&hellip;&hellip;薬を出しましょう」<br />
　菊がアルフレッドの両親に薬の説明するのを、症状が落ち着いたアルフレッドは疲れたような顔をして聞いていた。気だるげに伏せられた眼差しが何とも色っぽくて、菊は妙に落ち着かなかった。<br />
　アルフレッドは、それから定期的に通院するようになった。菊はアルフレッドの上半身を裸にし、その小さな胸に触り、しこりがないか、触って確認したり、口を開けさせ、銀のへらを挿入し、のどの腫れ具合を調べてやった。アルフレッドは診察中は緊張しているのか、大人しいが、診察が終わると、ほっとして笑顔になり、お喋りになった。明るく、楽しい子供だった。それ以上に美しくて、菊はアルフレッドに会うごとに、彼に魅せられていった。<br />
　少年のころ、神懸かって美しかったアルフレッドは、成長しても、やはり美しかった。<br />
　何年か経って、アルフレッドは１９歳になった。１９歳のアルフレッドは、背がぐんと伸び、体もたくましくなった。もはや菊よりも大きかった。だが、彼の精神はまだ可愛い子供だった。<br />
「昔に比べたら、症状も軽くなったでしょう」菊が聞くと、アルフレッドは頷いた。<br />
「そうだね、昔はしょっちゅう酷い発作を起こしていたけど、今は滅多にないよ。先生のおかげだぞ、センキュー！」<br />
　アルフレッドは大きな体で、菊に感謝の意味を込めて力強く抱きついた。彼の柔らかい体に窮屈に閉じこめられると、菊はなんだか顔が火照ってしまった。美しい人に懐かれるのは良い気のものだ。菊はにやける顔を押さえる。<br />
「成長を重ねるごとに症状が和らぐのが喘息、アレルギーの症状のもろもろですからね。でも、安心してはいけませんよ。一度は収まっても、また再発するなんてのもざらですから」菊は言った。<br />
　アルフレッドは菊から体を離し、肩をすくめてみせた。<br />
「もう治りかけているし、体が元気になっていっているのがわかるんだ。時期に完治するよ。でも喘息が治ったら先生に会えなくなると思うと悲しいぞ」<br />
「あらまあ、アルフレッドさん&hellip;&hellip;。医者の顔をみるなんて、死に際だけで十分ですよ」菊は嬉しそうに微笑んで決まり文句を言った。菊の笑顔を見て、アルフレッドも笑った。<br />
　子供の頃のアルフレッドは、池で水浴びをする天使のような可愛らしい恥美的雰囲気があったが、今のアルフレッドは、野性味のある男らしい格好良さが加わって、本人の底抜けの明るい性格も相まり、彼は、本当に魅力的になった。彼の笑顔の破壊力が、なによりも菊の心を翻弄した。患者にふしだらな感情を抱いては、と自制する菊の気持ちも知らず、彼は何度も菊の心を揺さぶってきた。彼が何をしたわけではない。ただ、存在していただけである。なのに、菊は、アルフレッドが側にいるだけで気持ちが大いに乱れ、息が上がった。だって、こんなにも彼は美しいのだ。美しい人を前にもじもじと緊張しない人がいるだろうか。菊はアルフレッドと会うとき、いつも体温が三度は上がった。だが、なんともないふりをしていた。これが好きという気持ちだろうか。<br />
　アルフレッドは無防備だと菊は思う。自分の魅力に気づいていない。だから、誰にでもすぐ甘えて、懐いて、懐に飛び込んでしまう。菊はアルフレッドが心配だった。悪い奴の手に捕まったりしたら、どうしようと。いずれ、アルフレッドは誰かを選び、その誰かの物になる。その日が来ることを考え、菊は恐ろしい気持ちに怯え、自分の体が震わしていた。今のところ、アルフレッドが誰かを見つけたらしい気配はなく、菊は一安心だ。まだ彼は自分の物だ。彼がもし、誰かを見つけていたとしたら、それはすぐにわかっただろう。<br />
「いいですか、アルフレッドさん、発作が長期間起こらなくても、決して病気が治ったなんて思わず、万が一発作が来たときのために、吸入器はいつも鞄の中に入れておいてくださいね」<br />
「わかっているよ」<br />
　アルフレッドは本当に健康そうだった。これが、昔、病気のせいで大変な思いをしていた人にはとても見えない。<br />
「薬が無くなったら、またいらして下さいね」<br />
「わかったぞ。ありがとう、先生！　俺、これからマシューとアイスクリームを食べに行くんだ！　じゃあ！」<br />
　アルフレッドは、さよなら、と言って、慌ただしく診察室を出て行った。菊は熱っぽい視線で、彼の背中を見送った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルフレッドは自分の喘息は、ほぼ治ったと勘違いしていた。病院には久しく行っていない。最近苦しい発作も起こらないし、目覚めや、寝る前の息苦しさも感じなくなった。だから、楽観して、自分で勝手に薬の吸入をやめてしまった。吸入器を吸った後のうがいなど、いろいろ面倒くさかったが、薬をやめれば快適だった。薬を使わなくとも体調も良く、何も問題はない。発作が出ないのは、成長して、菌に抵抗が出来たのだろうと思う。<br />
　一週間、二週間と、時は過ぎ、薬をまったく使わないで、一ヶ月が過ぎた。アルフレッドは至って健康なままだった。<br />
　さらに一週間が過ぎた頃。アルフレッドは朝、目覚めると、胸に圧迫感を感じた。だが、いまさら大して気にしなかった。病気からしばらく音沙汰がなかったせいで、心はすっかり健常者に染まっていて、ちょっとした変化にも鈍くなっていた。<br />
　大学に向かう支度をして、その日はそのまま家を出た。<br />
　駅に向かい、満員電車に乗り込み、大学近くの駅で降りた。道を少し歩くと交差点に出る。横断歩道は赤信号で、アルフレッドは立ち止まった。良い天気だ。青い空の下、すぐ目の前に大学の校舎が見えていた。車の往来は激しく、目の前の道路を車がぴゅんぴゅん走っていく。いつもの光景だった。忙しい早朝の景色。健常者となってから見る景色は、なんでもない光景がひとしおに美しく見える。<br />
　そのとき、一際大きなトラックが３台連続して目の前を通って行った。トラックはかなりのスピードを出していて、荷台を揺らす大きな音と、砂埃を巻き上げて走っていった。アルフレッドは気圧されたように一歩後ろに下がった。タイヤによって巻き上げられた砂埃が空中に舞い、アルフレッドは知らずにそれを吸い込む。喉に砂が張り付くと、アルフレッドはたまらず咽せた。咳込み、身をよじって肩を震わせる。喉の奥に強い痒みを感じ、息を吸うと、風が漏れるようにヒーと音が鳴った。アルフレッドの背中にひやりとした汗が伝った。久しぶりの発作だった。肺が痙攣し、咳が出る。また咳をする。一度咳をすると止まらなくなった。咳の間隔は浅くなり、呼吸もままならなくなる。アルフレッドは急いで自分の鞄を漁った。目当ての吸入器は鞄の底の方に沈んでいた。取り出した瞬間、焦っていたのか手を滑らし、吸入器を取り落とした。吸入器は固いコンクリートの上に落ち、そのまま車道に転がって、通りがかった車に踏まれた。ばき、とプラスチックの筒が割れる音が聞こえた。アルフレッドは口を手で押さえる。前屈みになって、咳を続ける。吸入器がないこの状況で、呼吸がままならず、アルフレッドはパニックをおこした。薬がないと息が出来ない。気道が狭まり、ふさがる。苦しくて、胸が痛かった。しばらく発作が起こっていなかった反動か、今回の発作はとりわけ酷かった。目の前の景色が涙でゆがむ。<br />
「おい、大丈夫か？　ゆっくり息を吐け」<br />
　そのとき、誰かに腕を捕まれる。誰だろう。親切な通りすがりの人だろうか。咳は相変わらず止まらない。<br />
「口から息を吐き出せ。全部だ」<br />
　アルフレッドは、言われたとおり、息を吐いた。この苦しみから解放されるなら何だってやる。<br />
「口を開けろ。口から息を吸い込め」彼は応援するように言った。<br />
　彼の意図がわからなかったが、アルフレッドは従い、口を開けた。すると、喉にシュッと冷たい霧を吹き付けられた。アルフレッドはびっくりして、でも、覚えのある味に、空気を吸い込みながら気づいた。胸で一端息を止め、そして、ゆっくり息を吐き出す。喘息の吸引薬の味だった。徐々に呼吸が楽になる。<br />
「俺も喘息持ちなんだ」とアルフレッドを助けた男は言った。<br />
　アルフレッドは彼の顔をよく見ようと思った。だが、瞳の表面に溜まった涙でにじみ、見えなかった。一度、瞬きすると、涙が落ち、視界が晴れた。飛び込んでくる彼の姿。金色の短髪に、丸い頭、緑色の瞳、すっと通った鼻。形のいい唇、丸くとがった顎、痩せてはいるが、背の高さはアルフレッドと変わらないくらいである。若干彼の方が小さいかもしれない。<br />
　嗚呼、とにかくアルフレッドは彼の美しい容姿に目を奪われてしまった。それからただ立っているだけで彼から漂う洗練された雰囲気に息を飲む。自分以外に格好いい人を生で見たのは、これが二度目だった。一度目は、自分の担当医の菊だ。でも、彼は菊とは違った。菊を見るときは、ただ、尊敬し、家族のような親しみの愛情の気持ちがあったが、目の前の彼の姿を目に留めた瞬間、アルフレッドは胸が、ぽ、と熱くなり、落ち着かない心地になった。顔が物凄く熱くなる。だが、これはきっと喘息のせいだろう。<br />
「動けるか？」<br />
　ぼうとしていたアルフレッドはハッとした。また咳が出た。<br />
「病院に」と、彼はアルフレッドの体を支えたまま、道路を走っていたタクシーを手で止め、アルフレッドを無理矢理車に押し込むと、自分も後から乗り込んだ。<br />
「お前、どこの病院に通っているんだ？」<br />
「&hellip;&hellip;世界病院、だぞ&hellip;&hellip;」アルフレッドはおどおどしながら答えた。<br />
「向かってくれ」彼は運転手に指示を出す。<br />
　運転手はアクセルを踏み、車は発進した。</p>
<p><br />
「先生、急患です」<br />
　やれ、出勤して早々これだ。<br />
「今、行きますよ」<br />
　菊は看護士に返事をすると、バサリと白衣を羽織って診察室へ向かった。<br />
　診察室に入ると、先に患者が椅子に座って待っていた。菊はその人物の顔を見ると、途端に胸が浮き立ち、表情が明るくなった。久しぶりに彼の姿を拝めたことがとても嬉しかった。<br />
「どうなさいました、アルフレッドさん？」<br />
　菊はカルテを掴むと、アルフレッドと向かい合うように椅子に座り、興味深げに身を乗り出して、アルフレッドの顔を伺った。そうすると、美しいアルフレッドと目が合う。ハッ。菊はとある違和感に気づいた。彼の青い瞳の奥に、迷っているような、それでいて浮かれているような、憂いの影を感じ取ったのだ。その目を見た瞬間ぞくり、と背筋に悪寒が走った。底知れない嫌な予感がした。菊は彼が抱えて居るであろう感情に心当たりがあり、まさかそれではないかと疑心したのだ。<br />
「&hellip;&hellip;アルフレッドさん&hellip;&hellip;？」菊は怪訝そうに顔をしかめた。<br />
　アルフレッドは、返事の代わりに小さく喘鳴を漏らし、少し咳込んだ。すると、菊は医師の顔に戻った。<br />
「発作が起こったんですね。ちょっと、あれを」菊は看護士に注射器を持ってくるように頼む。優秀で物わかりの良い看護士はすぐに菊が指定した物を持ってくる。菊はアルフレッドの白い腕に注射を打ち込んだ。<br />
「&hellip;&hellip;痛いぞ&hellip;&hellip;」<br />
「すぐ楽になりますよ」菊は注射の針をアルフレッドの腕から乱暴に抜き取る。菊はなぜか苛立っていた。<br />
「治ったと思ったのに&hellip;&hellip;また病人に逆戻りさ。嫌になっちゃうぞ」アルフレッドは注射を打たれたところを脱脂綿で押さえ、落ち込んだように小言を言った。だけど、彼は今、病気のことよりも、もっと強く自分の頭を悩ませる別なことを考えている、と菊は見破った。彼の目が全てを物語っている。<br />
「喘息という病気は、そう簡単には治りませんよ」菊は使い終わった注射器を捨て、言った。<br />
「そうかい&hellip;&hellip;」アルフレッドは気のない返事をした。<br />
　菊はアルフレッドから目をそらし、カルテに視線を落とす。<br />
「薬は後どのくらい残っているんですか」<br />
「ずっと使っていなかったから、錠剤はまだいっぱいあるけど、吸入器は壊れちゃったんだぞ」<br />
「そうですか、では新しいのを出しますね」<br />
　ちら、とアルフレッドを盗み見ると、アルフレッドはぼうと、抜け殻みたいになって俯いている。いったい誰があなたの心を奪って行ったのですか、菊は問いただしたい気持ちを必死に押さえて、パソコンの表に処方箋をどれだけだすか打ち込んでいった。<br />
　菊は、激しい嫉妬の波を体の奥に感じた。黒いヘドロのような汚い感情だ。アルフレッドはたぶん恋をしている。菊ではない、別の誰かに。許されないことだった。アルフレッドが顔も知らない他人に好意を抱いていると考えるだけで、腹の底がむかむかしだし、胸に穴が開いたみたくなって、嗚咽するほど気持ち悪くて、吐き気がする。キーボードを打つ指が小刻みに震える。アルフレッドの恋をどうにかして破綻させてやりたいと思う。だが、菊だって分別を持った大人だ。そんな恐ろしい事をしてはいけないとわかっている。だから、しない。放っておけば、いずれ大変なことになるとわかっていながら何もしない。それは、彼が菊を愛していないと知っていたからだ。ゆえに、菊がどんなに努力しようが、菊の気持ちは報われない。悲しいことだが、みんなわかっていた。アルフレッドは恋をし、その幸せを掴もうとしている。<br />
「それでは、お大事に」菊はアルフレッドを突き放した。<br />
「ありがとう、先生」アルフレッドは菊の気持ちは何も知らないで微笑む。<br />
　診察を終えたアルフレッドは行ってしまった。アルフレッドがドアを閉めると、押し出された空っぽの空気が菊の皮膚をそろりと撫でた。ただ、菊は切なくて、胸を押さえる。</p>
<p><br />
　会計をするために、病院の待合室に戻ってきたアルフレッドは、自分をここまで連れてきてくれた彼の男の姿を探した。だが、いくら探しても見つけられなかった。彼はアルフレッドを病院に送り届けると、そのまますぐに帰ってしまったらしい。まあ、そうだろうとは思っていたが、アルフレッドは肩を落とし、落胆した。もう一度、あの人の顔を見たかった。それで、きちんとお礼を言いたかったのに。アルフレッドは、自分を助けてくれた美しい容姿の彼の顔を脳裏に思い出す。性格も良い人だった。アルフレッドは会計をすまし、処方箋を受け取り、家に帰った。</p>
<p>　もう会えないと思っていた。だが、再会の日はすぐにやってきた。初めて彼と出会った例の交差点。この日も、アルフレッドは学校に向かっている途中であった。横断歩道が赤信号だったので立ち止まり、待っていると、後ろから肩を叩かれた。何事かと振り向くと、アルフレッドは途端に目を丸くして驚いてしまった。ずっと会いたかった彼がいた。アルフレッドは嬉しすぎて声にならなかった。<br />
「&hellip;&hellip;元気そうだな」と、あの日と変わらない容姿の彼は言った。<br />
　アルフレッドは、顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら挨拶をした。<br />
「あの、えっと、この間は、どうもありがとう。助かったぞ！」とりあえず、伝えたかったことを伝えた。「久しぶりの発作で、俺も慌てていたんだ。持っていた吸入器は落として壊しちゃうし、君が居てくれて本当に助かったよ」アルフレッドは感謝の意味を込めて、自分を助けてくれた男の手を両手で包み込むように、しっかりと握って、二、三度振った。すると、気のせいかもしれないが、アーサーの耳がぽっと赤く色づく。「俺、アルフレッド・Ｆ・ジョーンズっていうんだ。君の名前は？」<br />
「アーサー・カークランドだ」アーサーは少し照れたように言った。<br />
「アーサーっていうのかい」<br />
　アルフレッドはアーサーの名前を忘れないように、しっかりと心に刻んだ。<br />
「大学生か？」アーサーは尋ねた。<br />
「そうだぞ。あの学校に通っているんだ」<br />
　アルフレッドは、目の前に見える大学の校舎を指さして言った。<br />
「アーサーは社会人だろ？」<br />
「あ？　何で分かった？」<br />
「だって、君、スーツを着ているじゃないか」とアルフレッドは笑った。<br />
　ああ、そうだった、とアーサーも笑った。口角を上げ、笑うアーサーの顔が、あまりにも可愛く見えたので、アルフレッドは、思わず見とれてしまった。じっと見つめていると、アーサーはアルフレッドの視線に気がつき、居心地悪そうに、視線をさまよわせた。<br />
「そんなに見つめんなよ&hellip;&hellip;」アーサーは少し拗ねるように言った。<br />
「あ！　ご、ごめんよ！」アルフレッドは慌てて、恥ずかしさを隠すように俯いた。<br />
　信号が青になって、歩行者たちが横断歩道を渡り出す。アルフレッドも渡らなくては、と思った。学校に行かなくちゃ。だけど、このままアーサーと別れるのは惜しいように思われた。そのためにずっと踏みとどまっていた。なんでこんな気持ちになるのだろう。まだ会って二度目なのに。横断歩道を渡らないといけないのに、足が地面に張り付いたみたいになって動かない。体が言うことを聞かない。<br />
