ヘタの米様贔屓ブログサイトです。 米受け二次小説を書いています。R18禁サイトです。
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「ヘイ、マシュー居るかい」
アルフレッドは、そう言うと、玄関のドアを四度叩き、鍵を破壊して、マシューの家に勝手に上がり込んできた。これは毎朝の日課である。
「返事をしていないのに、勝手に入ってこないでよ……」マシューは彼の般若無人の行動に呆れて、ため息を吐いた。
「入れたんだから仕方がないさ。それより、お腹が空いたんだぞ。何かあるかい」
「ああ、あるともさ」
ずうずうしく、家に上がり込むアルフレッドに、マシューは苛立ちを押さえながら言った。今は朝飯時で、ちょうどホットケーキを焼いている所であった。アルフレッドも、分かっていて、この時間にやってくる。優しいマシューは、彼が遣ってくるのは知っていたので、ホットケーキをあらかじめ二人分焼いていた。
出来上がったホットケーキを皿に載せ、その上に、黄金色の蜂蜜を垂らして、マシューはアルフレッドにそれを渡した。甘い香りが辺りに立ちこめる。
「はい」
「センキュー」
「どういたしまして」
アルフレッドは一分も立たないうちに受け取った朝食を食べきると、しめに持参したぬるそうなコーラの瓶を一気のみした。
「ぷはー、生き返ったぞー」
「それは良かった」
マシューは自分の分のホットケーキを皿に寄せ、沸かしていたお湯で、インスタントコーヒーを作り、それらを持って、テーブルについた。
「ねえ、マシュー。明日菊とフランシスと一緒に、オタ芸大会に出場するんだけど、君も来るかい?」とアルフレッドが聞いた。
「オタ芸……? どこでやるの」
「東京さ」
「へえ。楽しそうだね。けど、僕は、遠慮しとくよ。あの踊りは何だか……」
マシューはもごもごと口ごもった。オタ芸というのを依然ネットの動画で見たことがあった。頭や体を振り回し、激しく踊るあれはまるで、キチガイみたいだった。そんな踊りを自分が踊るなんて考えたくない。恥ずかしすぎる。何より、自分はオタ芸とやらを踊るキャラじゃないし、いざ踊ってみても、きっと恥ずかしさが勝って、中途半端な踊りを踊ることになる。そしたら、みんなが見るだろう。あいつ変な踊り踊っているな、とか。恥ずかしがっているなとか、そんな目で見てくるだろ。嫌だ。
「そうかい、残念だぞ」アルフレッドは至極残念そうに言った。
アルフレッドは食べ終わった皿をキッチンに片づけると、開いたままの玄関に向かって歩いていく。
「じゃあ、俺、東京行きの飛行機に乗り遅れるといけないから、もう行くんだぞ。バーイ、マシュー。皿洗いよろしく頼むぞ」
「ああ、わかったよ。バイ。アル。またね」
アルフレッドは、壊れた玄関から出て行った。マシューは、はぁ、と肩から息をはいた。自分が普段、大人しい性格なだけに、アルフレッドのような明るい人間の相手をするのは疲れるものだ。自分のリズムを崩されるというか……。
ふと、マシューは椅子の下に何かが落ちていることに気がついた。手のひらくらいの大きさの、それは、長方形の紙だった。マシューは椅子から立ち上がると、しゃがんで、その紙を拾った。
”オタ芸大会参加証。アルフレッド・F・ジョーンズ”
紙には、ただそう書いてあった。
「参加証? これ、持ってないとアルは大会に参加できないんじゃないの……」
マシューは不安になって、おもむろにズボンのポケットから携帯を取り出した。そして、アルフレッドの携帯の番号にかけた。しかし、電話は繋がらない。
「……繋がらないな。もしかして、電源切ってるのかな?」
試しにもう一度、かけてみるが、やはり電波が繋がらないとか電源がどうたらという機会音声が出る。
「駄目だ」
マシューは諦め、携帯電話をしまった。参加証を持って、外に出る。アルフレッドが出て行ってから、そう時間は経っていない。マシューは彼がまだ近くにいればいいと思ったが、アルフレッドはそうとう急いで帰ったようで、彼の姿はどこにも見えなかった。マシューはどうしようかと迷った。しばらく庭に立ち止まって考えた。
数分、その場で立ちんぼになって、マシューは、アルフレッドとの会話の中で、オタ芸大会にはフランシス等も参加するという話を聞いた事を思い出した。そこで、今度はその彼に電話をかけた。
「はい?」彼は二コールもしない内に電話を取ってくれた。
「あ、フランシスさんですか。僕です。マシューです」マシューは少し慌てたような喋りになってしっまった。というのも、年上に電話をするというのが何だか、かしこまってしまって、妙に力が入ってしまうのである。
「マシューかあ! どうしたの?」
マシューは、フランシスに、話をした。アルフレッドが忘れていったチケットの事。それから、彼の電話が繋がらないことも話した。そして、自分はどうしたらいいか、フランシスに尋ねた。
「うん、そっか。困ったねぇ……参加証がないと明日の大会に出場できないんだ。うーん、あ、……そうだ、マシュー。お前が届けてくれればいい」
「え、どこにですか」
「東京にだよ」
「えっ? 東京に?」
そんなに遠くまで届けに行くのは、正直なところ、嫌だった。もっと近い所なら良いが。
「お願いだ、マシュー。それがないと、アルフレッドが困るだろう? 俺たちだって困るし。無事届けてくれたら、お兄さんがキスしてあげるからさ。なあ?」
フランシスに優しくすがるようにお願いされると、マシューは断りづらくなった。確かにチケットがないと、アルフレッドは困るだろう。マシューは良いと思わないが、アルフレッドはオタ芸大会に出るのを楽しみにしていた。自信のミスのせいで、出れないとなったら、彼がどれほど悲しむことか。双子の片割れとして、自分にはアルフレッドの面倒を見る責任がある、とマシューは考えた。
「わかりました。届けます。でも、フランシスさんのキスはいりません」
「んまっ! 酷い!」フランシスは、ふざけて傷ついた振りをした。
マシューは少し微笑み、フランシスにお礼を言ってから通話を切って、出かける準備を始めた。財布とチケットをポケットに入れる。玄関の鍵が壊れたままなので、治さないわけにも行かず、信頼できるメイドを呼んで、留守の間の家の番と、鍵業者との対応を頼んだ。チケットには大会の会場の地図も記載されていたので、マシューはただそこへ向かえば良かった。
日本の東京に行くには飛行機を使う。
空港にやってきたマシューは、さあ、これから飛行機の手続きをしようと、人混みをかき分けて受付に並んだ。どうしてか、今日は空港が混んでいた。列に並びながら、マシューは人混みの中で、見覚えのある金髪を見つけた。あれ、と思い、マシューはその人物に目を凝らした。彼は、パンフレットなどが置かれている横の休憩スペースに居て、彼の隣にはもう一人、連れが居るようだが、人がじゃまでよく見えない。彼はその見えない人物と言い争いをしているようで、顔を赤くし、険しい顔をしている。
ひとまず彼を見つけられたことは良かった。無理をして東京まで足を運ばなくてもいいのだから。マシューは、ホッとして、ゆっくりと彼に近づいていった。近づくごとに、彼が言い争いをしている相手の姿も見えてくる。そして、その相手の顔がはっきりと見えたとき、マシューは思わず立ち止まった。特徴的な太い眉毛、紳士的な服装で決めた、童顔の男。ああ、彼はアーサーさんだ、とマシューは思った。
彼、アルフレッドの言い争いの相手は兄であるアーサーだったのだ。彼らは顔を会わせる度、罵りあう仲だ。でも、今の彼らは、いつもの罵り合いではなく、本気の喧嘩をしているみたいだった。
マシューは、彼らの喧嘩を眺めながら、自分が、彼らの兄弟であると知られることがとても恥ずかしくなった。大勢の人がいる前で、どうどうと兄弟喧嘩をするなんて、みっともないじゃないか。周りの客の視線も痛々しいし、あの視線を自分が浴びせられると思うと……、自分は彼らとは無関係だと言って、背を向けたくなる。
マシューは、とりあえず、大きな柱に身を隠しながら、兄弟喧嘩をこっそり伺っていることにした。
喧嘩はどんどんヒートアップしていく。兄弟たちは、お互いにらみ合い、今にも手を出しそうな雰囲気だ。
止めに入った方が良いかな? とマシューは思った。だが、そのせいで彼等の怒りのとばっちりを受ける事になったら損だ。どうしようどうしようと悩んでいる内に、アルフレッドが手を振り上げた。
「あ」とマシュー口から声が漏れた。
アーサーが殴られると思った。だが、そんな事なかった。アーサーは、アルフレッドの腕を掴み、ねじ伏せると、そのまま勢いで……アルフレッドの唇にキスをした。
一瞬、マシューは目を疑った。
唇と唇が重なったと思ったら、二人の唇は直ぐに離れた。
はたして、今の出来事を何人の人が目撃したのだろう。気づかない人が大半だったかもしれない。
マシューは動揺して、すっかり足がすくみ、心臓がどくどくと激しく胸を打ち鳴らしていた。彼等のどちらかが子供ならまだしも、大人で、しかも男同士の兄弟同士で口吸いだなんて……。僕の知らないところで二人がそんなただならぬ関係になっていただなんて……。マシューは激しく打ちのめされた。
二人の兄弟は、互いに見つめ合っている。にらみ合うような、憎悪の目ではない。アノ目は、物欲しそうな、切ないような、息苦しいほどの熱がこもった、そういう目だった。
空気が、愛し合っている。兄弟愛じゃなくて、イヤラシい、性的な、ふしだらで、禁断の愛。”恋人”という言葉がマシューの頭に浮かぶ。
マシューはボッと頬を赤く染める。あんな二人は放っておいて、このまま帰ってしまいたかった。でも、自分はまだアルフレッドにチケットを渡せていない。渡すまでは、帰るに帰れない。アルフレッドが困る。チケットがないと、大会に出られないのだ。(チケットがないと大会に出られないのに、チケットのない僕に君もどう? なんて聞いてきたのは何だったんだろう……。いや、アルは僕に、君も来るかい? と聞いたんだった。出るかい? ではない。見に来るかいと言うつもりで。なのに僕ったら自分も踊りに誘われたと勘違いてしまった)
マシューは、兄弟たちがまたキスをするんじゃないかと、はらはらしながら見守っていたが、結局、二人は二度目のキスを交わす事なく、軽いハグだけして別れた。
変な物を見てしまった居心地悪さを感じつつも、マシューは急いでアルフレッドを追った。
だが、待てよ、とマシューは急に思い立ち、足を止める。
今、自分がアルフレッドに声をかけたら、自分が先ほどの光景を見たと、彼にバレてしまうのじゃないか。マシューは不安になった。
バレたとき、アルフレッドはどんな反応をするのだろう。ただ、恥ずかしそうにはにかみ笑いをするのだろうか。それともうっとりとした顔で、青い瞳を潤ませて、恋に溺れた人間のする、あの間抜けた自惚れ顔をするのだろうか。はたや、恐怖に怯えてしまうのかもしれない。