「信号、青だぞ。行かないのか？」<br />
「え？　うん&hellip;&hellip;行くぞ」アーサーに促され、アルフレッドはしどろもどろに返事をした。<br />
　そうだ、行かないと。アーサーが変に思っている。だけど、アルフレッドは未練がましく立ち止まっていた。<br />
　そのとき、木枯らしが吹いて、木の枝から千切れた小さな枯れ葉が、一枚、アルフレッドの頭の上に落ちた。アルフレッドが気付かないで居ると、アーサーは微かに笑って、優しい手つきで、それを手で払い落とした。自然、頭を撫でられる格好になり、アルフレッドは胸の高鳴りを感じ、顔が熱くなって落ち着かなくなった。<br />
「&hellip;&hellip;アーサー」アルフレッドは喉をからからにしながら声を絞り出した。<br />
　アーサーは、何か言おうとしているアルフレッドに気づくと、少し身を寄せ、耳を傾けた。「どうした？」<br />
「今じゃなくても、君が暇なときで良いんだけど、その、お茶でもどうだい？　おごるよ」<br />
「いや、年下におごられてもな&hellip;&hellip;」<br />
「お礼をさせてほしいんだぞ！」アルフレッドは強引とも思えなくもない勢いで、アーサーに詰め寄った。<br />
　アーサーは一瞬、たじろぎ、そして、しばし考えた後、ゆっくりと頷いた。<br />
「日曜日なら、他に用事もないし、誘われてやってもいい」<br />
　誘われてやってもいい、だなんて偉そうな態度だったが、アルフレッドは気にならなかった。ただ、アーサーと一緒にまた会えるというのが嬉しくて、満面の笑顔で、うんうん頷いた。<br />
「わかったぞ。日曜日だね！　じゃあ、今週の日曜日でいいかい？」<br />
「ああ」<br />
　アルフレッドは天に舞う心地だった。彼とこうして次会う約束を取り付けている今が、至上の幸せに思え、興奮した。<br />
「待ち合わせ場所はこの交差点にしよう。時間は正午で」</p>
<p>　それからは早かった。日曜日になると、アルフレッドはさっそく交差点に向かった。そこでアーサーと落ち合い、近くのレストランで食事をし、お互いいくらかの話をした。同じ病気を持っていたから、その事について話したり、あとはたわいのない事をちらほらと。会話はよく弾み、楽しくて、アルフレッドは大いに笑い、浮かれた。アーサーは終始笑顔であり、彼もまた楽しんでいるようだった。帰り際になると、二人ともやけにぎこちなく、お互いの顔を伺っていた。アルフレッドはアーサーともう一度会う約束を取り付けたいと願った。だが、それは無理だ。今日アーサーが来てくれたのは、アルフレッドがお礼をするからと言う名目があったからこそだ。だから、彼がアルフレッドと再びこうして会うことは一生ないだろう。これっきりだ。アルフレッドはアーサーと会えなくなるのが悲しくて、暗い気持ちになった。<br />
「アルフレッド、今日は、ありがとな」アーサーは言った。<br />
「俺の方こそ、来てくれてありがとうなんだぞ」アルフレッドは首を振り、言った。アーサーと会話をすると、緊張して自然に頬が熱くなってしまう。<br />
　アーサーはアルフレッドの瞳をじっと見つめて、ぼうとしていた。アルフレッドもアーサーの緑色の瞳を見つめ、ぼうとしていた。春のような暖かい心地だった。つかの間、うっとりとした夢を見ている感じで、お互いを見つめ合った。<br />
　ボーン、とレストランの針時計が午後一時を知らせた。その音に、アーサーはハッと我に返り、身じろぎし、荷物を持って椅子から立ち上がった。<br />
「じゃあ、またな」と彼は急いで何かを誤魔化すように言った。<br />
「さよなら」<br />
　彼が帰ってしまう。ひとり、落ち込んでいると、アーサーはアルフレッドの肩に手を置いて、アルフレッドの右頬に軽く接吻した。彼にとっては何でもない挨拶だったのだろう。その証拠に、彼はすぐにレストランの出口へ向かって歩いて行ってしまう。だが、それを受けたアルフレッドは耳まで顔を赤くして、言葉もなく真面目な顔で俯いてしまった。手を震わし、どきどきする胸の音に耐える。目頭がカッと熱くなり、頭の中は真っ白だった。体がわなないてどうしようもなくて、そして、ついに何かがはじけた。<br />
「アーサー！」<br />
　彼が行ってしまう前に、アルフレッドはアーサーを追いかけ、彼の腕を取って引き留めた。<br />
　アーサーは、驚くでもなく、動揺して瞳を揺らした。<br />
　アルフレッドは、自分の手のふるえがアーサーに伝わってしまわないように、彼の腕を握る手に力を込めた。<br />
　レストランに来ていた他のお客さんの視線を浴びる。<br />
「外へ出よう」<br />
　そう言って、二人並んで外に出た。<br />
　アルフレッドは弱気だった。薄い紙っぺらになったような、頼りない心持ちだった。こんなに弱々しい気持ちになるのは初めてだ。彼に何て言って良いかわからない。ただ一つの言葉しか、頭に浮かんでこない。でも、それを言ってしまったら、今日彼とお茶をして楽しかった思いでも何もかもを台無しにしてしまうような気がして言えなかった。だが、代わりに浮かんでくる言葉もなく、アルフレッドは途方に暮れた。アーサーの顔をちらっと見ると、彼は何とも困った顔をしていた。迷惑をかけてしまったのだろうか。アルフレッドは彼を引き留めてしまったことに後悔した。だが、そうじゃなかった。アーサーは考え込むように顎に手を当てた後、アルフレッドと向き合った。<br />
「もしかして、お前も俺と同じ気持ちなのか？」<br />
　アルフレッドは目を丸くした。<br />
「俺はお前と居ると変な気分になるんだ。胸がドキドキするというか」とアーサーは少し顔を赤らめて言った。<br />
　それは、アルフレッドにとって重大な発言だった。体の底から勇気が湧いてくる。<br />
「俺もだぞ。君のそばに居ると、胸がドキドキ緊張するんだぞ&hellip;&hellip;」<br />
　アルフレッドの視線は真っ直ぐアーサーを見ていた。アーサーは黙っていた。しかし、すぐに安心したように肩の力を抜いて、ふ、と笑った。アルフレッドは何だか許されたようで、嬉しくて、胸の奥がむずむず痒くなった。ぽ、と心が温かくなる。<br />
「抱きしめて良いかい？」興奮を抑えながら、アルフレッドは訊ねた。<br />
　アーサーは頷いた。<br />
　アルフレッドはアーサーの体を優しく抱きしめた。柔らかい手応えを感じて、愛しい彼を手に抱いていることに歓喜した。受け身だと思っていたアーサーは、自分からもアルフレッドの背中と頭の後ろに手を回すと、一気に自分の胸に引き寄せて、強引にアルフレッドの耳にキスを落とした。まさかキスされるとは思っていなかったアルフレッドは驚いて心臓が縮まった。唇が震え、涙が出そうになる。&hellip;&hellip;彼もアルフレッドの事を好きだった。</p>
<p><br />
　アルフレッドが再び病院に薬を貰いにやってきたとき、彼の姿を見て、菊は、まるで冷水を浴びせられたようになった。アルフレッドの仕草の全てが色を帯び、落ち着いて、大人びていて、以前のアルフレッドとは違うことを思い知らされる。菊は衝撃を受けた。こうなることはわかっていたが、いざその時が来てしまうと、どうにも受け入れがたくて、困惑してしまった。<br />
「&hellip;&hellip;何か、変わったことは？」<br />
「特にないよ」<br />
　嘘おっしゃい。あなた、変わっているじゃないですか。菊は無表情でカルテにメモを書き込む。誰だかわからない人に向けた怒りを押さえるのに必死で、半分息をしていなかった。視界もほぼなかった。カルテに書き込む字が震え、バランスなんかもめちゃくちゃで、ちょっと前に書いた字が、自分ですら解読できない。<br />
「最近急に冷え込んできましたから、どうぞお体に気をつけてくださいね」<br />
「うん、わかっているぞ。ありがとう先生」<br />
　そう言って笑うアルフレッドの色っぽいうなじや、赤い唇につい目が行ってしまう。彼の体、手足、彼の全部が男の欲情を掻き立てているように思えて、仕方がない。ああ、彼は大人になってしまった。<br />
「行って良いですよ」<br />
「さよなら」<br />
「お大事に」<br />
　アルフレッドが診察室から出ていくと、菊は椅子から立ち上がった。<br />
「少し席を外します」<br />
　菊は看護士に伝えて、自分の鞄を持った。菊は外に出た。黄色く紅葉したイチョウの葉が、はらはらと風に乗って舞い落ちる。肌寒い風が吹いて、微かに冬のにおいがして、菊は、ほうと息を吐いた。</p>
<p>　秋も、そろそろ終わります。</p>]]>
    </description>
    <category>アサアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:28:49 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>甘い線</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
　アルフレッド・Ｆ・ジョーンズは、ファーストフード店に行くのが大好きだ。いつも、そこに行くときは、遊園地に行くみたいに胸がわくわくする。たいてい、それらの店は小さくて、狭い店構えであって、外装はファンシーだったりだ。店内は注文をするカウンターと注文した食べ物を食べることが出来る座席が設置してあり、焼いた安い肉の焦げた匂いと、コーヒーの香り、そして、揚げたてのポテトの匂いが漂っている。それから、厨房の奥から、ガスの熱気がやってくるので、レジで注文をするときは、少し顔をしかめなければならない。<br />
　アルフレッドは、一度に大量の品物を注文する。もちろん、注文したそれらの物は、一日で食べきれる量だ。アルフレッドが注文するメニューは、おもに、ハンバーガーと、チーズバーガー、そらからポテト。飲み物はコーラーとシェイク。シェイクはチョコレートと、ストロベリーのマーブルだ。これが一番美味しいと、長年の研究でわかった。どろどろとした冷たくて強烈に甘いシェイクを一気飲みすると、いつも頭が痛くなる。せっかく美味しいのに、アルフレッドはこのずきっとするような痛みがあまり好きでなく、シェイクを飲んで頭の痛みがやってきたら、コーラーを飲み、炭酸パワーで頭の痛みを吹っ飛ばすようにしている。<br />
　今日もアルフレッドはファーストフード店に立ち寄り、いつものメニューを注文した。その場で食べる時間がないので、テイクアウトだ。センキュー、と物を受け取り、店員にウィンクして色目を使うと、アルフレッドは店を出て、道を歩く。歩きながら、テイクアウトした出来立てのポテトを貪る。アルフレッドは時間を無駄にしないのだ。<br />
　今日、会議が行われるビルにたどり着き、中に入って、ＩＤカードを機械にかざし、警備員の案内で、アルフレッドは最上階に向かう。エレベーターに乗っている間も、アルフレッドはコーラーをすすり、バーガーを食べていた。そんなアルフレッドを警備員は興味深そうに見つめている。最上階に着き、警備員はエレベーターを止めて、アルフレッドだけ外に出した。彼が着いてくるのはここまでだ。廊下を真っ直ぐ行った先に、扉があった。アルフレッドは新しいチーズバーガーにかぶりつきながら、その扉に向かって歩いていった。<br />
　扉を開けると、中は、フリータイムを楽しむ仲間たちの声で、騒がしかった。アルフレッドはみんなに挨拶をして回った。そうしながら、大好きな彼の姿を探したが、彼はまだ来ていないようだ。アルフレッドはつまらなそうに顔をしかめ、テーブルの、自分の席に着くと、そこに食べ物を広げ、好きに食べ出した。<br />
　最近バーガーにも新商品が出来た。日本のてりやき、というタレがかかったバーガーに、マカロニチーズと切ったソーセージを挟んだ奴。アルフレッドは興味本位で今回それを一つだけ注文したが、これが食べてみると、スペシャル美味しかった。とくにタレが甘くて、辛くて、濃厚であり、チーズと相性が良かった。あまりのおいしさにがっつくと、パンがのどの奥に詰まって、アルフレッドは苦しんだ。シェイクでなんとか胃に流し込み、アルフレッドはホッと一息着いた。パンは危険だ。こういうパサパサしたものは慌てると、すぐ喉に詰まる。<br />
「またそんなものばっかり食って、体壊すぞ」<br />
　アルフレッドは、聞き覚えのある声にはっとして、振り返った。激太眉毛の彼が呆れ顔で立っていた。アルフレッドは嬉しそうに顔を輝かせた<br />
「やあ、アーサー！」<br />
　アーサーはにっと笑って答えてくれた。彼の、右の口角だけ上げて、何か企んでいるように笑うやり方が、アルフレッドは好きだった。<br />
　アーサーはアルフレッドから視線をテーブルの食べ物に移し、引いたような表情を作った。<br />
「もっと栄養のある物を食べろよ&hellip;&hellip;」アーサーは言った。「たとえば、ほら、これとか。そうだ、これ、お前にやるよ」<br />
　アーサーは懐から瓶詰めの黒いものを取り出し、アルフレッドに、ん、と差し出す。アルフレッドは、それを見て、うげ、と顔をしかめた。アーサーが手に持っているこの瓶詰めは、栄養価が高いものの、くそ不味いことで有名なのだ。彼は偶然それを持ち合わせていた風を装っているらしいが、今日アルフレッドに会うという事で、わざわざ買ってきたのだろう、とアルフレッドは見抜いた。アーサーはアルフレッドの健康をいつも気にしているのだ。<br />
「俺、それ嫌いなんだぞ&hellip;&hellip;」アルフレッドはプレゼントの受け取りを拒否し、気弱にうなった。<br />
「ばか、栄養があるんだぞこれ」<br />
　アーサーは興奮したように言うと、瓶の蓋を手で回して開けた。そして、その中にどこから取り出したのかスプーンを突き刺し、中の黒いジャムのような物をぐるぐるとかき混ぜ、すくう。<br />
　スプーンに引かれ、粘着質に黒いやつが伸びる。黒い鉛のような色の奥に鈍い光沢がある。それを見ながら、アルフレッドは、あの味を思い出し、げっそりと頬を縮こませた。<br />
「なんだよ、その顔」とアーサーは面白がって、ふっ、と笑った。<br />
　アーサーは黒い物体が乗った銀のスプーンをアルフレッドの口に差し出す。<br />
「ほら、食えよ」<br />
　アルフレッドはプイとそっぽを向く。<br />
「&hellip;&hellip;いらないぞ」<br />
　そう言うと、アーサーの顔が悲しそうにゆがむ。<br />
「なんだよ。人がせっかく&hellip;&hellip;」彼はしょげたようにもごもごと言った。<br />
「ピーナッツバターだったら食べてあげても良いぞ？」助け船を出すつもりでアルフレッドは言った。<br />
　アーサーの眉がぴょんと跳ねる。<br />
「ピーナッツバター？　ピーナッツバターは太るだろ。まあ、お前はすでにデブだけど&hellip;&hellip;」<br />
「失礼だな、アーサーは！」<br />
　アルフレッドは顔を赤くして、アーサーに向かってシェイクを投げつける。だが、アーサーはそれを片手でキャッチした。<br />
「あぶねーだろ」<br />
　アルフレッドはムスっと頬を膨らました。それを見て、アーサーの頬がゆるむ。<br />
「可愛い子ぶるなよな」<br />
「可愛い子ぶってないぞ」<br />
　アーサーの目には、アルフレッドが可愛く見えたのだろうか。だったら嬉しい、とアルフレッドは思った。<br />
　アーサーは笑って、アルフレッドの頬をつねる。<br />
「いひゃいぞ！」<br />
「お前のほっぺ柔らかけぇな」アーサーはアルフレッドの頬の触り心地を堪能するように、ぐにぐに指を動かし、言った。<br />
　アルフレッドは顔を赤らめ、のぼせたように、アーサーの顔を凝視していた。</p>
<p>　アルフレッドは最近、こう考えている。<br />
　アーサーはもしかして、俺のことを好きなんじゃないか？</p>
<p>　実際の所はどうかわからないが、彼は何かとアルフレッドを気にかけてくるし、今みたいな喧嘩（喧嘩というか争いというか、馴れ合いというか&hellip;&hellip;）をすると、凄く嬉しそうな顔をするのだ。そして、彼はアルフレッドと接するとき、やけに笑う。<br />
　アルフレッドは彼の反応を思い出して、深く考える。考えれば考えるほど、そうなんじゃないかと思えてくる。自分に都合の良い解釈をしていると思う。けど、それでも、何か、アーサーの行動や仕草からは、普通の人に接するのとは違う感じをうけるのだ。感なんて変な話だけど。<br />
　もし、アーサーが俺のことを好きなら、俺たち、両思いという事になるんだ&hellip;&hellip;！</p>
<p>　打ち明け話。アルフレッドは、アーサーが好きだ。それも、ずいぶん前から片思いをしていた。それこそ子供の時からだ。ずっとこの気持ちを隠してきた。だって、この気持ちは、本来男に向けてはいけないものだと知っていたから。<br />
　長いこと片思いの苦しみを味わい、今やっと、希望が見えてきたと思う。</p>
<p>　だが、向こうから好きだ、とか愛の告白をしてくることがなければ、アルフレッドも、自分の思いを伝えることはしないと決めている。万が一、自分の考えが間違っていたら、と思うと、それはあまりに恐ろしすぎた。<br />
　アーサーは思わせぶりな態度をとるが、それが本当に恋愛としての行為を示しているのかはわからない。それは、アーサー本人だけが知ることだ。</p>
<p><br />
　ロンドンに何かの用事で行ったとき、アーサーが泊まっていけよと進めてきた。アルフレッドも、長いフライトで疲れており、その時は彼の言葉に甘えることにした。<br />
　アーサーの家のリビングの窓からは、彼の庭の薔薇園が見える。窓を少し開けると、甘い、濃密な花の香りが嗅げる。アルフレッドは薔薇を見るのもその香りを嗅ぐのも好きだった。なぜなら、薔薇はアーサーの匂いだからだ。それに、あの薔薇は全部アーサーが育てたものだ。彼が大切にしている物は、アルフレッドも好きだ。風に乗ってきた薔薇の香りを体に浴びながら、アルフレッドは、彼の体に包まれている錯覚を覚えた。<br />
　その横で、アーサーはお茶のセットを持ち出し、リビングのテーブルの上に置くと、紅茶を入れだした。紅茶を入れるときの彼の姿勢は優雅だった。職人のような真剣な眼差しと、手さばきで、彼は二つのティーカッブに紅茶をついだ。<br />
「ねえ、アーサー、アーサーは何で薔薇が好きなんだい」アルフレッドが聞くと、アーサーは、ふと顔を上げた。<br />
「可愛いだろ？　棘があるのに、綺麗な花を咲かせる所とか。たまに手に棘が刺さると腹立つけどな」<br />
　アーサーは意味深にアルフレッドの顔を見て、にやりと笑った。<br />
　アーサーの家に一泊し、帰る朝になった。アルフレッドはお礼を言って、すぐに帰ろうと思った。だが、アーサーは戸口でアルフレッドを引き留めた。<br />
「お前、もし、男に&hellip;&hellip;男に告白されたらどうする」<br />
「え」アルフレッドは驚いた。<br />
　アーサーはアルフレッドの顔をじっと見つめ、アルフレッドが質問の答えを出すのを待っている。いきなり何て質問をするんだろう、とアルフレッドは訝しがった。<br />
「そうだね、ありがとう、って言うぞ」アルフレッドは言った。「それで、俺もその人を好きだったら、付き合うんじゃないかな。でも、別に好きな相手じゃなかったら、断るぞ」<br />
　アーサーは静かに頷いた。その後は何もなく、普通にお別れをした。アルフレッドは、何でこんな質問を？　と聞く勇気はなかった。</p>
<p>　好きなのに好きじゃない振りを続けるのも疲れてきた。いつまで経ってもアーサーから告白はされないし、結局、片思いのまま終わるのかな、と落胆していた矢先、事態は大きく変わる。</p>
<p>　アーサーに「好きだ」と告白されたのだ。<br />
　そこは、ある日の会議が終わった後の人通りの少ない廊下での事だった。他に人が来ないことを確認して、彼は言った。<br />
　ずっとそうなんじゃないかと疑って、知っていたはずなのに、アルフレッドは、いざ告白されてしまうと、慌てた。<br />
「っそそそっそそ、そうかい&hellip;&hellip;」<br />
「返事は？」<br />
　そう聞かれ、アルフレッドは、言葉に詰まった。<br />
　どきどきとうるさい心臓を落ち着かせるため、何度も深呼吸し、乾いた唇を舐める。人が来やしないかと、挙動不審に辺りを見渡す。やっと落ち着いて、アルフレッドは口を開いた。<br />
「&hellip;&hellip;俺もだぞ」掠れるような、小さい声だった。<br />
　アーサーの顔が、ぱあ、と明るく輝く。<br />
　とうとう気持ちを伝えてしまった。アルフレッドは気恥ずかしくなって、かーと顔を赤く染めた。<br />
　アーサーはその場でアルフレッドをハグした。彼の温もりに包まれ、アルフレッドは、嬉しすぎて、目に涙が滲んできた。幸福だった。自分の胸の鼓動が騒がしく聞こえてくる。アーサーも同じ気持ちだったらしく、抱き合ってくっついた胸ごしに、彼の心臓の音を強く感じた。彼も緊張しているのだ。アルフレッドは勇気づけられた。<br />
「ありがとう」とアーサーは言った。<br />
　アルフレッドは首を振る。<br />
　それは俺の台詞だぞ&hellip;&hellip;。</p>
<p>　それから、何回かデートを重ね、その度に手を繋いだりしたけど、アルフレッドとアーサーは、なかなかそれ以上先には進まなかった。具体的に言うと、手は繋いでも、キスまではいかない。そういう状態だ。<br />
　恋人同士なのにキスをしないというのは変だ。確かに変だ。だが、アルフレッドはそんなに気にしていなかった。だって、いざアーサーとキスをすることを考えたら、頭が真っ白になって、のぼせたようになり、先を想像できなくなる。手を繋ぐのだって、本当はたまらなく恥ずかしくて、どこかアーサーから離れた遠いところまで走りたくなってしまうのを、いつもぐっと我慢しているのに、それがキスとなれば、もはやアルフレッドはあまりの恥ずかしさにショック死するかもしれないとすら思うのだ。</p>
<p>　だけど、アーサーは密かにその先を望んでいたようで。</p>
<p>「キスしていいか？」<br />
　いつものように、アーサーの家で二人、ソファに腰掛け、映画を見ていたら、突然、アーサーが、ぼそっと、アルフレッドの耳元でささやいた。彼の爽やかな息が、鼓膜まで届いて、ぞくり、と体が震えた。アルフレッドは耳を押さえ、瞳を潤ませ、顔を赤くする。<br />
　アーサーはアルフレッドの首筋に埃でも見つけたのか、それを払うように、首筋に、ふっと息を吹き付けてきた。<br />
　アルフレッドは体に電気が走ったかのように飛び上がった。<br />
「きききききききき、キスだって&hellip;&hellip;？」<br />
　動揺して、声が裏変えったが、アーサーは気にしなかった。ただ、そうだ、と頷いた。<br />
「その、まだ、早いんじゃないかい」<br />
「いや、遅いくらいだろ」<br />
　付き合って、半年が過ぎようとしていた。だけど、アルフレッドは、キスをするにはまだ時期が早いと思っていた。せめて、もう半年は&hellip;&hellip;。<br />
　アルフレッドがぐだぐだ悩んでいると、痺れを切らしたアーサーの手が、アルフレッドの髪に触れ、優しく頭を撫でる。アルフレッドはぎょっとした。そのまま、アーサーの手は、アルフレッドの耳の後ろから、首筋へ下りていく。<br />
　ぞくぞくぞくと、背筋に痺れのようなものが走った。<br />
「あ&hellip;&hellip;アーサー&hellip;&hellip;っ！？」<br />
　アーサーは物欲しそうな目をしていた。アルフレッドはごくりと唾を飲む。<br />
　頬に手を添えられる。アルフレッドの頭はかんかん照りだった。極度の緊張で、訳が分からなくなっている。アルフレッドは湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染め、ぎゅっと目を瞑った。アーサーの顔が近づいてい来る気配を感じる。アルフレッドは息を止め、その場に凍り付けにされたように固まっていた。</p>
<p>　そして、とうとう触れた。</p>
<p>　唇に何か&hellip;&hellip;ふわり、としたものが&hellip;&hellip;。</p>
<p>　あ&hellip;&hellip;っ。</p>
<p>　ソファの背もたれに、身が沈んでいく。アーサーのキスは濃厚で、激しかった。アルフレッドの頭をくしゃくしゃにに掻き抱き、唇を吸い、舌を進入させてくる。アルフレッドも口を開けて、受け止めるのに必死だった。<br />
　ちゅ、ちゅ、と舌が絡まりあう音と、興奮した激しい息づかいが部屋に響き、口から溢れた涎が顎に伝う。</p>
<p>　時間が永遠に終わらないように感じた。顔が熱くて、蕩けそうで、死にそうで、その上恥ずかしくて、でも、嬉しくて、幸せで。自分の体の奥でどろどろと暴れる疼きが恐ろしかった。</p>
<p>　ふいにアーサーがアルフレッドから離れた。<br />
「愛してる」と彼は言った。そして、また唇が重なった。</p>
<p>　こうして、アルフレッドは幸せに甘んじて飲まれる事にした。</p>]]>
    </description>
    <category>アサアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:27:38 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>愛が欲しい</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　好きな人を振るって、どんな気持ちだろう。つらくて、切なくて、涙がにじんでくる。自分がしたことを思い出すと、恐ろしくて、吐き気がする。そう、まさに今の気持ちだ。傷だらけのアメリカは、すっかり傷心して、ベッドに身を投げていた。今日、アメリカとイギリスの間での長きに渡った戦争が、終わった。いろんなことを体験し、アメリカはとても疲れた。</p>
<p>　独立戦争で得た報酬は、イギリスとアメリカ、両国にとってどんな結果をもたらすのだろう。それは、絶対に素晴らしい結果でなくてはならない。アメリカは強く思う。なんせ、アメリカは、国のために大切な人の存在を捨てることになったのだから。</p>
<p>「イギリス、泣いているだろうなぁ&hellip;&hellip;」アメリカは、か細い声でつぶやいた。「怒っているだろうな&hellip;&hellip;」彼のことを考えると気が滅入る。別に考えなくても良かったのだ。国のために、自分の中で大きくなっていた彼の存在を消さなくてはならなかった。国の発展のために必要だったのだ。だけど、愛していたのを忘れる事なんてできっこない。アメリカはイギリスにまだ未練があった。そして、アメリカは考えるという行動から逃げるように、乱暴に布団をかぶった。</p>
<p>　日にちが経って、体力が回復しても、アメリカの心はふさぎ込んだままだった。日に当たると、憂鬱でめまいがした。アメリカは好んで影のある所に隠れた。暗い影は、アメリカの心情に共鳴し、癒しをくれる。こんな暗い気持ちになった原因はあの戦争にある。戦争で、イギリスを傷つけてしまったという罪の意識が、アメリカの心を落ち込ませている。前向きなろうとしてもだめなのだ。何度も、アメリカは、イギリスに謝りたいと思った。イギリスの国まで行って、頭を下げたらどうだろう。そうすれば、自分のしたことが許されるんじゃないかと、思った。そして、またイギリスに優しくしてもらえる。だがその考えは甘い。わかっている。戦争の理由や、目的を考えればアメリカはイギリスに媚びることなく、自分の足で立たなくてはならないと理解できる。だが、心はぽっかりと穴があいて、物足りなかった。あいた穴に冷たい風が出入りしている。</p>
<p>　アメリカはイギリスの気持ちが知りたかった。自分を本当に愛していてくれたのなら、きっと、この結果を受け入れてくれるはずだ。彼は自分の間違いに気づいて、ちゃんと理解してくれる。そう思うから、確認だけしたかった。アメリカはイギリスに会いたかった。戦争をどう受け止めているのか。君はまだ俺を愛しているのか。聞きたかった。<br />
　うだうだとベッドの上を転がたっり、影のあるところでぼうとしながら考える日々が続いた。日を重ねるごとに、謝りたい気持ちはより強くなる。謝りたいことは口実で、じつはただ会いたかっただけなのかもしれない。独立戦争以来、イギリスにずっと会っていない。心がイギリスを欲していた。だけど彼は目の前にいない。今は遠い場所にいる。手を伸ばしても届かないところに。自分から会いに行けば、会える。だけど、行きづらい。もちろん彼の方から会いに来てくれるわけがなく、アメリカはいよいよ自分で決断を下さなくてはならなかった。</p>
<p>　イギリスに行って、イギリスと話をしようと決めた日、アメリカは悩みに悩んだ。行かない方がいいんじゃないかという悪い予感が、気持ちを何度も思いとどまらせた。でも、アメリカは行きたかった。体は岩のように重くなって、拒んでいるが。心はイギリスの温もりを望んでいる。自分がしたことを忘れた訳じゃない。だけど、アメリカはイギリスを信じているのだ。きっとわかってくれる&hellip;&hellip;。</p>
<p>　荷物は何も持たず、飛行機を飛ばした。耳元で何度も声が聞こえた。「止まれ、止まれ！　今すぐアメリカに戻れ！　お前のしようとしていることは自国に対する侮辱だ！」そうじゃないんだ。ただ、イギリスが、この戦争の結果に動揺し、わけがわからない気持ちになっているんじゃないかって心配したから、手を引いて、道を教えてやらないと彼が歩けないんじゃないかと不安だったから。</p>
<p>　イギリスに着いた。彼は元気だろうか。アメリカはイギリスの地を歩いて、イギリスの家に向かった。心臓が不安定に動いていた。彼の家に着くまでの間、アメリカの頭は真っ白で、魂が半分抜けているような状態だった。それほど彼に会うことを恐れているのだ。恐れているのに、会いたいのだ。<br />
　イギリスの家の玄関の前に立って、アメリカはじっとドアを見つめた。彼との間に、この壁がある内はまだ安全だ。だけど、すぐとなりの起爆スイッチを押して見ろ。アメリカは一気に地獄の地に立たなくてはならなくなる。緊張して、のどが渇いた。まだ、魂は抜けたままだ。アメリカは静かに呼び鈴に手を伸ばした。だけど、それを押す前にドアが開いた。<br />
　待ち望んでいた彼の姿である。イギリスが立っている。彼は正装を着ていて、どこかに出かける様子だった。彼がアメリカを見て笑ってくれたら、どんなにアメリカの気持ちが安らいだろう。だが、現実は違う。彼はアメリカを心底汚いもの見るかのように侮蔑を込めて睨みつけてきた。針のような視線。アメリカの表情がこわばる。体がばらばらにいなって崩れていくようだった。そんな目で見られて、胸が痛んだ。<br />
「何しに来た」イギリスは低い声で言った。<br />
　話をしに来たんだよ。君が心配で。そう言って笑おうと思ったけど、声はのどの奥でつっかえて出てこないし、顔は氷のように固まって動かない。アメリカは焦った。目の前が真っ暗になって、足が震えた。<br />
　イギリスは、はん、と鼻で笑った。<br />
「もうここへは来るな。顔も見たくねえ」<br />
　イギリスは外へ出てくると、家の玄関に鍵をかけた。アメリカはとなりでそれを眺めていた。<br />
「失せろ。お前なんか。俺はお前が嫌いなんだよ。お前の顔を見ると殺したくなる」イギリスは忌々しそうに言った。<br />
　アメリカは、眉をひそめ、ぐ、と息を飲んだ。<br />
　イギリスはアメリカの肩を突き飛ばし、車に乗り込んだ。追いかけられなかった。イギリスの気迫に負け、アメリカは、そのままイギリスが車で去っていくのを見送った。</p>
<p>　宙を歩いているようだった。生きている心地がしない。むしろ死んでいるようだった。気分が重いまま、アメリカは自宅に戻った。傷ついていた。自室で一人になると、アメリカは耐えきれず涙をこぼした。そして、枕を抱いて、ベッドの上でうんと泣いた。つらい。辛すぎて、呼吸するのも苦しかった。</p>
<p>　嫌われた。</p>
<p>　事実が、アメリカの体を、心を抉るように縛り付ける。そのままアメリカを地獄に叩きつけ、容赦なく鋭い鞭で打つ。</p>
<p>　好きなのに、どうして。あんなに愛し、愛をくれた人が、もう居ない。身が錆びていく。寒い。苦しい。思いが届かない。</p>
<p><br />
　イギリスは諦めろ。忘れろ。アメリカは自分に命令しつづけた。命令の通りにすることで、アメリカはこころの苦しみから解放された。だけど、ふとした瞬間、イギリスを思い出し、心臓がずたずたに破れる思いを味わった。欲しいのに、手に入れることが叶わない。彼の愛をもう一度、手に出来たらどんなにいいだろう。満たされない気持ちのまま、死んだように生きた。人前に出るときは、仮面をかぶった。だが、日に日に鬱憤は溜まり、ある時、ついに爆発した。<br />
　愛だ。愛が、足りない。愛が欲しい。イギリスの愛が欲しい。でも、彼が居ないからどうしようもない！　不安に胸が押しつぶされるようだった。<br />
　アメリカは電話の受話器を取った。</p>
<p>　ベルが鳴り、アメリカは玄関の扉を開けた。<br />
「やあ」<br />
「よ。で、用事は？」<br />
「まあ、中へ入ってくれよ」<br />
　人の良い笑みを浮かべるフランスを、騙すように中に通し、アメリカはドアを閉め、鍵をかけた。胸の中で、ちらちらと炎がゆれている。不気味な黒い色をしている。<br />
「ねえ、フランス、愛について教えてくれよ」アメリカは言った。<br />
「ん？　どうした」<br />
「愛が足りないんだぞ」酷い喉の渇きだ。心臓がどきどきしている。アメリカはフランスにしなだれかかった。フランスの体がびくりと動く。<br />
　フランスはアメリカの瞳から情欲の色を読みとって、はっと口をつぐんだ。<br />
「&hellip;&hellip;お兄さん、よく、わからないなぁ&hellip;&hellip;」<br />
「お願いだよ、フランス&hellip;&hellip;！」<br />
　言い逃れようとするフランスに、アメリカは掴みかかった。<br />
「ずっと苦しくて。いつか楽になると思っていたけど、苦しいままで、心細い気持ちは、ずっとずっと収まらないんだ!」興奮で頭が燃えている。ぜえぜえと息があがる。「足りないんだぞ、愛が！」アメリカは必死だった。<br />
　そのとき、体の奥で、ぷつん、と何かが切れた音がした。涙がぶわりとあふれ出た。感情の決壊だ。もはや自分で自分を制御することなど不可能だ。ぼたぼたと床に涙の滴がこぼれ落ち、シミになった。アメリカは自分の体が震えるのを感じた。<br />