マシューは、自分がアルフレッドとアーサーの関係を見抜いたとアルフレッドに伝えることで、今まで自分にとってアルフレッドと思っていた存在がその瞬間に消えてしまうような気がして、そうなって欲しくないと思った。自分の中でアルフレッドは、恋愛なんて感情を知らない、無垢で無邪気で純粋な子供だったのに。彼はマシューの知らないところで、いつの間にか大人になっていた。
マシューは、喉の奥がぐっと詰まったようになった。
ふと、気がつくと、アルフレッドの姿がない。
「あれ?」
先に東京行きの飛行機に乗ってしまったのかもしれない。とマシューは思った。
「あ、アル~~~!」
マシューは受付に行くと、飛行機に乗る手続きを済ませて、先の飛行機が立ってしまったので、次の飛行機に乗り、日本の東京へ向かう事となった。
「成田、成田~、ディスイズナリタエアポート」
成田に着いたのに、アルフレッドはいない。おおかた、先に行ってしまったのだろう。マシューはチケットを取り出し、地図を見て目的地を確認すると、空港前の道路に止めてあるタクシーに乗り込み、出発させた。
ぶるんぶるんとタクシーの振動に揺すられながら、マシューは力を抜いて、シートに体を埋め、遠い目をして、窓の外の流れる景色を見ていた。アルフレッドとアーサーが出来ていた。どこまでいったんだろう。セックスはもうしたのかな。なんて考えて、裸の二人が抱き合っている姿を想像してしまい、マシューはカアッと顔を赤らめた。そして、頭に描いた映像を振り払うように、頭を振った。やめてくれよ。想像もしたくないのに。彼等はまだキスしかしていないかもしれないじゃないか。勝手にあれこれ想像して、自分で自分を苦しめるようなまねはやめよう。純粋なる兄弟だった彼等が……ハァ、フゥ……。
「お客さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど……」
タクシーの運転手が、フロントミラーごしに、マシューと目が合う。彼は眉を下げ、本当に人を心配している顔をしていた。
「いえ、大丈夫です。少し嫌なことを思い出してしまって。でも今はもう忘れましたから大丈夫です……」
他人を心配させまいと、マシューは嘘をつく。
「そうですか」
タクシーの運転手は運転に意識を戻す。マシューは、口から細い息を吐く。その勢いで、前髪が揺れた。そして、目を瞑り、しばらく眠った。
「お客さん。着きましたよ」
運転手に起こされ、マシューは慌てて財布を取り出した。金とチップを払い、お礼を言って、タクシーを降りた。
巨大な建造物が目の前にそびえ立つ。ここがオタ芸大会が開催されるという場所だ。車で周辺を回るだけでも、30分くらいはかかりそうだ。建物は、どことなく、近代アートを思わせる形をしており、丸やら四角やらが積み重なって出来ていた。
マシューは入り口を探して、それっぽいのを見つけると、中へ入った。入り口から入ってすぐ、看板を見つけた。
”オタ芸大会、4階”
と書いてある。どうやら建物の四階が会場らしい。
建物の一階は、売店や、自動販売機のある休憩ルームがあり、右手奥の廊下の突き当たりに、エレベーターがあった。マシューはエレベーターに乗って、上へ向かった。
四階のランプが灯り、エレベーターの扉が重々しく開く。扉が開いたのと同時に、騒がしい音が耳に飛び込んでくる。四階には、ゲームセンターがあるらしく、UFOキャッチャーのピロピロという音や、メダルゲームのコイン投入の音、子供向けの乗り物のキャラクターが何か喋っていたり、格闘ゲームのコントローラーを回す、ガチャガチャという音がしていた。人は多かった。若者や、家族連れが皆、そこで遊んでいた。
マシューは天井に”オタ芸大会こちら→”と書かれた吊し看板を見つけて、その矢印の通りに、道を進んだ。
「ここかな?」
壁に埋め込まれるようにして、細い階段があった。その隣に、看板があった。
”オタ芸大会会場は階段上がってすぐです。”
ずいぶんと、入り組んだ所にある。マシューは、狭い階段を登って行った。
階段は、それほど長い階段というわけではなく、わりかし、登って直ぐ、出口に出た。
「よっ、マシュー」
「フランシスさん……っ」
階段を登りきると、出口でフランシスが待っていた。彼は、頭に黒いはちまきを縛り、長い金色の髪は、うしろで一つに結んでいて、黒と、濃い灰色の縦縞柄のワイシャツを着て、腕まくりをして、白い腕を出していた。両手には、指の部分だけ飛び出るような黒い革製のグローブをはめ、黒いズボンを履いて、ズボンの中に、シャツを入れていた。そして、足には黒いブーツを履いている。
「悪いね。わざわざ来て貰って」とフランシスは微笑んで言った。
「いえ、僕……どうせ暇ですし、誰かの役に立てるのなら、こんな些細な用件でも良いんです」
マシューは純粋な目をきらきらとさせて、チケットを取り出す。
「ところでアルは?」
「あそこにいるよ」
アルフレッドは、受付のいるカウンターの前の、ベンチに座って休んでいた。彼の隣には、本田菊も居る。狭い部屋に、多くの人が居た。彼等の多くは受付に並んで、列を組んでいた。
客の姿を見て、マシューは、ある事に気がついた。
「なんで、みんな黒い服を着ているんだろう……」
アルフレッドと菊は、フランシスと同じデザインの黒い服を着ているし、他の客も、デザインこそ違うが、やはり、黒い服を着ているのだ。全員が全員黒い服を着ていると、まるで、これから葬式でも行われるみたいな感じを受けた。マシューは、この異様な景色に圧倒されて、ごくりと唾を飲み込んだ。
その時、フランシスが、マシューの肩に腕を乗せて、体重を預けてきた。マシューは、油断していて、倒れそうになったのを、足を踏ん張ってとどまった。
「どいつもこいつも黒い服ばかりで、葬式みたいだ、って思ったでしょ?」とフランシスが無駄に甘い声で、マシューの耳元でくすくすと笑う。
まさに今、そう思っていたところだったので、マシューは苦笑いしながら、正直に頷いた。
「黒は、勝負服だからね」と、フランシスが言った。「みんな黒が一番かっこいいと思っているんだ」
「へえ……まあ、確かに、高級感のある色ですし、好きな人は多そうですが」
大会というだけあって、今日のこの日は、選手たちにとって特別な日なのだろう。
「おーい、マシュー! 俺のチケット持ってきてくれたかい?」
マシューの存在に気づいた、アルフレッドと菊が、マシューに駆け寄る。
「アル!」マシューは叫ぶ。
アルフレッドは走ってきた勢いで、マシューにハグをする。力強く抱きしめられ、マシューの首が蛙みたいに、ぐえっと鳴った。でも、嫌じゃなかった。彼に抱きしめられると、すごく気持ちいいんだ。筋肉の上に適度についた脂肪が、ぷにぷにと柔らかくて、ふわっとキャンディやクッキーみたいな甘い匂いが香って、この暖かみが癖になる。
「チケットはどこだい?」
アルフレッドは、マシューの体を自分から引きはがし、マシューの両肩に両手を置いて、尋問するみたいに言った。でも、彼の顔はきらきらとした眩しい笑顔だ。
「あるよ。ここに」と言いながら、マシューは、片手に握りしめていたチケットを持ち上げて振る。
「君ったら、大事な物を落っことして行っちゃうんだから。僕が居たから良いのものの。次からは、気をつけなよ」
はい、とマシューがアルフレッドの手にチケットを手渡す。アルフレッドはチケットを手に入れると、飛び跳ねて喜び、マシューの頬にキスをした。
マシューは一瞬どきっとした。アルフレッドの柔らかい唇を頬に受けた事で、アーサーとアルフレッドの、あの例のキスシーンを思い出してしまったのだ。
アーサーさんも、アルのこの唇を……。
狼狽えそうになりながらも、マシューは何とか平静を装った。
「センキュー、マシュー」
「どういたしまして……」
「こんにちはマシューさん」とアルフレッドの横から、菊が丁寧にお辞儀して挨拶をする。
「あ、こんにちは、本田さん」マシューもニコッと笑って会釈した。
「あなたが来て下さって、助かりました。もうすぐ、大会が開催されます。よろしければ、私たちのOTAGEIを観客席からご覧になられませんか?」
「はい。是非とも」
そして、四人は、受付をすまして会場に入場した。アルフレッドとフランシスと菊は、出場者として、バックステージに移動し、マシューは三人と別れて、一人、観客席に向かった。観客席は、粗末なパイプ椅子が並べられているだけだった。出場者こそ多いが、観客はあまりいなくて、席がガラガラだった。たぶん、観客のほとんどが、出場者の家族、あるいは友人だった。数人は、完全な部外者で、観光客だったり、暇な時間を持て余した老人だったりした。
マシューは前の方の椅子に座って、ステージを眺める事にした。
やがて、雇われの司会者がステージに出てきた。彼の司会で、開催式が始まり、オタ芸の披露大会が始まった。出場者は、チームだったり、一人だったりと、色々だったが、みな、アニメの音楽に合わせて、頭や体を激しく揺らし、人差し指で天井を突っつく動作をして、心底一生懸命にオタ芸を踊った。マシューは始めこそ真面目に見ていたが、次第に飽きてきて、ただ、ボーとステージに目を向けるだけとなった。時々、なんだってこんな馬鹿馬鹿しいものを見ているんだろうと、呆れもした。アルフレッドたちが出る番になるまで、マシューは何とか耐えた。
いよいよアルフレッドたちの出番になった。ステージに出てきたアルフレッドたちは、観客席に座っているマシューを見つけると、にやにやと笑ったり、手を振ったり、指を指して、投げキッスを飛ばしてきたりした。マシューは投げられたキスを避けるまねをして、少しの間、ふざけ合った。
「それでは、踊っていただきまショウ!」
司会の合図で、音楽がかかる。ステージの上の三人は、一斉に例のキチガイ踊りを始めた。
ああ、なんて言うか……。
マシューは急にもじもじとしだし、視線を下げたり、あげたりを繰り返す。マシューは恥ずかしい……と思った。踊っているのは自分ではないのに、なんでか恥ずかしいのだ。見も知らずの赤の他人の踊りならまだ、なにも思わず見れた物だったが、これが身内が踊っているとなると、どういうわけか、急に恥ずかしくなって、目を背けたくなった。
マシューはあまりの恥ずかしさに、自分の体が小刻みに震えている事に気がつく。
ダンスが終わった。マシューは目を閉じていた。ダンスの途中で、彼等を見続ける事に羞恥心の限界を感じ、マシューは彼等の健闘を最後まで見届ける事なく、無の世界に旅立っていた。
優勝者が決まった。大会で優勝したのは、去年も優勝したという、長年一位の座を守り続けているベテランだった。彼はオタク人生に命をかけていた。ステージにあがって、トロフィーと賞金を掲げる彼は、汗だくながらも、凛とすました顔をしていた。