　フランスはアメリカを落ち着かせるように、そっと頭を撫でた。<br />
「わかった。落ち着け。お兄さんが何とかしてやるから」<br />
　そうは言うけど、いったい彼に何が出来るだろう。彼は望んだものをくれるのだろうか。</p>
<p>　満たされない。愛が足りない。愛、。</p>]]>
    </description>
    <category>フラアル</category>
    <link>https://aldaisuki.ko-me.com/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A2%E3%83%AB/%E6%84%9B%E3%81%8C%E6%AC%B2%E3%81%97%E3%81%84</link>
    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:26:03 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>旅②</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="novel_article parsed" id="page_2" style="display: block;">　実験を受ける前に、アルフレッドは簡単な健康診断を受けた。尿を検尿カップに出して、血圧と、身長体重を量った。眼鏡の上から視力検査もやった。他の被験者も居るという話であったが、アルフレッドはまだ他の被験者の姿を見ていない。健康診断が終わると、裸の体に心拍数などを計る機械や器具を取り付けられた。<br />
「これから、あなたはとある部屋に入ります。その部屋は真っ暗で、明かりはいっさいありません。私はあなたをその部屋に閉じこめます。あなたは指示があるまで動いてはいけません。どんなことがあっても絶対に喋ってはいけません。私たちは時間を見て、アナウンスで、あなたに指示を出します。あなたは、スピーカーから聞こえた指示の通りに動いてください。もし、指示を無視するようなことがあれば、あなたの立場は、辞退者とし、報酬はいっさい支払われない事とします。よろしいですか」<br />
　厳しいなあ、と思いながらアルフレッドは口を開く。「その指示というのは、難しい事じゃないんだろ？　たとえば、極端な話、人を殺すとか、自分を傷つけるとか、そういうんじゃあないんだね？」<br />
「もちろん。指示の内容はいたって簡単です。我々はこのテストを安全に終えるつもりですので、どうぞご安心くだされ」<br />
　アルフレッドは緊張した面もちで頷いた。<br />
　アルフレッドとコリーンは地下に移動した。実験は地下で行われるらしい。実験室と書かれた重い扉を開けると、アルフレッドは広い縦長の部屋の中に入って、両側にずらりと、大きな金庫のようなものが並べられているのを目にする。コリーンはその中の端っこの金庫を開けた。<br />
「中へ」とコリーンは言った。<br />
　アルフレッドは促されるままに金庫の中に入った。中のスペースは半畳ほどであり、金庫の高さはアルフレッドの背丈よりも少し高いくらいであった。まさに人一人分の広さである。<br />
「指示があるまで座っていてください。どうぞ、楽に。ですが、絶対に指示があるまで動いてはダメですよ。喋るのはもっとダメです。もし、喋りそうだと不安であるならば、ホッチキスをこちらで準備しておりますので、今、申して下されば対処いたしますよ」コリーンは悪戯っぽくにやりと笑う。<br />
「大丈夫だぞ。指示があるまでじっとしているよ」アルフレッドは肩をすくめながら言った。<br />
「閉めますよ」<br />
「いいよ」<br />
　コリーンが扉を閉める。アルフレッドは完璧な闇の中に落とされた。<br />
　暗闇の中で、アルフレッドはキョロキョロと目を動かして、辺りを見渡した。どこを向いても闇である。眼球にタールを塗ったみたいに、見えるのは全部黒い色だけだった。ただ、自分の呼吸する音が、やけに大きく聞こえている。大きく聞こえるのは静かにしているせいだ、とアルフレッドは思った。<br />
　闇の中では壁との距離感がつかめない。闇の中にずっと居ると、自分が狭い金庫の中にいるんじゃなくて、宇宙のような広大な空間にぽつんと座っているんじゃないかと思えてきて不安になる。アルフレッドは手を伸ばして、壁に触れようかと思ったが、自分は動いてはいけなかったんだと思いだし、慌てて拳を握り、肘を脇にくっつけた。<br />
　何十分くらい、そうしてじっとしていただろう。もう自分が目を開けているのかいないのかすらわからない。ただ、ずっと座っているのにも飽きてきた。だが、突然、ぽん、とピアノの高い音の出る鍵盤を一つ叩いたみたいな、そんな音が鳴った。<br />
「指示を与えます。今あなた方の居る所は一人部屋ですが、実はそこは二人部屋です。無理矢理仕切を作って一人部屋にしていたのです。今から機械動作で仕切を外します。隣の人と対面しても、動かないように、喋らないようにお願いします」コリーンの事務的な声が天井の辺りから聞こえてきた。きっと天井にスピーカーがついているのだ。それにしても、隣の人だって？　アルフレッドは急にそわそわ落ち着かなくなった。仕切は右なのか左なのか、それとも背後なのか。<br />
　がー、と滑車が回るような低く、鈍い音が右横から聞こえだした。どうやら仕切は右だったらしい。仕切が、今まさに取り払われていく。アルフレッドは右側を凝視した。何か見えるんじゃないかと思ったのだ。その、隣の人の一部とかが。しかし、いくら目を凝らしても、何も見えない。当たり前だった。光がなければ何も見えないのだ。闇は闇のままである。それでも、きっと見えるんじゃないかと、僅かな期待を持って見つめ続けた。<br />
　見えない。だが、音が聞こえた。<br />
　自分以外の呼吸音だった。呼吸の出入れの小さい音が、すぐ隣から聞こえてくる。アルフレッドは、それを聞いて途端に胸の心臓がひっくり返るようだった。ドキドキと興奮した。暗闇に一人閉じこめられているという意識は、今は、この人と一緒に閉じこめられている、という意識に変わったのだ。右にいる人は、男の人だろうか、女の人だろうか、若いのか、年老いているのか、アルフレッドは気になった。<br />
「じっとそのまま動かないで下さい。喋らないように」コリーンのアナウンスが入った。<br />
　アルフレッドは隣の住人を気にしながらも、大人しくしていた。<br />
<br />
　ずっと同じ姿勢をしているせいで、だんだんと体が痛くなってきた。とくに地面と触れている尻が痛い。体を思いっきり伸ばせたらどんなに楽だろう。アルフレッドはそんな事ばかり考えていた。<br />
　ぽん、とアナウンスが鳴った。<br />
「どうぞ、みなさん。疲れてきたかと思われます。体を自由に動かしてみて下さい。ただし、喋ってはなりませんよ」<br />
　朗報にアルフレッドは心から喜んだ。やっと尻の苦しみから解放される。とりあえず腕を伸ばし、伸びをしてみる。すると、隣の人も一緒に身動きをしたらしく、アルフレッドの右手の指先に何か、柔らかいものがぶつかった。アルフレッドは驚いて、腕を引いた。おそらく、先ほど隣の人の体の一部に触れたのだ。<br />
　アルフレッドは隣の人にまたぶつかるようなことがないよう、距離を置くため、左側の壁に身を寄せる。隣の人も、ごそごそと、衣が擦れる音を出しながら、動いていた。<br />
　楽な姿勢をとりながら、アルフレッドは、ぼうと闇を眺めていた。何もすることがないと言うのは退屈だし、つまらない。ぼうとするのに飽きると、アルフレッドは思考を巡らし始めた。この実験はいったいどんな心理を計ることを目的にしているのだろうか。次はどんな指示がやってくるのだろう。本来アルフレッドは、うんうん唸って考える事が苦手なのだ。今は他にすることが何もないので、仕方なく考えている。やがて、アルフレッドはそれを考えることを放棄し、アルフレッドは隣にいる人に注意を向けた。だけど、隣の人も、何をするでもなく、じっとして、息をしているだけなので、アルフレッドはだんだん、音の出る加湿器を隣に置いているような、変な気分になってきた。退屈だった。時間の流れが、とても遅く感じる。<br />
「指示を出します」<br />
　だいぶ時間が経ってから、コリーンのアナウンスが始まった。<br />
「えー&hellip;&hellip;、あなたの隣の人と手を繋いで下さい。喋ってはいけません」<br />
　放送が終わると、アルフレッドは、さっそく右手を伸ばした。指示の通りに動かなくてはならない。たとえ繋ぎたくなくても、それは許されない事だった。<br />
　隣の人の手が、どこにあるのか見えないので、アルフレッドは自分の手を宙でさまよわせて、隣人の左手を探した。ばし、と何かに手を叩かれる。だけど、あっと思う間もなく、それは、すぐにアルフレッドの右手首を掴み、アルフレッドの手のひらを、逃がさないと言いたげに強く握ってきた。だが、強く握ったのは最初だけで、その後は、力を入れず、緩い握り心地になった。<br />
　アルフレッドは自分から相手の手を見つけて握るつもりが、逆に向こうから捕まえられるような形で握られてしまったので、驚き、うろたえた。そりゃあ、相手だって生きた人間である。意志を持って、自分から動いたりもするのは当然だ。だけど、変な事だが、アルフレッドは、相手が動かないものだとでも思っていたようなのだ。だから、こうして先に動かれて、びっくりしている。<br />
　更に、アルフレッドは、他人と手を握っている今の状態が何だか恥ずかしかった。自分の体が小さくなって、右手だけが巨大化したような気持ちだった。神経が全部右手に集中しているようだ。それほど、他人と握られた右手の存在感が大きかった。<br />
　自分の手が汗ばんでいないか、震えていないか、アルフレッドは、ちらちらと気にした。とにかく、自分の緊張が隣の人に伝わることを、アルフレッドは恐れた。<br />
　人は初対面の相手に良い印象を与えたいと願っているものである。決して変人だなんて思われたくないのだ。それが故に、アルフレッドは自分の左手が、正常であることを望んだ。<br />
<br />
　手が気になって、胸がそわそわ落ち着かない。緊張のしすぎで気分が悪くなり、アルフレッドは右手から意識を離す努力をした。その為、アルフレッドは闇を鬼の形相で睨みつけるのを二十分ばかし続けなくてはならなかった。なぜ二十分かと言ったら、二十分経ったその時、隣人の手がピクリと動いたのだ。その動きに意識を持って行かれたアルフレッドは、鬼の睨みを中断せざるを得なかった。隣人の手が動いたのは、その一回きりで、後は普通に手を握っていた。何のつもりで動いたのか。アルフレッドはわからない。動いたことに、まるで意味はなかったのかもしれない。<br />
<br />
　アナウンスが鳴った。<br />
「みなさまお疲れさまです。最後の指示を出します。これで最後です」コリーンが盛大に息を吐いて、言った。<br />
　さて、いよいよ最後の指示だ。これが終われば、金庫から出られる。お金も手には入る。なんだって来い。アルフレッドは手を揉んで待ち望んでいた。だが、コリーンの口から出た命令は、とても難しいものだった。<br />
<br />
「最後の指示です。隣人とキスを交わして下さい。喋ってはなりません」<br />
<br />
　キス。顔も声も知らない、今日会ったばっかりの他人とキスをしろ。<br />
<br />
　出来るわけないぞ！　アルフレッドは青ざめ、頭を抱えた。好きでもない相手とキスなんて嫌だ。汚れのない純粋な心を持ったアルフレッドは、そう思った。だけど、やらないと終わらないのだ。それはわかっている。<br />
　隣人がアルフレッドの右手を引っ張った。奴はやる気だ。だが、アルフレッドは拒否した。手を引かれても、体を石のように固くして梃子でも動かなかった。<br />
　どうせここは暗い。キスをしなくてもばれないだろう。そういう甘い考えがよぎった。だが、よくよく考えてみれば、金庫の中に暗視カメラが仕掛けられているのは明白だった。なんせ、実験なのだ。実験を観察する者は、実験を細部まで見届けるのが仕事だ。カメラは確実に仕掛けられているだろう。<br />
　アルフレッドは腹をくくり、深呼吸して、隣人の方に体を向けた。隣人はアルフレッドの腕に触れ、上の方に手を辿っていく。隣人はアルフレッドの唇を探しているのだ。アルフレッドも両手を伸ばし、隣人の顔の場所を探した。すると、細い、筒状のものに触れる。おそらく首だ。アルフレッドはそのまま手を上に辿る。ぽっこりとした喉仏があった。男？　まだわからない。少々不安になりながら、アルフレッドは手を上に持って行く。しっかりとした顎のエラの形がわかる。耳の後ろに手を持って行くと、長めの髪に触れる。うねりのある髪だった。手櫛がよく通り、サラサラとシルクの肌触りだ。そして、髪に入れた手を動かすと、微かに、シャンプーの香りが匂った。アルフレッドは両手を髪から離し、隣人の頬に触れる。なめらかな頬の上を滑らせるように手を動かし、口を探そうと顎に触れると、太い毛のチクチクとした、ざらつきがあった。顎髭だった。え&hellip;&hellip;？　&hellip;&hellip;男！？<br />
　だが、次の瞬間、アルフレッドの唇は塞がれた。頭を支えるようにされ、何度も角度を変えながら、アルフレッドの唇は隣人のプロテクニックによる舌技で味わいつくされた。<br />
<br />
　こんなに疲労した気持ちは初めてだ。たぶん男とキスをしたせい。仕事みたいなもので、そこに意味はなく、機械的な接触と考えればいいのだろうけど、ファーストキスを男に奪われたと思うアルフレッドの気持ちは、どんぞこであった。<br />
　実験は終わり、被験者同士が鉢合わせにならないように、一人づつ順番に金庫から出された。隣人はアルフレッドよりも先に出て行った。<br />
　やがて、アルフレッドも金庫から出され、体にに取り付けた機械をコリーンに返して、簡単な診断を受けて、別室に連れて行かれた。<br />
　別室には、ジェーンというナースが居て、彼女はアルフレッドに数枚の写真を見せた。それぞれ男女一人づつの顔写真だった。<br />
「この中にあなたと同じ部屋に入れられていたパートナーがいるわ。あなたと手を繋ぎ、キスをした相手よ。あなたは、どれがあなたのパートナーかわかる？」ジェーンはクイズを出すみたいに尋ねた。<br />
　アルフレッドは自分の手で触れた感触を思い出しながら、写真を睨みつけた。そして、一枚一枚眺めている内に、ある一人の写真で目が留まった。それは白人男性の写真で、彼は、金色の長い巻き髪であった。それから顎に髭が僅かに生えていた。彼は青い目をしていて、写真の前で、とろけるような笑みを浮かべている。とてもハンサムだった。この人かもしれないと思った。だけど自信はなかった。アルフレッドは他の写真も見た。顎髭が生えていて、髪の長い人を探した。そして、見つけた。その男は、もじゃもじゃ頭で、顎髭が生えていた。とても太っていて、ぶさいくな男だった。アルフレッドは彼を指で示して言った。<br />
「たぶん、この人だ&hellip;&hellip;」<br />
<br />
　報酬を貰ったというのに、心は浮かれていなかった。精神的なダメージの影響で、疲労がたまり、体の水分が萎んだようになってる。頭の天気は曇り空。今にも雨が降り出しそうだ。気が重くて、ぶっ倒れてしまいそうだぞ&hellip;&hellip;。アルフレッドは、とぼとぼと下を見ながら廊下を歩いていた。<br />
　出口から、治験の建物の外へ出ようとした所で、アルフレッドは誰かにぶつかった。<br />
「おっと！　ごめん」<br />
　顔を上げて、すぐさま謝ったアルフレッドは、目の前に立つ相手を見て、ぎょっと息を飲んだ。なんと、あの写真の金髪ロン毛に、顎髭の、ハンサムな男が立っていたのだ。<br />
「わるいな。大丈夫？」男がアルフレッドを慰めるように声をかける。<br />
「だだ、だいじょうぶ、だぞ」<br />
　アルフレッドは面食らった。自分とキスした相手かも、と疑った相手がいたものだから。動揺している。だが、彼は違う。アルフレッドは首を振る。アルフレッドがキスした相手はブ男だった。だから&hellip;&hellip;。<br />
「チョコチップクッキー」<br />
「へ？」<br />
「甘い香り。お前の体から、ガトーの匂いがする」男はパチン、とウィンクする。「もしかして、同じ金庫に入れられていたか？」<br />
「君も被験者だったのかい？」<br />
「そうだよ」男は楽しそうに笑った。<br />
　アルフレッドは男の顔をまじまじと眺める。彼が自分の隣人だったのだろうか。判断が付かなかい。困った顔をすると、金髪の男が、さりげなくアルフレッド手を取った。<br />
「触ってみて」<br />
　彼はアルフレッドの手を、自分の髪に触れさせた。<br />
　さらさら。<br />
　アルフレッドは目を見開く。指に絡まるシルクのこの肌触り、覚えがあった。<br />
　彼はアルフレッドが動転して固まっているのを良いことに、アルフレッドの指先に口付けた。<br />
「良い思い出になったよ」<br />
　彼はそれだけ言うと、アルフレッドに手を振って、街へ去って行った。<br />
<br />
<br />
<br />
「ただいま」<br />