司会者から「優勝の秘訣は?」と聞かれると、彼は、眼鏡の奥の鋭い眼光を光らせて、「死にものぐるいで踊ること」と答えた。「でも、死にものぐるいで踊るだけなら、誰にだって出来るんですよ。勝利を手に入れる為に、大事なことがもう一つあります」
「それは何ですか」
「それは、愛。芸を向ける相手を、いかに愛してやれるか……。そうです。愛なんです……愛が重ければ重いほど技術は磨かれる……」
ベテランは遠い目をしながら噛みしめるように言った。
「なるほど! 素晴らしいです。それでは、優勝者の田中さんに、みなさん、拍手をお願いしまーす!」
わーっと拍手喝采が巻き起こり、大会は終了した。
夕日が落ちる。
「じゃあ、帰ります」
マシューは本田菊にハグをして、別れを告げる。フランシスもアルフレッドも菊に別れの挨拶をした。フランシスにいたっては、菊の頬にキスまでしているしだいである。
「残念だったんだぞ……」
アルフレッドは優勝を逃した悔しさを引きずって、まだ落ち込んでいた。しゅんと肩を落とし、頭を垂れる彼の姿は、なんとも悲しげで、構ってやりたい哀愁が漂っている。彼の姿を見て、そう思ったのはマシューだけではなかったようで、フランシスなんかは真っ先にアルフレッドを慰めようと駆け寄って、声をかけていた。菊も同じく後に続いて、アルフレッドに慰めの言葉をかけてやっていた。アルフレッドは小突かれたり、背中や腕を叩かれたりして、やっと元気になった。
「よし! 来年こそは頑張って優勝するぞ!」
力の入った目で、アルフレッドは元気にそう言うと、慰めをくれたお礼とばかりに、友人二人の頬に、ちゅ、ちゅ、とキスをした。アルフレッドにキスを貰ったフランシスは、すぐさまアルフレッドの頬に愛情のこもったキスを返し、菊は嬉しそうに微笑んで、アルフレッドの頭を撫でた。
来年も出るだって? マシューは、来年は何か理由を付けて、見に行かないことにしようと心に決めた。もうあんな身悶えするような恥ずかしい思いを味わうのはごめんだ。
「さあ、帰ろうか。アル……」
そのとき、アルフレッドのズボンのポケットにしまった携帯電話が鳴った。アルフレッドは電話をとる。
「アーサー?」とアルフレッドは言った。
どくん、とマシューの心臓が鳴った。体全体に変に力が入り、アルフレッドの声に耳をそばだててしまう。
「うん、終わったぞ。……うん、ハハハ。わかったよ。……え? そうなのかい? わかったぞ……。オーケー。ははっ。ああ、いいよ、行くよ。今からね。オーケー。バイ」
電話を切ったアルフレッドはマシューに向き直る。
「ごめん、マシュー」
「えっ、な、何?」
マシューはビクリと体を飛び跳ねさせた。
「俺、今からイギリスに行くことになったんだぞ」
「あ、そうなの?」
「だから、帰りは、一人で帰って貰っても良いかい? 俺はフランシスと一緒に帰るからさ」
マシューが、ちらっとフランシスの顔を見ると、フランシスは、にやにやと何か含んだ笑みを顔に浮かべていた。彼は、もしかしたら知っているのかもしれない。とマシューは思った。アーサーとアルフレッドの関係を。
「……いいよ。気をつけて、行ってくるんだよ」
マシューは何も知らない振りをして、喉から絞り出すように言った。
「センキュ」
アルフレッドはマシューの異変に気づかない。彼は、ぽん、とマシューの肩を軽く叩く。ああ、何とも優しく、純粋な笑顔だろう。アルフレッドの顔を見て、マシューは思った。君の笑顔は子供の頃から何一つ変わっていない。だから僕は君に、子供の頃の君を期待してしまうんだ。君が大人になっただなんて、理解したくないよ。君、そんな無垢な顔をして、これから何をしに行くというんだい。マシューの頭に、ふと、邪悪な妄想が浮かんで、マシューは、ハッと我に返った。
僕って、すごく卑しい奴だ! まったく汚らわしい! 二人を祝福してあげなくてどうするって言うんだ。二人が幸せなら、いいじゃないか、それで。
でも、と引きずる想いを無理矢理振り払って、マシューはアルフレッドたちと別れ、一人で帰ることにした。空港からアメリカ行きの飛行機に乗り、飛行機が空を飛んでいる間、マシューはずっと憂鬱であった。いつ頃からやらしい関係に発展したのだろうか? 淫らな妄想が次々と浮かぶ。余りに思い詰めたせいで、頭痛がしてきた。マシューはおでこに手を当て、頭を抱える。
「イギリスに行くって……。アル、きっと、アーサーさんとセックスをしに行ったんだ……」
果てしない空しさが、マシューの体を襲う。
「セックスするために、わざわざイギリスまで行くんだ……。僕は、たった一人で帰らせて置いて……」
マシューの口から乾いた笑いが漏れる。考えれば考えるほど、自分は二人の愛に対し、否定的だ。
「いや……」マシューは首を振る。「二人がセックスするかどうかなんてわからないじゃないか。すると一方的に決めつけるのは良くない。彼等は僕が思うよりも、きっと純粋な関係なんだ。するのはキスだけだよ。それ以上のことは、しないよ」
キスだけだから、二人の愛を許せるのかと言ったら、そういうわけでもなかった。大人みたいに恋愛をしているアルフレッドが居ると考えるだけで気分は暗い底に沈んだまま、胸の中がもやもやとした霧に覆われている。
ああ、どうしよう! アルフレッドのことが気になって仕方がないんだ!
マシューはこのまま家に帰れる気分じゃなかった。二人の兄弟の様子を、一度この目でしっかり確かめてやらないと、気が済まない。彼らは本当にキスだけの関係なのか。
マシューは飛行機に乗り継ぎ、イギリスに向かった。
イギリスに着いたとき、時刻は深夜であった。健全な人々は寝静まった時間帯である。マシューは厳めしい顔をして、風を切るように歩いて、アーサーの家に向かう。
酷く緊張していた。現実味がなくて、夢の中を歩いている気分だった。
マシューはアーサーの家にたどり着くと、ぴたっと足を止めた。どの窓も明かりはついていないようだった。
「寝ちゃったのかな……」
マシューは少し不安になった。
「いや、別に、情事の現場を取り押さえたいとか、そういうんじゃないんだけどさ……」
自分が訪ねて来た事を、二人には知られたくない。マシューは、あくまでこっそり、中の様子を伺って、満足したら、すぐに帰るつもりでいた。
マシューは玄関を避けて、庭に回り、窓の一つに顔をくっつけて、中を覗く。
「真っ暗で何も見えないや」
見えないのは、窓の曇りのせいもあるかもしれないと思ったマシューは、手で窓の汚れを拭ってみる。すると、拭いた勢いで、窓が横にずれた。
「へ?」
窓に鍵がかかっていなかったのだ。不用心だと想いながらも、マシューは辺りをキョロキョロと注意深く見渡して、誰もいない事を確認した。
「泥棒をしに来たわけじゃないんだ。ただ、ちょこっと様子を見に来ただけなんだ……見たら……すぐ帰るからさ。二人の邪魔は絶対にしない。だから……入るよ……」
マシューは言い訳がましい事をぶつぶつと口にすると、意を決して、窓の隙間を大きくし、一度、深く深呼吸して、悪いとは思いつつも、家の中に体を滑り込ませた。
一階は、電気一つ点いていなくて、不気味なほど静かだった。マシューは家具につまづいて音が出ないように、細心の注意を払いながら、一歩一歩静かに家の中を歩いて行った。アーサーの家には何度か来ていたので、間取りは覚えている。寝室は二階だった。
廊下に出て、階段を見つけると、マシューはゆっくりと上に登った。
見るだけだ、少し見たら、すぐ帰るんだ。寝室の扉を見つけると、マシューは足を止めた。ずきっと胸が痛む。罪悪感が今にして沸いてきた。二人のプライベートを犯そうなんていうんだ。僕って本当にサイテーだよ……。
でも、気になるじゃないか!
マシューは寝室の扉の前まで来ると、そうっと、ノブに手をかけた。
「アーサー、音がしたんだぞ。誰か下に居るんじゃないのかい?」
中から聞こえてきたアルフレッドの声に、マシューは体が石の様に硬直した。どうしよう! さっそくバレちゃったよ! 冷や汗が流れる。とにかく、マシューは息を殺して、中の声に耳を澄ます。
「音……? そんなの聞こえたか?」
「聞こえたぞ。アーサー、君、見てきてくれよ……」
ギッ、とベッドが軋む音がした。そして、床を歩く足音がする。アーサーさんだ! アーサーさんがこっちに来る!
マシューは慌てて扉から離れ、逃げようとした。だが、逃げるには間に合わない。きっと階段を下りている途中で、アーサーに見つかってしまうだろう。隠れられる所を探さなくては。そうだ、部屋だ。寝室の隣にもう一つ部屋がある。ここに隠れよう。
マシューは急いで隣の部屋に駆け込むと、扉を静かに閉めた。それと同時に、アーサーが寝室から出てきた。彼は、マシューが隠れた部屋を素通りして、階段を降り、下に向かった。マシューはひとまずホッとした。だが、安心もしていられない。下に誰も居ないとわかれば、今度は上を探しに来るかもしれない。マシューは暗闇の中、部屋を見渡した。窓がある。そこから外の月明かりが差し込んでいる。マシューは窓に近づき、ここから外に飛び降りられそうか確かめた。外は芝生になっている。飛び降りを邪魔する障害物のたぐいはない。うまく受け身をとれば、怪我もせずに下にたどり着くことが出来るだろう。だが、運が悪かったら……。
そのとき、階段を登ってくる足音が聞こえた。アーサーさんったら、もう戻ってきた! マシューはあたふたと慌てた。とりあえず、どこかに身を隠そうと思った。そして、偶然手を伸ばした所が、机のテーブル部分であり、机なら椅子もあるはずだと、手探りで椅子を見つけると、椅子を動かして、机の下に潜りこんだ。
彼がマシューのいる部屋に入ってくることはなかった。彼は真っ直ぐ寝室に戻っていった。
「誰も居なかったぞ」
「そうかい……じゃあ、気のせいだね……」
暫くすると、隣の部屋から、ちゅ、と濡れた接吻の音が聞こえてきた。何だというのだまったく! マシューは自分の全身の毛がビリビリと逆立つのを感じた。ラブシーンだ!
「アーサー……」
アルフレッドが甘えた声を出す。続いて、濡れた接吻の音が、二、三度鳴る。
押し殺したような声が静まりかえった部屋の中に響く。
マシューはどきまぎしながら、静かに耳を澄ましていた。
「あっ……」
吐息だ。たぶんアルの声だ。マシューは恥ずかしくていたたまれなかった。兄弟の淫らな声を聞く羽目になるなんて。あの子供だったアルフレッドが、いつの間にか自分より先に大人になっていた。聞きたくなかった。知りたくなかった。これ以上この場に居て、現実を思い知らされるのは苦痛だ。なぜか、目に涙が滲んできた。
マシューは、帰ろうと思い、机の下から這い出て、立ち上がった。するとズボンが引っ張られているように感じたので、手で直そうと思ってズボンの前に触れてみた。
「え」
マシューは頭がすっと冷たくなるのを感じた。手が、何か、固いでっぱりに当たったのだ。
それが何であるか気づくと、マシューは激しいめまいを感じた。
勃起している。
何に興奮したというのだ。男同士の、兄弟同士の、情事に? アルの声に? そんなものに僕は興奮したというのか? 何を考えているんだ僕は!
「入れても、いいか……」
隣の部屋から聞こえてきたアーサーの声に、マシューはびくりと肩を揺らし、息を飲み、壁を凝視した。
ごそごそと物音がした。きっと彼等はあれをあそこに入れる準備をしているのだろう。いや、違う、そういうことはしない。だって、キスだけの関係なんだ。暖房を入れても良いか、とか、貯金箱に小銭を入れてもいいかとかそんなのだろう! どうせ!
短いが、甘い悲鳴が聞こえた。それはアルフレッドの声だったと思う。
マシューは、わなわなと体を震わした。
何度か短い喘ぎが聞こえる。
マシューは両手で耳を塞いだ。
セックスしている!
アルが、アーサーさんと!