　アルフレッドは自宅の玄関の扉を開けた。<br />
「アル！」<br />
　家の奥からマシューが慌ただしく飛び出してくる。<br />
「君っ、非道いよ！　僕を置いて、勝手に一人で&hellip;&hellip;っ、て、あれ？　どうしたのアル？　君、なんか様子が変だ&hellip;&hellip;」<br />
「そうかい？」<br />
「ねえ、都会で何があったんだよ？」<br />
「うん、」アルフレッドは顔に笑みを浮かべる。「凄いことさ」<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　―完―</div>]]>
    </description>
    <category>フラアル</category>
    <link>https://aldaisuki.ko-me.com/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A2%E3%83%AB/%E6%97%85%E2%91%A1</link>
    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:25:11 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>旅①</title>
    <description>
    <![CDATA[とある田舎町に、１９歳の青年、アルフレッド・Ｆ・ジョーンズは住んでいた。彼は大学生であり、平日は学校に通わなくてはならなかった。だが、そんな日々を、アルフレッドはよく思っていなかった。というのも、彼にとって勉学はつまらないし退屈だったのだ。数字の羅列や、文字の羅列を見ていると、頭が窮屈になって、埃を飲み込んだみたいに息苦しくなってしまう。アルフレッドは楽しい遊びや、スリルが大好きだった。だから、大学に行けば、本来の目的である勉学をせず、大学のグラウンドを走り回ったり、友人と体育館でバスケをしたり、授業をさぼって校内を散策して、バッタリ会った教師に、単位がどうこうと説教されたりしていた。<br />
「どうするんだ、アルフレッド・Ｆ・ジョーンズ。君は大学に何をしに来ているんだね」バーム教授は白髪の老人である。いつもピンクのトレーナーに、迷彩のズボン、よく磨かれた皮の靴を履いていた。彼はやせていて、とても背が低かった。笑うと両頬にえくぼができた。彼は自分は権威があり、偉いと思っていて、学生に語りかけるときは、胸を反らし、君に話すために大切な時間をとられているのだと言いたげに不機嫌そうに口を歪めながら話した。<br />
「君はその他大勢のまじめな学生に比べると、あまりに熱心でないね。注意散漫で、勉強を嫌いな節があるようだ。だが、それではいけないよ。若い内は何をしても許されると過信してはいけない。若い内だからこそやらなくてはならないことがある。それが勉強だ。私たち大人は、長い人生の経験の中で勉強こそ一番大切なものであると知った。子供の内に学んだことが、将来大人になるうえで、非常に役に立つと。若い内は知ることが出来ない。大人になってはじめて知ることだよ。ジョーンズ？　ちゃんと私の声を聞いているか？　耳だけこちらに向けて顔はどこを向いている？　ん？　いいかね、よく聞きなさい。大事なことだ。何のために義務教育がある？　大切だからだ。私を含め大人たちは子供たちの未来を常に案じている。君たちには後悔のない人生を歩んで欲しいんだ。無駄に苦しむなんて事しなくていい。大人たちが作った法律は、未来の子供たちが道に迷わないために存在する。人生経験から得た真理が、そこにある。私が言いたいのはだね、ジョーンズ君、君は勉強をしなくてはならない。鉛筆を握って、教科書とノートを開きなさい。先生が話すことをすべて暗記しなさい。君のご両親も望んでいる。君は偉くならなくては。賢くならなくては。それが、君の、人生の目標だ。しっかりしなさい。何のために大学が存在すると思っているんだね。何のために君は大学に来た？　しゃんとしなくてはならないよ、ジョーンズ」<br />
　大人というのはアルフレッドにとっては敵だった。自分の楽しみの時間に割り込んで、説教を永遠と垂れる。食事にたかる蠅のように煩わしい。うるさい羽音を響かせて、頭の周りをぶんぶんと飛ぶのだ。アルフレッドは大人ぶった大人が苦手だった。大人の多くは本当は大人ではないと知っているからだ。道路に痰を吐くおじいさんや、車からたばこの吸い殻を捨てる大人を見てきた。道で肩がぶつかっただけで大喧嘩する大人も見た。陰口を言って、それを話すのが極上の楽しみであるかのように笑う人、自分の利益のため、人をおとしめようとしている人、思い通りにならないとへそを曲げる大人。大人は子供と同じだ。そんな大人に信頼なんて置いていない。だから、彼らの説教なんて、ぜんぶ、いちゃもんに聞こえてしまうのだ。<br />
　アルフレッドは自分自身を信頼している。自分のすることが正しいと過信している。自分の脳で考えたことが、世の中の真理であるはずだ、そうにちがいないと考えていた。何か間違いがあれば、自分で必ず気づくはずだと思っていた。気づかず失敗しても、人生には挽回できるチャンスが必ずあるから平気だと楽観する節があった。<br />
<br />
　楽しいことが好きだった。おもしろいことや、興奮できることが好きで、それらを味わうために、アルフレッドはいくらでも行動的になれた。だが、最近、アルフレッドは不満だった。19年間生きてきた中で、思いつく楽しみはすべて味わってきた。味わい尽くしてしまったようにすら感じる。アルフレッドは今の生活に飽きを感じ始めていた。だから、都会に行きたいと思った。都会に行けば、今の田舎の中の生活よりも、もっと楽しく、興奮できる新しい遊びを体験できるだろうと思ったのだ。何もない田舎には、もううんざりしていた。<br />
　都会に行くには金が必要だった。アルフレッドはフードショップでアルバイトをし、なんとか、都会に行くだけの金をためる事が出来た。この金で、今度の夏休み、都会に行こう。そして、新しい都会の遊びを満喫してやるんだ。<br />
　アルフレッドの夏休みの一人旅は密かに計画され、着々と準備を進められた。都会のガイドブックも買ったし、旅先の周辺情報をネットや、本で色々調べた。とにかく都会は田舎よりも危険だという事がわかった。なんでも、都会にはスリや、乞食がその辺にうろちょろしているらしいのだ。特に、柄の悪い若者が多く生息している地域があり、そこを通れば、慣れていない奴は必ずかつあげされるという話である。アルフレッドはいつスリにあっても良いように、靴にちょっとした細工をし、そこに紙幣を隠せるようにしなくてはならなかった。<br />
<br />
　準備は完璧だった。金も集めた。都会行きの電車の切符も取り寄せた。リュックには救急箱と、下着、靴下、それからガイドブックを入れた。着替えもほんの少し入れた。夏休みはもうすぐだ。後、何か忘れていることはないか、アルフレッドは腰かけたまま考える。<br />
「おっと！　大事なことを忘れる所だったぞ」<br />
　アルフレッドは慌てて立ち上がると、おもむろに机の引き出しから紙とペンを取り出し、紙に何か書き出した。<br />
「でぃあ&hellip;&hellip;マム&hellip;&hellip;ダッド&hellip;&hellip;アンド、マシュー&hellip;&hellip;」<br />
　しばらく旅に行ってくるぞ！　心配ご無用！　まあ、そんな事を書いた。この手紙は封筒に入れられ、しっかりとのりづけされ、旅の当日まで机の奥にしまって置かれた。前日に家族に旅のことを打ち明けようものなら、なんと言われるか分かったものではない。アルフレッドの家族はとても心配性だった。事に、アルフレッドに対してだけは、家族中の誰もが、常に目を光らせていた。アルフレッドが遊び人で、落ち着きなく、危なっかしいという特性を彼らはよく知っていた。アルフレッドが未来するであろうドジの事を恐れ、心配していた。だから、アルフレッドが一人で危険な旅に行くと言い出したら、きっと意地でも彼らは止めるだろう。<br />
　アルフレッドは、自分の楽しみを邪魔する手を避けるために、旅のことをずっと黙っていた。家族はおろか、友人にも話さなかった。アルバイトでためた金の使い道を聞かれても、適当にごまかした。すべては順調だった。旅のその日までは&hellip;&hellip;。<br />
<br />
「アル、ちょっといいかい？」<br />
　今夜、都会行きの列車に乗って出掛けるという時、時刻は夕刻だった。あと三時間後に家を出なくてはならない。双子の片割れのマシューが、アルフレッドの部屋のドアを叩いた。<br />
「なんだい？」アルフレッドは、つとめて平静を装い、リュックをベッドの下に隠してから、ドアを開けた。<br />
　マシューは眉をひそめ、アルフレッドの脳味噌に隠した全ての計画を見透かしたように、目を細め、首を横に振った。<br />
「君、僕に内緒で、どこへ行くつもり？」<br />
　マシューは右手を持ち上げた。その手には、アルフレッドがリュックにしまったはずのガイドブックと、机の引き出しにしまっていた手紙が、封を切られ握られていた。<br />
「Ｏｈ、Ｎｏ&hellip;&hellip;。なんで君それを&hellip;&hellip;」アルフレッドはぎょっとして、頭を抱えた。<br />
「最近アルが妙にそわそわしていて、挙動不審だったから、探りを入れさせてもらったんだ。なんか変なものを隠しているんじゃないかって。で、その&hellip;&hellip;、君の部屋を隈無く調べさせてもらったのさ。それで見つけた」<br />
「マシュー&hellip;&hellip;！」アルフレッドは信じられない思いでマシューを見つめる。勝手に人の部屋に入ってきて物を漁るなんて、泥ねずみと同じじゃないか。血のつながった兄妹がこんな事をして良いと思っているのだろうか。これは裏切り行為にあたる。<br />
「部屋に勝手に入ったのは悪かったよ。でも、アルのためなんだ」マシューは多少の罪悪感に苛まれた様子で、苦痛に顔を歪め、感情を隠すようにアルフレッドから目をそらし、言った。「君は、ちょっと人よりも無鉄砲なところがある。行動力があるのは良いことだけど、君はそのせいで色々失敗をしてきた。僕はそういう君を見るのが辛かった。少し用心すれば防げる罠に、君はよく落っこちる。僕は君が、いつかとんでもない目に遭うんじゃないかって心配しているんだ&hellip;&hellip;」マシューは涙を堪えるように唇を噛み、首を振った。「一人旅は危険だよ！　しかも、君が行こうとしているのは都会じゃないか。一番危険なところだ。殺人鬼や、マフィアがいるらしいじゃないか。いいかい、田舎からのこのこやってきた赤ん坊の君は、奴らの格好の餌食になるだろうさ。そして、金を奪われて殺されるんだ！」<br />
　マシューは感情的に叫ぶと、アルフレッドが家族のためにしたためた手紙をびりびりに破り捨てた。床に散らばった紙の破片を見て、アルフレッドは圧倒されていた。<br />
「落ち着いてくれよ、マシュー。殺されるなんて考え過ぎさ。都会は警備がしっかりしているし、へたしたら田舎よりも安全だぞ」<br />
　アルフレッドはマシューを宥めながら、しきりに廊下を気にしていた。階下で夕食を作っているだろう母親の存在が気になったのだ。<br />
「マシュー、もしかして、君、パパやママに言ってしまったのかい？　俺が出掛けることを」<br />
　アルフレッドが恐る恐る尋ねると、マシューは、気が抜けたように笑った。<br />
「まだだよ。でも、これから言うつもりさ。君の行動しだいでね」マシューは鋭くアルフレッドを睨みつけた。彼はアルフレッドが出掛けることを絶対に許さない気だ。マシューは優秀な番犬みたいな奴だった。<br />
「ＯＫー、わかった、いかないよ」アルフレッドは、ここはへたに抵抗すべきじゃないと、さも諦めたかのように両手をあげ、ベッドに身を投げ出した。<br />
「何しているの？」<br />
「もう行くのをやめたから寝るんだぞ」そう言いながら布団をかぶる。<br />
「まだ、夕方の六時だよ。そうやって僕を油断させて、僕が居なくなったら、こっそり家を抜け出す気だろ？　そうはさせないんだからね！」<br />
　マシューはズカズカと部屋の中に進入してくると、椅子を引っ張ってきて、アルフレッドのベッドの前に置き、その上に座った。<br />
「マシュー！　やめてくれよ！　君がそこに座っていたら気になって眠れないじゃないか！」<br />
「僕が居なくてもちゃんと寝るのかどうか怪しいね！　僕は君が変な事をしないように、ここで見張っているんだ！」マシューは頑なに言い張ると、胸の前で腕を組んで、アルフレッドを見下ろす。一歩でも動いて見ろ、その時は容赦しないぞ、と言いたげだ。<br />
　アルフレッドはべそをかいた。このままマシューに居座られたんじゃ、家を抜け出せずに電車に乗り遅れてしまう。せっかく切符を買ったのに、台無しだ。なんとしてでもこの場を切り抜けなくては。<br />
「オウケイ。マシュー。こうしよう。羊を数えてくれよ。君がその優しい声で数えてくれたなら、俺はぐっすり眠れるぞ」<br />
「いいよ」<br />
　マシューは羊を数えだした。アルフレッドは、彼が数えるひつじの数をまったく聞いちゃいなかった。もちろん、眠るつもりなんか、さらさらなかったからだ。しだいにに羊を数えていたマシューの声が小さく、頼りないものとなってきた。アルフレッドが、こっそりマシューの顔を伺うと、予想通り、だらしなく開いた口から涎を垂らして、目をうつろにしているマシューの顔があった。アルフレッドは笑いたいのを押さえ込み、マシューに羊の数をしばらく喋らせていた。マシューという人間はとても真面目である。アルフレッドは羊の数を数えて眠くなるというのがどう言うものかわからないが、マシューはそれが上手にできた。今日という日ほど、マシューの性格を有り難く思った日はないだろう。<br />
　マシューは、こっくり、こっくりと船をこぎ出す。<br />
「マシュー、声が小さくて聞こえないぞ。もっと近くで喋ってくれないかい。ほら、俺の隣に入っていいぞ」<br />
　アルフレッドが布団を空けてやると、マシューはのろのろと布団に入ってきた。<br />
「&hellip;&hellip;ひつじが、ひゃく、さん、びき&hellip;&hellip;ひ、ひつ&hellip;&hellip;じが&hellip;&hellip;」<br />
　やがて、マシューは寝息を立てて、ぐっすりと眠ってしまった。<br />
「ソーリー、マシュー」<br />
　アルフレッドは、目を閉じ枕に頭を預けているマシューのおでこに、そっとキスを落とし、静かにベッドを抜け出した。そして、リュックをとって部屋の外へ出た。階段を下りるときは、音で母親にばれないよう注意しながら下った。玄関のドアも、ゆっくり、静かに開けた。<br />
　やっと外に出ることができた。アルフレッドは外のなま暖かい風を浴び、その柔らかな大地を踏んだ瞬間、土を蹴って、全速力で走った。まるで背後の存在から逃げるように、ひたすら駅を目指して。ぜったいに彼らに捕まってはいけない。だけど、自分を追いかける人なんて、誰も居なかったのだ。<br />
<br />
　駅に着いたアルフレッドは、売店でチョコレートバーと缶のコークを買い、改札で切符を通して、ホームに停まっていた列車に乗り込んだ。列車の中には殆ど人が居なかった。アルフレッドは車両の真ん中当たりの席に来ると、その頭上の荷物置きにリュックを乗せ、座席に腰を落ち着けた。椅子はふかふかして、座り心地が良かった。寄りかかれば、その分体が椅子に沈んだ。<br />
　アルフレッドは窓のふちにコークとチョコバーを置いて、窓の外を眺めた。ぽつぽつと照らされた小さな明かりがあるだけの薄暗いホームを帰宅途中のサラリーマンや、どこかの学生が歩いていた。アルフレッドは彼らに手を振ってやりたい気分だった。これから都会に向かうんだ。期待と興奮で胸が高鳴っていた。道行く人に今の自分の状態を自慢して回りたい。へい、今から一人で都会に行くんだぞ！　凄いだろ！<br />
　アルフレッドは一人でにやけながら、コークの缶の蓋を開け、中身を一口飲んだ。びりびりとした炭酸が喉に流れ落ちていくと、気分が良くなった。<br />
「まもなく、二番線特急列車ＡＰ、発車致します」<br />
　プ――、と発射のベルが鳴る。やがて、アルフレッドの乗っている列車が、ゆっくりと前に進み出した。景色がどんどん後ろに流れていく。ついに駅は見えなくなり、見えるのは永遠に続く畑や野原ばかりとなった。旅は長い。アルフレッドは一眠りすることにした。<br />
　プ！　という列車の汽笛の音で、アルフレッドは一度目を覚ました。その時窓の外は真っ暗だったが、雨が降っているようで、窓にたくさんの水滴が点いては、窓の側面を垂れていった。アルフレッドはもう一度眠ることにした。<br />
　朝方、アルフレッドは目を覚ました。雨は降っていないが、早朝であり、空は青々と薄暗かった。都会に近いようで、窓からビルのような大きな建物や、住宅を沢山見ることが出来た。<br />
　アルフレッドは座席に座ったまま伸びをして、凝り固まった体をほぐす。もうすぐ都会だ。起きていた方が良いな、とアルフレッドは思い、飲みかけのコークを一口飲んだ。アルフレッドは顔をしかめる。コークはすでに炭酸が抜け、ただ甘いだけの水になっていた。不味くて飲めやしない。アルフレッドはコークを横にやり、代わりにチョコバーをとって、封を開け、それをかじった。中にピーナツとキャラメルが入っていた。甘くて美味しい。だけど、そのチョコは、口の中でなかなか溶けてくれなくて、アルフレッドはガムのように無理矢理噛んで、喉の奥に押し込まなくてはならなかった。<br />