マシューは二人の情事の声に追い立てられるようにして、家を飛び出した。それから長い旅路の末、マシューはカナダの自宅に戻ってきた。家を出るときに壊れていた玄関の扉は、元通りに戻っている。実に優秀な仕事ぶりだ。
体は酷く衰弱していた。ストレスだ。いろんな事を見聞きして、頭と体を同時に沢山使ったものだから、マシューの体は、この劇的な変化に十分に対応できれていなかった。体全体が泥を含んでいるように重い。頭から足のつま先まで重たい。ほんの少し、向きを変えるために動かすだけでも一苦労だ。胸は終始ざわついている。ここにも泥がびっしりと詰まっているみたいで、心臓は胸の中で苦しげにこもった音をたてながら、必死に、泥をかき分け、血管へ血を送り出している。
マシューは、震えた息を吐き出しながら、台所の椅子に腰を下ろした。腰を落ち着けて、一息つくと、今さっきアーサーの家で起こった事が、頭の中で様々と思い起こされた。一つ一つ思い出していくごとに、マシューは、アルフレッドのことを思って、気分が落ち込んだ。
アルフレッドは、もはや自分の知っている双子の片割れではない。別の人間だ。純で、子供だった彼は、どこにもいない。
マシューは、膝に置いた自分の手を見た。震えていた。なぜ震える必要がある。マシューは急に冷静になって、自分の動揺しっぷりに呆れ、吹き出した。笑ったところで、明るい気持ちになれるものでもなく、心は暗いままだった。
アルにはアルの人生がある、それは僕の人生じゃなくて、アルの人生なんだ。僕の好きに出来るようなものじゃない。好きに出来るのはアル、本人だけだ。だけど……。
つらい……。アルの人生が、アルの価値観が、僕の思うとおりに動いてくれない。どうしてだろう。口出ししたくてたまらない。僕の思う道から逸れると、とても不安になる。落ち着かなくて、苛々して、こめかみの辺りが痛くなる。
つまり、僕は何なんだろう。アルをどうしたいんだろう。
あの時、あの部屋で、アルフレッドの喘ぎ声を聴いて、自分のペニスが固くなった事を思い出す。
「……セックスしたいんだ。……アルと……」
マシューはぽつりと呟いた。言葉にしたら、それが確信であるような気がしてきた。
確かに、ペニスが勃起したという事は、その相手に欲情したという結果だ。それなら、自分がアルフレッドに対して抱く気持ちはそういう物なのだろう、とマシューは思う。
マシューは裸のアルフレッドの姿を想像した。ベッドの中で、淫らに乱れている。両頬は紅潮し、節目がちの目は潤み、大事なところを隠すために、彼は片手でシーツをたぐり寄せている。
「マシュー……」と彼は切なそうに声をかけてくる。
「なにを想像しているんだ、僕は……」
想像して後悔した。途端、酷い罪悪感が体を襲う。自分が想像したせいで、アルフレッドが汚れてしまったような気持ちになった。
「そうそう他人にすぐ股を開くような奴じゃないんだよ、アルは! 彼は純粋なんだ。大事な一人以外に媚びたりしない。僕なんかに……」
マシューは声が詰まった。それ以上先のことを言おうとすると、凄く悲しい気持ちになって、泣きそうになる。
「アルが欲しいのは、僕じゃない。アーサーさんなんだ。アルのことを思うなら、僕はこれ以上手を出しちゃいけないさ」
だけど、一度くらい良いじゃないか。彼はすでに、僕が大事に思っていたアルではない。アーサーさんと汚らわしい事をしているビッチだ。
今のアルなら、大事にしてやる必要なんてない。彼が僕のではなくなった以上、愛する価値なんてないのだ。
雨が降る日だった。しとしとと静かな雨だった。細かな水の粒子が、広げた傘を叩く。マシューはアルフレッドの家に向かっていた。片手に傘の柄を持ち、もう片方の手は、コートのポケットに突っ込んでいる。ポケットの中で、小さな薬の瓶をもてあそぶ。
地面を歩くごとに、道路にたまった雨水が跳ね、ズボンの裾を汚す。
今なら戻れる、とマシューは思う。
しかし、道徳的な考えは浮かぶだけで、進む足は止まらない。だが、それでも良いとマシューは思った。してもいいとマシューは思っていた。アルフレッドとしたいと思っていた。マシューのものでよがり狂うアルフレッドが、ぜひに見たかったのである。
そして、自分の欲求が、本当にアルフレッドを求めてのものなのかを確かめるために彼を抱かなくてはと考えていた。
マシューは確認したかったのである。アルフレッドが自分の愛したアルフレッドなのかどうか。
アルフレッドの家につき、呼び鈴を鳴らす。
寝起きでぼさぼさ頭のアルフレッドが出てきた。
「おはよう、アル。上がっても良いかい」
「良いけど、どうしたんだい」
普段の遠慮がちなマシューらしくなく、ずうずうしく勝手に家の中に上がる。部屋を少し見て回る。思った通り、アルフレッドは一人である。客は自分以外誰もいない。アーサーが仕事で出張中だというのは調べて知っていた。
「君のために朝食を作って上げようと思って」マシューは優しい笑みを浮かべる。
「本当かい。嬉しいぞ。ありがとうマシュー!」
何も知らないでアルフレッドは喜び、マシューにハグをする。マシューはアルフレッドのやわらかな体をしっかりと抱き留めた。そして、彼の匂いを思いっきり吸い込んだ。この体を僕は抱くんだ。僕の良いようにして、アルの中で快感を貪ってやるんだ。
マシューは台所に立ち、ホットケーキを作った。それから、アルフレッドの為に苦めの濃いコーヒーを作り、その黒い液体の中に、隠し持っていた白い薬を細かく潰してから混ぜた。更に、ミルクと砂糖を大量に加え、味を隠す。