　そうこうしている間に、列車は駅にたどり着いた。窓から見える町はすっかり都会だった。アルフレッドはここで降りる。荷台からリュックを降ろし、背中に背負って、出口から出た。朝日は昇っていたが、まだ早朝ということもあり、人は少なかった。プラットホームから階段を上って改札を通り、外の街に出た。ビルや、お店などの建物が沢山あった。遊歩道も整備され、あちこちに信号が建っていた。見るもの全てが新鮮だった。駅の前にずらりと駐車されたタクシーの行列も目新しくて、不思議だった。アルフレッドはガイドブックの地図を開きながら、街を少し歩いた。地図なんてあってないようなものだった。アルフレッドは地図を途中でしまい、通りを適当に歩いて行った。道行く人に挨拶をしながら歩いていると、自分も都会に住む人の一員になれたみたいに錯覚して、嬉しくて、終始にやけっぱなしとなった。<br />
　狭い路地や、入り組んだ道に入り、ずっと歩いている内に、アルフレッドは気がつかないまま、いつの間にか迷子になっていた。先ほどまであれだけあった店もなくなり、まわりは住宅ばかりである。不安ではあったが、歩いていれば、いずれまた街に出られるだろうとアルフレッドは楽観していた。さらに歩き続けると、あたりは美しい街の景観がなくなり、廃れた建物が多くなった。道路に落ちているゴミも目立つようになった。そこまで来て、アルフレッドはとうとう自分のミスを認めざるを得なかった。自分は道を間違えた。これ以上進んだってきっと良いことはない。みる限り、ボロい家々が立ち並び、ここが低所得者居住区であるとわかる。旅行客が来るには不釣り合いな所だ。アルフレッドは来た道を戻らなくてはいけないだろう。その時、アルフレッドは何者かに背中を思いっきり突き飛ばされ、地面に右半身を打ち付けた。咄嗟のことで、受け身もとれなかった。ぶつけた肩の痛みに顔をしかめながら、顔を上げると、目の前に柄の悪そうな若者の集団が立っていた。彼らはアルフレッドを取り囲み、意地汚く笑った。<br />
「おい、おまえ、こんな所に何の用だ？　用もねえ奴がこんな所に来て、おまえ、どうなるか、知っているか？」一人の若者は口から涎を垂らし、それを啜りながら態とらしくケタケタと笑って言った。<br />
「生意気な面しやがって！　ボコっちまうぞ！」別の若者がすかさず言った。<br />
「おいおい、待て待て。そう急ぐじゃねえよ」また別の若者が前の若者の興奮を落ち着かせるように言った。「俺たちは、お前の言い分を聞いてやる義務がある。で、何の用でここに居んだ？」<br />
　若者に聞かれ、アルフレッドは、すっかり困ってしまった。用もなく歩いていたと分かれば、彼らが自分をどうするか、分かり切ったようなものだった。<br />
「秘密の用件だな！」<br />
　アルフレッドが何も言わず黙ったままでいると、若者の一人がアルフレッドを指さし、叫んだ。彼の発言はアルフレッドの助け船となった。<br />
「薬だ！　そうだろう？　薬を買いに来たんだよ！」<br />
「そうか、お前、薬を買いにきたのか！」別の若者も興味深そうにアルフレッドを見た。「何が欲しいんだ？　エス、リーフ、紙もチョコもあるぜ。俺たちは薬の売り子をやってんだ。欲しい物を欲しい分まで言ってみろ」<br />
　アルフレッドは薬なんて欲しくなかったが、チョコレートなら買っても良いと思った。<br />
「うーん、チョコが、欲しいんだぞ」<br />
「ＯＫ！　着いて来な！」若者たちは手を打ち鳴らし、アルフレッドを路地裏に引っ張って行った。<br />
<br />
　アルフレッドは先陣を切って歩く若者の後ろを歩き、アルフレッドの後ろをまた別の若者が後ろを守るように着いて来ていた。アルフレッドは路地裏まで連れてこられると、更に細い路地に連れてこられた。時々窓のない廃墟をアーチのように潜りながら、また進んだ。アルフレッドは疲れを感じた。彼らはいったいどこまで連れて行くつもりだろう。<br />
「ねえ、どこまで行くつもりだい。もう足が疲れたぞ。店にはあとどのくらいで着くんだい？」<br />
「店なんてないよ」若者の一人が言った。<br />
「この辺でいいだろう」別の若者が言うと、若者たちは足を止めた。アルフレッドも真似をして立ち止まった。<br />
　辺りを見渡すと、周りには何もない。ここはかつて誰かが所有していた廃墟の庭であるらしく、長年手入れもされず放置されていたせいで、雑草が腰の高さくらいまで生い茂っていた。見た目は、ずいぶんと見窄らしい荒れ地だった。<br />
「おい、いくら持っているんだ？」<br />
　若者に肩を叩かれ、アルフレッドは、はっとして、すぐにポケットから小銭を取り出し、若者に差し出した。<br />
「これで買えるかい？」<br />
　若者はアルフレッドから小銭をかっさらうと、その数を一枚一枚数えて、全部数え終わると、彼の顔はみるみるうちに真っ赤になった。<br />
「舐めているのか！」若者はつばを飛ばしながら叫んだ。アルフレッドから奪った小銭を自分のポケットにしまうと、彼はアルフレッドの胸を突き飛ばす勢いで、強く小突き、アルフレッドを罵倒した。<br />
「このくそったれめ！　これっぽちの金でチョコを買いたいだと！？　お前のような馬鹿は初めてだ！」<br />
　アルフレッドは訳が分からなかった。チョコレート一枚買う分には十分な金額を渡したのに。なんだって怒られないといけないのだ。アルフレッドはまたも若者たちに取り囲まれてしまった。<br />
「俺たちを馬鹿にしているんだな！　金持ちのクソ野郎め！　思い知らせてやる！」<br />
　若者の一人はズボンのポケットから抜き身のナイフを取り出すと、刃先をアルフレッドの首に向けて脅してきた。アルフレッドは刃物を見てぎょっと驚き、身を縮こませた。それは明らかに自分を殺すために向けられたものであったからだ。殺されるかも知れないと思うと、あまりの恐怖に血の気が引き、体がぶるぶると震えた。恐怖を味わうと、体は緊張するもので、アルフレッドは何度も呼吸に失敗し、息をたびたび飲みこんだ。若者は、そんなアルフレッドの怯えた青い顔を見て、満足そうに笑った。<br />
「今からこのナイフでお前の柔らかい体をズタズタに切り裂いてやるぜ。どこから切ろう&hellip;&hellip;？　首か？　顔か？　腹かぁ～？」<br />
「マー坊、やめろ」別の若者が、ナイフを持った若者を制した。「問題ごとを起こすな。警察の豚に目を付けられたら面倒だ。そして、そこの金髪眼鏡。命が惜しくば全財産とその大きな荷物を置いて、どっかへ行っちまえ！」<br />
　金も荷物も置いていきたくないアルフレッドは迷っていた。そのまま逃げたら、捕まるだろうか。それとも逃げきれるだろうか。<br />
「早くしろ！」<br />
　アルフレッドは逃げようとした。逃げきれる可能性に賭けたのだ。だが、こういうことに手慣れた若者が見過ごすわけがない。アルフレッドが逃げるための一歩を踏み出すと、彼らは早速見事なチームワークで、回り込んだ雨雲のごとく、恐ろしい早さでアルフレッドの逃げ道を塞いだ。彼らの一人は足を引っかけて、アルフレッドを転ばせることに成功した。<br />
「この大馬鹿野郎め！」<br />
　次の瞬間、どかん、とアルフレッドの脳が揺れ、目の前に星が散った。<br />
　誰かに石で頭を殴られたのだ。アルフレッドは頭から血を流し、ぱったりと意識を失った。<br />
<br />
<br />
　耳元で、高く唸る不気味な声で、アルフレッドは目を覚ました。それが蚊だとわかると、アルフレッドは蚊のあのしましまとした体の模様を思い出して、ぞくっと寒気がして、鳥肌が立った。虫の中でも、蚊は嫌いだった。アルフレッドは耳の横で手を振り回し、首を振り、蚊を追い払った。だが、血に飢えた蚊はしつこい。アルフレッドの肌になんとか留まろうと、執拗にまとわりついてくる。アルフレッドは起きあがった。すると、急に起きあがったせいで、少しめまいがした。足を踏ん張って、めまいをやり過ごし、頭のふらつきが落ち着いてから、辺りを見渡した。周りに人は居なかった。荒れ地に、自分だけ、一人、ぽつんと居た。あの若者たちも居ない。アルフレッドは自分の背中がやけに軽いことに気がついた。リュックがなかった。ズボンのポケットを探すと、財布もなかった。いくら周りを見渡しても、自分のリュックの色は見つからない。もちろん茶色い皮財布も見つけられなかった。<br />
　盗まれたんだ。<br />
　アルフレッドは自分の額をぴしゃりと叩いた。これはまさかの失態だ。<br />
　とりあえず、アルフレッドは蚊から逃げるために歩き出した。歩きながら考えた。まったく腹が立つんだぞ。アルフレッドは悔しくて泣きそうだった。あんまりだ。彼らは人が眠っている内に、アルフレッドの全てを盗んで行ってしまった。都会に来て、これから楽しもうって時に必要な物が全て、全部奪われた。もうダメだ。もう楽しめない。アルフレッドの目の前は途端、真っ暗な闇の蓋に塞がれてしまったかのようである。アルフレッドの遊びは、若者に荷物を奪われたせいで終わってしまったのだ。こうなれば、このまま都会にいることは不可能だ。家に帰らなくてはならない。だけど、このまま帰るのは嫌だった。それに、帰りの電車代もないのだから、そもそも帰ることは出来ない。アルフレッドはため息をついた。それは、安心したからだ。帰らないといけないのに、帰らなくても良いとわかったからだ。まだ、都会の空気を吸っていたかった。<br />
<br />
　アルフレッドは駅の方まで戻ってきた。朝来たときより、人が沢山居た。人々は、わらわらと一斉に巣から飛び出してきた蟻みたいである。彼等は彼等の目的地に向かって歩いていく。アルフレッドは、そんな彼等を横目に、行き宛もなく、ぶらぶらと駅の周りを歩いた。何の気なしに歩いているように見えて、アルフレッドの体はへとへとに疲れていた。ずっと歩き通しだったのだ。足だって、疲労を訴えてきている。殴られた頭だって、傷は塞がっているけど、未だに鈍く痛んでいた。<br />
　これからどうしようとアルフレッドは考えた。とりあえず今晩の宿を見つけたい。体は今すぐに休息を欲している。<br />
　安い宿を探して歩いて、アルフレッドは一件のスパを見つけた。雑魚寝にはなるが、体を休めるには十分だった。アルフレッドは靴の中に隠していた金を取り出す。有り難いことに、若者たちは靴の中までは調べなかったのだ。今残された全財産は、靴の中の三十ドルだけだった。<br />
　アルフレッドは僅かに臭う金を、受付のボウイに支払うと、スパに入った。<br />
　スパにはシャワーもあるし、ネットにつないだパソコンも借りられた。ちょっとした夜食や、朝食もついているのは便利だった。<br />
　アルフレッドは早速シャワーを浴びて、体の汚れを落とし、雑魚寝部屋に移動して、ずらりと並べられた真ん中辺りのベッドに体を横たえると、そのままぐっすり眠った。<br />
　目が覚めると、アルフレッドは夜食を取った。ミルクと、ハムエッグ。バターロールは好きなだけ食べることができた。それからカボチャのスープも飲んだ。とても美味しかった。お腹が満たされると、アルフレッドは腹を撫でながらパソコンルームへ向かった。<br />
　というのも、アルフレッドは調べ物をしなくてはならなかった。今はお金がない。そのお金を手に入れる方法をこれから調べるのだ。アルフレッドはパソコンを一台起動し、ネットに接続した。そして、検索画面を開くと、そこにワードを叩き込んだ。<br />
「すぐに大金を手に入れる方法」<br />
<br />
　３０分くらい、アルフレッドはパソコンの画面と睨めっこをしていた。それから、更に３０分経って、アルフレッドはようやく望んでいた情報を得ることが出来た。自分の仕事ぶりを労った後、アルフレッドは検索結果を紙に印刷し、それを小さく折り畳んでポケットにしまった。<br />
　その時、誰かがパソコンルームに入ってきた。<br />
「やあ、こんな遅くに調べ物か？　ご苦労なこった」<br />
　そう声をかけてきた彼は、大学生のような出で立ちだった。顔は幼いし、黒い髪にはワックスをぺったりと塗っている。服装は、ジーンズに、緑色のワイシャツだった。彼はやたらに眉を上げ、瞼の皮膚を伸ばして目を細め、変な表情を作った。彼はその表情が格好いいとでも思っているかのようだった。<br />
「俺の検索は今終わった所さ。このパソコンは優秀だ」アルフレッドはシャットダウンして真っ暗になったパソコンの画面の頭を、労るように撫でた。「君も何か調べ物かい？　いい情報が見つかると良いね」<br />
「いや&hellip;&hellip;」大学生風の男は半笑いで首を横に振った。「僕は、調べ物をしに来たんじゃないよ」<br />
　彼は、ずかずかとアルフレッドの近くまで歩いてくると、馴れ馴れしくアルフレッドの腕に触れた。「窓から覗いたら、中に、なかなかのイケメンが居たものだから、声をかけたのさ」<br />
　男は恍惚した顔で言う。そう言いながら、アルフレッドの腕の産毛を撫でる。<br />
「良い体をしているね。それに君の瞳は本当に綺麗な色だ。まるで銅湖のようだ。この美しさは近づかなければわからない。もっと近くで見たら、今見えるのより綺麗に見えるかな？」<br />
　男がアルフレッドの唇にキスする勢いで顔を近づけてきたので、アルフレッドは首を後ろに反らし、男の頭を手で押さえなくてはならなかった。<br />
「何なんだい？　気持ち悪いぞ。君」<br />
　彼は傷ついた顔をした。<br />
「ゲイじゃないの&hellip;&hellip;？」<br />
「なんだって？」<br />
「ここに来る連中の殆どはゲイなんだ。もちろん客の中には、ゲイじゃない人も少なからず居るけど。でも、君はゲイみたいな顔だった。だから声をかけたのに」<br />
　彼は非難がましく言った。アルフレッドは何と言ったらいいか&hellip;&hellip;、乾いた笑いが出た。<br />
「ゲイじゃないよ」<br />
「そうか。それは、悪かったね。時間を無駄にした。じゃあ」<br />
　男は、苛立ったようにそう言うと、アルフレッドに手を振って、パソコンルームから出ていった。<br />
　アルフレッドは、身をすくめた。この後、雑魚寝部屋へ戻ろうとは思わなかった。あそこに戻ったら、自分の体が誰かに奪われてしまうのでは、と心配したのだ。性に関して、アルフレッドは極端に敏感だ。自分が今まで性の経験をしてこなかった童貞だったから、余計に性という問題を恐れ、恥ているのだ。セックスがどのようにして行われるのかもアルフレッドは知らない。だけど、子供がセックスをするのは許されない事だとは思っている。アルフレッドは１９歳でありながら、自分のことをまだ子供だと思っていた。<br />
　アルフレッドはスパを出た。スパの建物が、とても卑猥に思えて、気持ちが悪かった。<br />
<br />
　それからアルフレッドは、街をさまよい、夜を明かした。朝日が昇ると、元気が出てきた。なんせアルフレッドには目的があった。アルフレッドはポケットから紙を取り出して広げた。そこに描かれていたのは地図だった。遊ぶのには金がいる。早く着いてしまったら、周辺で時間をつぶせば良い。アルフレッドは地図の場所に向かった。<br />
<br />
　都会の中に、まさか山があるなんて思わなかった。山の道は、広々とした道路で舗装されていたので、山を登るのは比較的楽だった。山を登りきる途中の横道に入った所に、そこはあった。黒い鉄柵の門が立ちはだかる。だが、その柵は鍵が開いていて、誰でも自由に開けられた。<br />
　アルフレッドは敷地内に進入する。大きな建物が建っていた。入り口に呼び鈴がある。押すと、自動ドアのように入り口のドアが開いた。中に入ると、すぐ、受付のカウンターがあって、そこにナース服を着た女性が座っていた。<br />
「なんのご用件で？」ナースは愛想笑いもせずに、事務的に尋ねた。<br />
　アルフレッドはナースに印刷した紙を差し出す。<br />
「ネットで見たんだ。これを」<br />
　ナースは紙を受け取り、しばらく紙に書いてあることを黙読すると「わかりました。こちらへどうぞ」とカウンターから出てきて、アルフレッドを親切に建物の奥に案内してくれた。<br />
　アルフレッドは狭い会議室のような所へ通された。小さな机と、椅子が二脚ある。アルフレッドは椅子に腰を落ち着けた。五分もしない内に担当の者が現れた。<br />
「治験に協力してくださるという話でしたかな。あなた」背の低い眼鏡をかけた中年の男が、白衣を翻し急々とやってきて、テーブルの上に紙の束を広げる。<br />
「ああ、そうさ。ネットで見つけたんだぞ」<br />
「なるほど。そうですか。ありがとうございます。私はコーリンといいます。治験と言っても、ただ、血圧を測って寝るだけの数時間のものから、薬を服用して二、三日体調をみるようなものがあるのはご存じですかな？」<br />
　コーリンはアルフレッドにパンフレットを数枚手渡す。<br />
「ああ。ネットで見たから知っているぞ」<br />
　コーリンはガサガサと、机に広げた資料の束を漁る。そして、一枚の紙を見つけて、引っ張り出した。<br />
「今行われているテストはこちらに書かれてあります。数人のグループと一緒に行う物が殆どですから、メンバーが集まり次第、こちらからテストの開始日を連絡して、それで被験者の方にこちらに来てもらうという形になっております」<br />