「できたよ」
数分後、食事を終えたアルフレッドはソファの上で眠りについた。
コーヒーに混ぜたのは睡眠薬だった。
マシューはアルフレッドをベッドルームに運ぶ。そして、彼の服を脱がして裸にした。彼の裸を見たマシューは心臓を鷲掴みにさらたみたいに、ハッとした。
アルフレッドの白い肢体には、胸を中心に、赤いバラの花びらの痕が散っていた。キスマークだ。大人の夜を味わった体だ。
マシューはそっと赤い痕を指で撫でる。どんな風に、どんな気持ちで、アーサーさんはアルフレッドの体に痕を残したんだろう。自分の所有物だと主張したかったのだろうか。
でも、これから彼の可愛いアルフレッドはマシューに抱かれるのである。
マシューは乱暴に自分の服を脱いだ。そして、明るい日差しが窓から差し込んで自分の顔を照らしているのに気がつくと、窓に歩み寄ってカーテンを閉める。
自分を信頼してくれたアルフレッドを裏切ることになる。彼を眠らせて、抵抗できないうちにレイプをしてしまおうというのだ。だけど、最初に裏切ったのはアルフレッドの方だ。僕の純粋な幻想をぶちこわした。
マシューはベッドで横になるアルフレッドの体をうつ伏せにし、彼の左足を少し曲げて、盛り上がった形の良い丸い尻と、その奥にある、しぼみを見つめる。やましい気分だった。性的な意識を持って彼の体を見るのは初めてだ。
マシューはワセリンをとって、眠っているアルフレッドの可愛い顔にキスをし、身を屈めて、アルフレッドの尻に指を這わす。肌はきめ細かく、すべすべとしていた。弾力のある肉は柔らかい。
まるで職人のように、マシューはアルフレッドの神聖な丘を見つめ、そこを指でいじくり、ほぐすのに専念した。滑りが足りなく感じたら、さらにワセリンを足して、指を挿入し、柔らかくなるまで揉んで、広げた。十分にほぐれたと感じたら、指を抜いて、ペニスにコンドームを装着して、アルフレッドの尻に自分のそりたった物をあてがった。そして、ゆっくりと穴に埋めていった。
それはすばらしい締め付けだった。赤ん坊の小さな口であむあむとしゃぶられているみたいだった。ワセリンのおかげで、十分に濡れ、暖かく、気持ちが良かった。マシューはうつ伏せのアルフレッドの腰を支え、腰を動かす。マシューのペニスは凶器の棍棒みたいに大きく膨れ、ごりごりとアルフレッドの中をえぐる。
最初のうちはぎこちなく出し入れを繰り返していたマシューだったが、どうしたら気持ちいいか、やり方を覚えてしまうと、マシューは馴れた腰使いでリズミカルにアルフレッドの尻に股間を打ち付け始めた。
眠っているアルフレッドも快感を感じているのか、耳を赤く染めている。
「アル、感じてる? 僕ので感じているの?」
マシューは腰を動かしながら、アルフレッドの背中に覆い被さり、手でアルフレッドの乳首をいじった。
「感じて。アル。僕ので感じて!」
腰の動きを早める。アルフレッドの体は打ち付けられる振動で大きく揺れる。ベッドがぎしぎしと鳴る。
本腰を入れて、突くために、マシューは膝立ちになって、アルフレッドの腰を支えた。
そのとき、アルフレッドが首を動かす。頭を枕にこすりつける。そして、彼は背後を振り向く。
うつろな青い目と、目があった。
「あ……」
下腹部の熱が激しくなった。マシューは興奮して、更に、より早く腰を動かした。野獣のように、激しく。
アルフレッドは顔を赤くし、感じたように目を伏せ、枕に額をこすりつける。
アルフレッドを犯している最中に、中にしこりを見つける。それを削るように、腰を動かす。
アルフレッドの背中が激しい呼吸で上下する。
耐えきれず、アルフレッドが短く喘声を漏らす。甲高い。甘い声。
アルフレッドの白い皮膚には汗が浮いていた。首も耳も赤く染まり、筋肉の突いた尻まで赤い。
マシューはアルフレッドのペニスを握る。堅くなって上向いていた。数度こすると、アルフレッドはびくびくと体を震わせる。そして、シーツの上に粘液を放った。
マシューはかまわず腰を打ち続けた。自分の快楽を追いつつも、アルフレッドを気持ちよくすることも忘れなかった。アルフレッドの体は激しく揺さぶられる。彼は限界を超える快楽に苦しみ、悶え、逃れようと身をよじる。しかし、その快楽からは逃げられない。そして、アルフレッドは二度目を放って、失神した。
ばくばくと心臓が鳴っていた。ずるりとペニスを引き抜く。
はあ、はあ、と肩を上下させる。
「あ、アル……」
マシューは立ち上がろうとして、崩れ落ちる。腰が立たなかった。そんなに疲労するまで、激しく行為にふけっていたのだろうか。
「ごめんね、アル」
マシューはアルフレッドを仰向けにして、コンドームを新しいのに換え、アルフレッドの膝を抱えながら彼の中に挿入した。それから、彼の体にのし掛かってじっとしていた。そうして、思い出したように突き上げ、また、じっとする。彼の中の温もりに感じ入っていた。いつの間にか眠っていた。
アルフレッドが暴れたことで目が覚める。マシューは暴れるアルフレッドを押さえつける目的で入れたままの腰を激しく動かす。アルフレッドのペニスが自分の腹と彼の腹で押しつぶされる。腹でこすりつけるように動かしてやると、アルフレッドは歯をくいしばって、漏れそうになる喘ぎを必死に耐えていた。
鼻をすする音が聞こえる。泣いているのだろうか。
「なんで、こんな事するんだい……」アルフレッドは涙声で言った。
「君のせいだよ」マシューは冷たく言った。「君が大人になったからいけないんだ」