「悪いけど、今すぐお金が必要なんだ。すぐに参加できる実験とかはないのかい？」<br />
　アルフレッドが身を乗り出し、急きこんで聞くと、コリーンは、しばし呆けたように天井を見上げて、考えを巡らした。<br />
「あるにはあるんですけどね。今日の午後から行われる予定のテストが一つ。ですが、それはメンバーがすでに決まってしまっていて、急に横から申し込まれても、上がどう判断するか&hellip;&hellip;」<br />
「そうなのかい？　何とかならないのかい？」<br />
「聞いてみますよ」<br />
　コリーンは部屋を出て行った。コリーンが戻ってくるまで、アルフレッドは良い返事が出るように祈った。<br />
　コリーンは戻ってきた。だけど、彼の隣には別の白衣を着た男性が居た。<br />
「この方が、そうです」コリーンはアルフレッドを指さし、もう一人に言った。<br />
「ふほっ！」もう一人の男は、アルフレッドの顔を見て、嬉しそうに叫んだ。「彼は良い！」<br />
「だけど、被験者はもう決まっているんですぞ。&hellip;&hellip;数が合わない」<br />
「それなら、一人には辞退してもらおう！」<br />
　もう一人の男は興奮したように部屋を出ていった。コリーンはそんな男を見送り、アルフレッドを振り返ると、微笑んだ。<br />
「一つ質問させてください。あなたは同性愛の経験がありますか？」<br />
「ないぞ」<br />
「よろしい。では、あなたの参加を許可します」<br />
<br />
　アルフレッドは治験の説明を受けた。どうやら、内容は心理実験になるらしい。注射も薬もない。楽勝だ。<br />
<br />
　アルフレッドは金を手に入れるため、治験に参加することとなった。]]>
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    <category>フラアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:24:08 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ひび割れた心を塞ぐのは（後篇）</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>　病院の大部屋の一番隅っこのベッドで、アルフレッドは枕に頭を乗せ、横になり、ピンク色の壁をじっと見ていた。アルフレッドの右足はギプスで固定されており、更に右足がベッドにつかなように、右足だけフックに吊されて、ちゅうぶらりんに浮いていた。<br />
　骨折をした右足を治す手術は無事に終わり、今は痛み止めの薬を飲んで、安静にしている時間だ。<br />
　ベッドの傍らに、パイプ椅子を置いて、そこにアーサーが座っている。そのとなりに怪我をしたアルフレッドを心配して、アーサーと一緒にやってきたフランシスが立っていた。<br />
「痛むか？　アルフレッド」とフランシスは気遣わしげにアルフレッドに尋ねた。<br />
「今は痛くないよ。薬がきいているからね」<br />
「いかれた野郎め。よくも俺のアルフレッドに&hellip;&hellip;」アーサーは大事な家族を余所者に傷つけられ、心底怒っていた。フランシスは、病院なんだから静かにしろとか何とか言って、アーサーの怒りを宥めた。<br />
「そうだぞ。アーサー。静かにしてくれよ。騒いだりしたら他の人に迷惑じゃないか」<br />
　大部屋なので、他のベッドには別の入院患者が寝ていた。アルフレッドと同じように足や首を骨折している人や、骨粗鬆症の老人、などなど。<br />
　アーサーは怒るのを諦め、腕組みをしてアルフレッドを見下ろした。<br />
　アーサーは、アルフレッドが頭のおかしい男、イヴァンにどんな仕打ちを受けたのか、詳しく聞きたそうだったが、アルフレッドはそんなアーサーの様子に気づかない振りをした。なんだか、イヴァンからされたことを細かく話すのは、躊躇われたのだ。自分の弱さをわざわざ自分で語って聞かせるのが恥ずかしかったのかも知れない。そのほかに、イヴァンを庇いたいような気持ちも多少あった。ウクライナから聞いた可哀想なイヴァンの話が気にかかっていた。そんなんで、アーサー達が今知っているのは、アルフレッドが、ウクライナのイかれた弟に追い回されて、誤って崖から落ちてしまい怪我をしたという事だけだ。<br />
「ウクライナ、という女の子が言っていたんだが、服は返さなくていいとよ」<br />
　あの日、イヴァンに服を燃やされ、着る服がなかったアルフレッドが代わりに着たイヴァンの服は、今は畳まれ、ベッドのサイドデスクの上に置かれている。<br />
「&hellip;&hellip;表情がぼんやりとしているな。こいつ、眠たいんじゃないか」とフランシスがアルフレッドを指して言った。<br />
　アーサーはアルフレッドの顔をじっとみる。<br />
「別に眠たくはないぞ」とアルフレッドはアーサーに言った。<br />
　確かに頭がぼうっとして、同じ一点だけ見ていたいような脱力した気分であったが、眠いわけではなかった。<br />
　すると、アーサーは優しい顔になって、アルフレッドの頭を二、三度撫でた。彼は、弟を思いやる兄の顔をしている。こんな顔をアーサーにされる度、アルフレッドは、思い知るのだ。アーサーにとって自分はそれだけの存在でしかない。アルフレッドが欲してとうとう貰えなかった、アーサーの熱のこもった視線を浴びる事はできない。フランシスのような位置には決して行けないのだと。<br />
　いつもだ、いつもこの顔をされるたびに愛情の限界を目の当たりにする。アルフレッドは、この瞬間が、とても辛くて、心が締め付けられるように苦しかった。<br />
「寝ろ。また明日くるから」とアーサーは汚れのない声で言った。どろどろとした愛や、愛憎を何も知らない、という風な格好で、彼は居る。良い。このまま知らなければ良いんだ。アルフレッドは心の中でひねくれたように言った。アルフレッドの淡く濃い気持ちに、彼は一生気づかなければいい。そして、永遠とフランシスと二人、愛し合っていればいい。その方がお互い平和なんだ。<br />
　アーサーとフランシスは、アルフレッドにお別れを言うと、病室を出て行った。それから、フランシスはアルフレッドにお菓子の置きみやげを置いていった。<br />
　彼らが居なくなってから、アルフレッドは窓に目を移した。青い空に白い綿雲がふわふわと浮いている。窓から見える街路樹は、黄色や赤色に紅葉し始めていた。こんな良い天気の日にベッドで寝ているのは勿体ないとアルフレッドは思った。アルフレッドは起きあがり、フックから足を慎重に下ろした。そして、ベッドの脇に立てかけた松葉杖と、フランシスから貰ったお菓子を掴み、ベッドから降りて、靴を履いた。慣れない手つきで杖を突いて、廊下にでた。</p>
<p>　病院の中庭に出たとき、穏やかな風が吹いていた。秋らしい涼しい風であった。アルフレッドは植物園のベンチに腰掛け、フランシスから貰ったお菓子の袋を開けた。アップルパイだった。一口かじると、わずかにシナモンの香りがした。<br />
　食べながら、アルフレッドは考えた。<br />
　イヴァンという奴の事を。あれがかつてはまともな人だったとは信じられない。ウクライナから聞いたイヴァンの身に起こった事件の話を思い出す。あの経験が、イヴァンの心を闇に落とし、めちゃくちゃに破壊してしまったのだという。<br />
　人生って何だろう。アルフレッドは、ぼうとした頭の中で考えた。その不幸が一人の人間に降りかかるにしてはあまりにも重すぎる時、人はどうしたらいいのだろう。ただ自分の心が、大切な人の心が壊れていくのを受け止めるしかできないのか&hellip;&hellip;。</p>
<p><br />
［イヴァンの過去］</p>
<p>　イヴァンちゃんが十五歳の時よ。私たちの母さんが再婚したの。父さんが病死して以来、母さんは女手一つで私たちを育ててきたわ。私たちは父親がいなくとも家族が居るから満足していたのだけど、ある時、母さんは知らない男の人を連れて生きたの。「新しいお父さんよ」と母さんは嬉しそうに言ったよ。太っていて、無精ひげが生えていて、体を油でてかてかと光らせていた男だった。彼は初対面の日から酔っぱらっていたわ。近くに立つと、彼の酒の臭いが臭ってくるの。くさくて適わなかった。名前はマルクと名乗った。マルクはその日から私たちの家で暮らすようになった。一緒に住んでいくうちにわかってきたことだけど、マルクは女を下に扱うきらいがあったわ。母さんには鼻の下をのばして、べたべた甘えるくせに、私や、ナタちゃんにはいつも冷たかった。私たちが側にいると、口汚く罵って、私たちを居ない存在に扱うこともしばしばだった。だけど、彼はイヴァンちゃんには好意を寄せていたわ。彼はイヴァンちゃんを買い物や、ハンティングによく誘っていた。イヴァンちゃんは優しいから彼に付き合ったわ。私は大事なイヴァンちゃんを汚らしいマルクに取られるのが嫌だった。ある時、私はイヴァンちゃんを小屋に呼んで言ったわ。「マルクと出かけるのはもうよして。私、あの人は嫌いなの。イヴァンちゃんがあの人と楽しそうに出かけるのを見るのは私、嫌な気分だよ」<br />
「ごめんね、姉さん。でも、ハンティングは楽しいよ&hellip;&hellip;」<br />
　まあ、イヴァンちゃんどうして！　私は自分の気持ちを分かってくれないイヴァンちゃんにやきもきしたわ。<br />
「あんな男と居るのを楽しんじゃダメよ！」<br />
「なんで？」<br />
「だって！　あの人、私やナタちゃんのことをいつも悪く言うんだよ。そんな人とあなたは仲良くしていて楽しいのかな！？」<br />
　私はイヴァンちゃんの胸を度突いた。<br />
「うーん&hellip;&hellip;それは、ダメだね」イヴァンちゃんは度突かれ胸を押さえて苦笑いしながら言った。<br />
　そんなやりとりをした後も、イヴァンちゃんはマルクと出かける事をやめなかった。イヴァンちゃんが私たちから離れていく。男の子だから仕方がないのかなって、私はナタちゃんと話していたわ。今まで女に囲まれていたから男の人の存在がイヴァンちゃんには心地いいのね。って。<br />
　暑い夏の日の夕方。空は夕日が出て、赤くなっていた。ナタちゃんが学校から泣きながら帰ってきた。その日もイヴァンちゃんはマルクに誘われて狩りに出掛けていた。私は泣いているナタちゃんを椅子に座らせると、すぐに井戸から冷たい水を汲んできて、ナタちゃんに飲ませてやったわ。<br />
「いったいどうしたのかしら？」<br />
「学校で、虐められた&hellip;&hellip;」ナタちゃんは涙を手で拭いながら弱々しく言った。<br />
「え？」私の可愛い妹を虐めるなんて！　私は小さくなって泣いているナタちゃんを見て、とたんに怒りで体がふるえてきたわ。「誰に？　どんな事をされたの？」<br />
「学校のみんなに言われた。お前の兄貴はケツマンコ野郎だって&hellip;&hellip;っ」<br />
　ナタちゃんは、わっと泣き出した。<br />
「兄貴って、イヴァンちゃんの事？　イヴァンちゃんがケツマンコ野郎だって言ったの？　その人たちはっ」<br />
　私は怒りながら拳を振り上げて宙を殴った。<br />
「姉さん&hellip;&hellip;。でも、その人達が言うことは本当なんだ。しゃ、写真をもらったの&hellip;&hellip;」<br />
　ナタちゃんはスカートのポケットから、しわしわになった一枚の写真を取りだした。そして、それを私に差し出したの。私は写真を受け取って、映っているものをじっくり見たわ。映っていたのは林の中らしく、そこに二人の裸の男が地面に寝そべっていた。よく見ると、それはマルクとイヴァンちゃんが裸で絡み合っている姿だったの。そして、マルクの汚らしいペニスがしっかりとイヴァンちゃんのお尻の中に入り込んでいるのもわかった。頭が真っ白になって、写真を持つ手が震えた&hellip;&hellip;。こんなにもおぞましい写真は初めて見た。だから、どう対処したらいいのか、咄嗟に頭に浮かんでこなくて、ただ、恐怖に唇をわななかせているぐらいしかできなかった。<br />
「兄さんは&hellip;&hellip;」ナタちゃんはイヴァンちゃんがまたマルクと出掛けいる事に気づいた。今も、この写真のようなことをマルクと一緒に&hellip;&hellip;。ナタちゃんの目が、そう言っていた。<br />
「違うのよ、ナタちゃん。イヴァンちゃんは今買い物に行っているの。私がお使いを頼んだから。大丈夫よ。こんな写真うそよ。誰かがいたずらで作ったのよ。イヴァンちゃんを嫌っている奴の仕業だよきっと。許せないね。お姉ちゃん、ちょっと懲らしめてくるから」<br />
　私はナタちゃんを一人家に置いて、真っ直ぐ山に向かった。イヴァンちゃんとマルクが、いつも狩りに行く山よ。私はどうしても確認せずには居られなかったの。写真が本物なら、確かな物がこの目で見られると思って。草木をかき分けて、靴や服が泥で汚れようが気にならなかった。私が気になるのはただ一つイヴァンちゃんの事だけ。それで&hellip;&hellip;。私は&hellip;&hellip;やっと二人を見つけたの。その瞬間の打ちのめされようと言ったらなかったわ。アルフレッドさん、わかるかしら。目の前で、大切な宝物が、壊されていたのよ。だけど、私は何もできなかった。わからなかったの。もしかしたら、イヴァンちゃんとマルクは愛し合っていて、私なんかが手を出しちゃいけないんじゃないか、って。邪魔をしたら、イヴァンちゃんを悲しませてしまうかもって。そう思ったの。だから何もせず、あれを見た後、私はそのまま家に帰ったの。でもこの行動は間違いだった。この日の私の行動がが間違いだったと気づくのには少し時間がかかったわ。その間、イヴァンちゃんはマルクとのことで学校で虐められ、辛い日々を送り、やがて、心が病んでいった。ある夜中、私は急な胸騒ぎを覚えて目が覚めた。水を飲もうと、下に降りていったら、バスルームの明かりが点いていたの。嫌な予感がして、私はバスルームのドアをそっと開けたわ。ほんの数センチだけ。その隙間から見えたのは、実におかしな光景だった。&hellip;&hellip;血よ。真っ赤な血か一面に。私はドアを全開にした。イヴァンちゃんが床にぺったりと座り込んでいた。彼の手首からは血が、どくどくと流れていたの。私はイヴァンちゃんを正気づかせようと、泣きながらイヴァンちゃんの頬を殴ったわ。何度もよ。<br />
「何でこんなことを！　イヴァンちゃんどうして！」<br />
「姉さん、ふふ&hellip;&hellip;。僕、もうダメかも&hellip;&hellip;もう嫌なんだ。何もかも」<br />
　終わりにしたいって、イヴァンちゃんはうつろな目で言ったわ。こんなイヴァンちゃん、今まで見たことがない。私は不安になった。<br />
「何があったの？　正直に話して」<br />
「知ってるくせに&hellip;&hellip;」<br />
　イヴァンちゃんは、私を凄く冷たい目で睨みつけた。<br />
「あのとき、姉さんは見ていたよね。でも、逃げた。凄く辛かった。僕は姉さんに、助けてほしかったのに&hellip;&hellip;」<br />
「あのとき&hellip;&hellip;？　あのとき、っ、あの時&hellip;&hellip;っ！」あの時よ。私は、はっと、頭が乾いていく心地だった。ナタちゃんを置いて、山に駆け込んだあの時よ。イヴァンちゃんは助けてほしかったんだ。なのに私ったら&hellip;&hellip;。<br />
「僕、おかしいんだ。日に日に、僕が僕じゃないみたいになっていく。心が壊れていくのが分かるんだ。辛いよ。助けて姉さん&hellip;&hellip;」<br />
「ごめんね！　イヴァンちゃん！　私、分からなかったの！　どうしたらいいか！　そうだね、イヴァンちゃんは助けてほしかったんだよね。ごめんね、お姉ちゃん気づかないでごめんね！　バカなお姉ちゃんでごめんね&hellip;&hellip;！！」<br />
「いいんだ、姉さん。仕方がなかったんだ。それに、あの時は助けに来てくれなかった方が正解だったかも知れない。だってね、あいつが言うんだよ。姉さんやナターリャを僕の代わりに犯したいって。でも、お前が大人しくやらせ続けてくれるなら、二人には手を出さないって。僕ね、二人には無事でいて欲しいって思ったんだ&hellip;&hellip;。お、女の子はさ、すぐ子供が出来ちゃうじゃない。だから、男の僕がやらないとって&hellip;&hellip;」<br />
　イヴァンちゃん目からは、大粒の涙が流れていた。<br />
「こんなに辛いのに、頑張って耐えて、僕って凄いなって思うのに、学校に行くと、みんなからからかわれるんだ。そうすると、頭がぐちゃぐちゃになって、僕がわからなくなっちゃうの。僕の僕が僕から引き離されてばらばらになっていくんだ」<br />
　うふふ、とイヴァンちゃんは笑う。「昨日の僕は、今日の僕じゃない。今日の僕は明日の僕じゃない。毎日違う僕が居て、その日の僕はその日の内に消滅してしまうんだ。僕、おかしいのかな？」<br />
　私たち兄妹は、家出した。マルクのそばには居られなかった。母さんはマルクを愛していたし、別れさせるのは巧くなかったの。そして、今あるこの家に来たのよ。元の家の人は引っ越したのか、誰も住んでいなくて私たちは、自分たちで家の脆いところを補強して、この廃墟同然だった家を立て直した。つらい記憶のある土地から離れたというのに、イヴァンちゃんの心は病んだまま戻らなかった。そればかりか、悪化していった。夜になるとイヴァンちゃんはうなされていたわ。私とナターリャは必死にイヴァンちゃんの心を慰めたけど、どうにもならなかった。過去の記憶が毒となって、徐々にイヴァンちゃんの心を蝕んでいったの。そして、イヴァンちゃんはとうとう完璧に狂ってしまったのよ。</p>
<p><br />
　アップルパイを食べ終わったアルフレッドは、服に落ちた薄いパイ生地の破片を手で払って、杖を支えに、ベンチから立ち上がった。すると、どこからか鳩が集まってきて、アルフレッドが落としたパイの破片を、啄み始める。アルフレッドは珍客の来訪に少し微笑み、病院に戻ろうと歩き出した。<br />
　植物園を右手に、病院の裏の駐車場方面に向かって歩く。そこから病院の裏口に出るのだ。正面入り口から近いエレベーターはいつも混雑しているので、空いている裏口からすぐのエレベーターを使いたいとアルフレッドは思ったのだった。<br />
　痛み止めの薬が切れ始めたのか、怪我をしている右足に、ちり、と痛みのようなものを感じるようになってきた。さらに強い痛みを感じるようになる前に、自分のベッドに戻ろう。そして、看護師さんに新しい薬をもらおう。アルフレッドは歩く足を早めた。しかし、あまりに足を急ぎすぎたせいで、アルフレッドは小石に躓き、地面に倒れてしまう。その時に、痛んだ右足を下敷きにしてしまって、右足を灼熱の痛みがおそった。<br />
「ああぅっ！」<br />
　しばらく地面の上でのたうち回った。汗がぶわっと沸き出て、心臓がどきどきどきどきと激しく鼓動する。痛みを押さえるために、呼吸は自然、細く、弱々しいものとなる。<br />
「大丈夫？　立てる？」通行人に声をかけられる。<br />
　手をさしのべられ、アルフレッドは、その手を掴んで起きあがった。<br />
「大丈夫かな」<br />
　ああ。心配してくれてありがとう。もう大丈夫だぞ。そう言おうと思った。だが、その言葉は喉の途中で止まり、発せられなかった。というのも、アルフレッドは目の前の男に、いきなり首を絞められ、声を出せなかったのだ。アルフレッドは動転し、ひゅっと短く息を吸った。<br />
　ぐぐっと首に男の指が食い込む。力一杯締められているせいで、脳に行く血が止まり、脳味噌は酸欠を起こし、縮小し始める。頭が熱い。だんだん意識が暗くなっていく。<br />
「やっと見つけたよ。いろんな病院を探したんだ。君の姿を求めてね」<br />
　そう言うと、男は、アルフレッドを乱暴に地面に突き飛ばした。新鮮な酸素を再び吸い込むことが出来たアルフレッドは咽せて、激しくせき込む。<br />
「君に盗まれた僕の服を返してもらいに来たんだ」<br />
　アルフレッドは自分を見下ろす男の顔を睨みつけた。シルバーブロンドの柔らかい髪は見覚えがあった。&hellip;&hellip;ああ、懐かしい。イヴァンじゃないか。嬉しくはない。だが、アルフレッドは挑発的な笑みを浮かべる。<br />
「君のお姉さんは服は返してくれなくていいって言っていたんだぞ」<br />
　アルフレッドは、自分の身の潔白を証明するために説明した。<br />
「何を言っているの？　僕の服を姉さんが勝手に他人にあげるわけないじゃない」イヴァンはアルフレッドの発言を嘘だと決めつけ、バカにするように嘲った。<br />
「でも、本当に&hellip;&hellip;」<br />
「生意気だね。もう余計なことは言わなくてもいいよ。で、僕の服はどこにあるの？」<br />
「病室さ」<br />
「案内してよ」</p>
<p>　アルフレッドは苛々と頭に来ていた。なんたってこの男は暴力的なんだろう。後ろを着いてくるイヴァンをちらと盗みながら思う。彼の過去がなんだというのだ。そりゃ、可哀想だとは思う。だけど、傷つけられ、いたぶられた過去があるからこそ、人は人に優しくしようとか、そういう気持ちになれるんじゃないのか。なのに、イヴァンはどうしてそういう気持ちになってくれなかったのか。<br />
「歩くのが遅すぎるよ。もっと早く歩けないのかな」<br />
　後ろからイヴァンに急かされ、アルフレッドは頭に来た。<br />
「君にはこの右足が見えないのかい？　仮にも怪我人に向かって早く歩けだとか君、頭悪すぎだぞ！」<br />
　と、言いながらもアルフレッドは少し歩調を早める。早く服を返して、イヴァンを追い返そう。アルフレッドは病院の建物に入り、上へ登るためのエレベーターを目指す。だが、途中の曲がり角にさしかかった時だ。急に目の前に子供が飛び出してきたのだ。アルフレッドは驚き、松葉杖を取り落とした。そのまま体のバランスが崩れ、アルフレッドの体が後ろに傾いでいく。倒れると思った。だけど、倒れなかった。イヴァンが、アルフレッドの背中を後ろから支えてくれたのだ。<br />
「あ、ありが&hellip;&hellip;」<br />
「走ったら危ないよ」イヴァンが子供に注意する。<br />
「ごめんなさーい」子供は申し訳なさそうに謝ると、そのまま、また走ってどこかへ行ってしまった。<br />
　イヴァンは、そんな子供を見て、ため息をつき、それからアルフレッドを真っ直ぐに立たせると、床に転がった杖を持たせてくれた。<br />
「ちゃんと前を見て歩こうよ」<br />
「わ、わかってるんだぞ！」<br />
　アルフレッドは、しっかりと杖を掴み直す。廊下の曲がり角には細心の注意を払って歩き、アルフレッド達はエレベーターホールにたどり着いた。上に行くボタンを押すと、まもなく、エレベーターが降りてきた。がたん、とエレベーターのドアが開く。二人は中へ入った。<br />
「何階？」<br />
「７階だぞ」<br />
　アルフレッドの代わりにイヴァンが階数のボタンを押す。<br />
　ドアが閉まり、エレベーターが上に登っていく。二人の他に人は居ない。１、２、と増えていく数字を眺めながら、狭い箱の中で二人、無言だった。無言というのは、どうにも気まずい。アルフレッドは変に緊張して、そわそわとしていた。ちら、とイヴァンの顔を伺うと、彼は平然としているようだった。自分だけ動揺して馬鹿みたいだ。アルフレッドはイヴァンから視線を逸らす。そんなアルフレッドの様子に気がついたのか、<br />
「僕のこと恐い？」とイヴァンが壁を見つめたまま尋ねてきた。<br />
「え？」<br />
「正直に言って」<br />
　いったい、何が言いたいのだろう。恐いと言ったらどうするつもりだろう。<br />
　アルフレッドはイヴァンの顔から感情を読み解こうとするように、その顔をじっと見つめた。そして、迷った後、口を開いた。<br />
「だって、君は&hellip;&hellip;暴力を振るうじゃないか」暴力を振るう人間は恐い。<br />
「うん」<br />
　うんって。アルフレッドは次はどう言ったらいいのか分からなかった。雑巾を絞るみたいに何とか言葉を口から絞り出す。<br />
「君が過去、嫌な思いをしたのはわかるけど、でも暴力はいけないと思うんだぞ。傷ついたなら、その分、君はもっと&hellip;&hellip;」<br />
　ダンッ！　イヴァンがエレベーターの非常停止ボタンを殴りつけるように押した。アルフレッドは驚いて、肩がびくりと跳ねた。エレベーターは大きく揺れながら５階を昇る途中で停止した。アルフレッドは気づく。自分は彼を怒らせてしまったのだ。アルフレッドは怖々イヴァンの顔色をうかがった。<br />
「僕の過去&hellip;&hellip;？」イヴァンは俯き、声を震わしながら言った。<br />
「え？」アルフレッドは背筋に冷たい汗が流れていくのを感じた。彼が怒っていると思った。<br />
「僕の、過去&hellip;&hellip;？」次に聞こえたイヴァンの声は泣きそうだった。いや、泣いていたのかも知れない。<br />
　彼にそんな声を出されて、アルフレッドは驚き、戸惑った。同時に体を強い罪悪感が襲う。大の男を泣かせるなんて自分は何を考えているのだろう。彼は過去のトラウマで心が病んでしまったのだ。なら、自分は彼に過去を思い出させるような発言をしてはいけなかったはずである。心の傷をほじくられ、彼はそうとう傷ついたに違いない。<br />
「ごめん」アルフレッドは反省し、謝った。<br />
　イヴァンは静かに首を横に振った。<br />
「みんな僕を苦しめるんだ&hellip;&hellip;みんな、みんな&hellip;&hellip;」くすくすとイヴァンは笑い出した。ぞっとした。アルフレッドは冷や汗をかく。そうじゃない。別に傷つけたかったわけじゃない。泣きながら笑うイヴァンを見て、自分は大変なことをしでかしたと思った。<br />
「イヴァン&hellip;&hellip;」<br />
　イヴァンはアルフレッドを振り返ると、何の躊躇もなく、アルフレッドの頬を打った。打たれた勢いでアルフレッドのメガネが吹っ飛ぶ。痛みで両目に涙が浮かんだ。イヴァンは楽しそうに微笑んだ。だが、その笑みは冷たかった。まるで人の痛みを喜んでいるような顔である。イヴァンの気迫に圧倒され、アルフレッドは後ずさる。とんと、冷たい壁に背中がついた。<br />
「僕のこと、恐い？」イヴァンは言った。<br />
　アルフレッドは声が出なかった。狂った人間を前にして、圧倒され、思考が停止していた。こうして真っ正面からイヴァンの顔を見ていると恐ろしくてたまらなくなってくる。自分の立ち位置があやふやになって、意識が遠のいていくようだ。すぐにでも逃げたい、すぐに。<br />
「実は&hellip;&hellip;僕も恐いんだ&hellip;&hellip;」<br />
　アルフレッドは耳を疑った。イヴァンの口からとんでも無いことが飛び出た。人に暴力を振るって置いて恐いだなんて。<br />
「僕も、自分のことが恐い&hellip;&hellip;」イヴァンは確かに言った。かなり小さな声だったけど。その顔はとても苦悩に満ちていた。<br />
「ごめんね&hellip;&hellip;」と、イヴァンは口の動きだけで言った。それも、イヴァンの顔を凝視していたアルフレッドには、ちゃんと伝わった。アルフレッドは何ともいえない気持ちになった。心の奥底でイヴァンに同情している自分がいた。酷いことをされたのに、まるでそんな記憶はどこかへ消えてしまったようである。なんと言うことだろう。目の前の彼が惨めで可哀想に見えるのだ。苦しんでいる彼を見て、助けてあげたいと思った。苦痛に震えているこの大きな男が、痛ましく思えた。<br />
　アルフレッドはイヴァンの体に手を伸ばした。そして、彼の体を自分の胸に引き寄せた。アルフレッドは、小さな子供を抱きしめるみたいに、イヴァンを抱きしめ、頭を撫でていた。<br />
「可哀想に&hellip;&hellip;」<br />
　イヴァンが可哀想だった。たくさん苦しんでも、苦しみから逃れられない彼の人生が、辛くて、悲しかった。<br />
「大丈夫だぞ&hellip;&hellip;君は、よく頑張ったぞ」アルフレッドはイヴァンを励ますように言った。<br />
　すると、イヴァンはアルフレッドの肩を押して、まじまじとアルフレッドの顔を見つめた。イヴァンの顔は複雑そうに歪んでいた。アルフレッドもイヴァンの顔を見返す。イヴァンの瞳孔がゆっくりと開いていく。<br />
「&hellip;&hellip;キス、してくれる？」<br />
　イヴァンは突然囁くように言った。<br />
「君にキスされたら、僕の心が晴れる気がする」<br />
「き、キス&hellip;&hellip;？」<br />
　アルフレッドは驚いたが、しかし、しまいには了承し、頷いた。だって、イヴァンの顔があまりにも真剣で、苦しそうだったから。これ以上、彼は、きっと苦しみに耐えられないだろう。そう思ったから。それほどせっぱ詰まった顔をしていたから。自分のキス一つで彼の心が安らぐのなら、彼を助けてあげたいと思った。<br />
　アルフレッドはイヴァンの口に優しいキスを落とした。イヴァンも、そのキスに答えた。やけに長いと思ったキスは、実際には１分程で、短かった。[newpage]</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　アルフレッドは赤面していた。自分がしたことを思い出すと、恥ずかしくて、じたばたと暴れ出したい気分だった。<br />
　今、アルフレッドは病室のベッドの上にいる。イヴァンは、服を返した後、追い返した。窓の外は真っ暗で、もう夜だった。病室を、白い蛍光灯が照らしている。窓ガラスに自分と、部屋の景色が映っている。アルフレッドは窓ガラスに映った自分の顔が、変な顔をしているように見えて、顔を無理矢理くしゃくしゃに歪めた。<br />
　仰向けになって深呼吸してみる。はたまた、顔に力をいれ、眉をひそめて難しい顔になってみたりする。そんなことをしても恥ずかしさは収まらない。泣き叫べば気持ちが落ち着くかな、と思ったが、もう自分は泣いてどうにかなるような歳じゃないと後から気づく。</p>
<p>　なぜあんな事をしたのだろう。冷静になってから、自分の愚かさに恥ずかしくなった。<br />
　キスをした。してくれと、言われたから。仕方がなく。恋人でもない男同士で。普通に考えておかしな話だ。キスなんて。でも、自分のキスでイヴァンの心が癒されたなら、それはそれで良かったのかも知れない。アルフレッドはとりあえず布団の中に潜った。心臓がどきどきと興奮で打ち振るえていた。<br />
　イヴァンは今、どうしているだろう。とアルフレッドは思った。自分と同じようにキスを思い出して、恥ずかしがっているのかな。それとも、彼の心は、安らぎの中にあるのだろうか。</p>
<p><br />
　怪我の経過も良く、アルフレッドはすぐに病院を退院できた。病院を退院してからは、家でリハビリを続け、やがて、杖がなくても歩けるようになった。</p>
<p>　明くる日、アルフレッドは家の外に出て、山に向かって自転車を走らせた。その日も例のごとく、欲にふしだらな兄が家を占拠していたのだ。すでに秋は終わりに近づき、ぴゅうぴゅうと冷たい風が吹いていた。山の木の葉はどれも紅葉し、すでに殆どの葉が散って禿かけていた。冬が近い。<br />
　アルフレッドは路肩に自転車を停めると、山の中へ入った。べしゃべしゃと湿った土を踏むと、心が落ち着いた。冬が近いこともあり、虫の姿は少ない。みんな木や、土の中に隠れているのだ。天から小鳥のさえずりが聞こえる。アルフレッドは、そのまま山の中を散策した。虫を捕ろうとか、そんな事は考えていなかった。ただ、歩きたいと思った。長らくその辺を歩き、疲れると立ち止まった。アルフレッドは、ぼうと森の奥を眺める。まるで何かを待っているかのように。アルフレッドは初めてイヴァンと会ったときのことを思い出していた。ずいぶん嫌な目にあったと思う。だけど、彼に受けた仕打ちよりも、彼自身のことを思い、なんでか悲しくなった。切なくて、やるせない気持ちになった。<br />
　ここに来て、アルフレッドは、イヴァンに会いに行ってみようかな、なんて、変なことを考え出した。すると、自然に足が動いていた。道は、覚えていた。</p>
<p>　いざ、おんぼろの小屋の前に立つと、足がすくんだ。ここまで真っ直ぐ来れたのに、これ以上先には進めない。進んじゃいけないと思った。ただ、家を見ただけで十分満足だった。アルフレッドは来た道を引き返すことにした。<br />
　ざ、ざ、ざ、ざ。びちゃ、びちゃ、びちゃ、びちゃ。うつむいて、自分の足を見ながら歩いていた。<br />
　だから、ちょっと行った先に、まさか人が立っていたなんて思わなかったのだ。<br />
「久しぶり」<br />
　はっとしてアルフレッドは顔を上げた。歩く足はすっかり止まっていた。イヴァンが目の前に居た。彼は、にこやかにアルフレッドに向かって微笑みかけていた。極々自然な、非常に落ち着いた笑みである。これはアルフレッドにとっては驚きであった。こんなに優しい笑みを彼は作れるのかと感心した。だって、アルフレッドの知っているイヴァンの笑みといえば、どこか笑っていないような冷たい笑みだけだったのだから。<br />
「やあ、元気だったかい」アルフレッドは言った。<br />
「うん、そうだね。元気だったよ」イヴァンは首を傾げ、言った。花びらみたいに繊細で柔らかい笑みだった。<br />
　ああ、違うな。雰囲気が。アルフレッドは思った。前、彼と会った時と雰囲気が違うくなっているのだ。以前は、彼の体からぴりぴりとした陰険なオーラが出ていた。だけど、今は、より親しみやすくなった。<br />
「それじゃあ」イヴァンは、ただ、それだけ言うと、アルフレッドに背を向け立ち去った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
　完</p>]]>
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    <category>イヴァアル</category>
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    <pubDate>Wed, 25 Dec 2013 01:20:13 GMT</pubDate>
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