ヘタの米様贔屓ブログサイトです。 米受け二次小説を書いています。R18禁サイトです。
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この国は世界中の様々な人種の人々が共に暮らしている。人種差別というものは存在しない。彼らにとってお互いは人種の前に、人間であった。一人一人が人を人と認識しているそれが彼らの当たり前の日常である。
巨大地下鉄駅、ヘタルリア地下鉄道の駅があるアペッチ街とは、この国の中でも最も貧しい地域のことだ。街の景観など何のことやら、もう何十年も改修工事をしていない建物がたくさんあり、どの建物も、塗装がはげ、汚れていて、窓は割れ、ガムテープで割れた窓を抑えている家がほとんどである。あまりにも老朽化が激しくて、自然に崩れ落ちた建物もチラホラ目に付く。それらは寄せられることなく、そのままの状態で、いつまでも崩れて置かれ、子供達の格好の遊び場となっている。
アペッチ街に住む人々の多くは、借金があり、朝昼晩と安い賃金でせわしなく働いている。しかも、この街の住人で働いていない人は一人も居なかったりする。というのも、住人達は、働かず、金のない生活がどれほど悲惨なのか、身を持って知っているから、皆働こうとするのである。だが、アペッチ街の住人はこれまで貧しい暮らしを送り、散々不幸を味わってきたので、捻くれた性格の人間が多く、まともな職についている者は少ない。皆、どこかおかしな仕事をしていた。
アーサー・カークランドと、アルフレッド・F・ジョーンズは、ヘタルリア地下鉄道の直ぐ近くのボロイアパートに住んでいる。二人は血の繋がっていない兄弟である。正式な兄弟ではなかった。16年前、ストリートチルドレンだったアーサーが、親に虐待されて逃げてきたというアルフレッドを拾ってから、二人は行動を共にし、兄弟となったのだ。
「アーサー、準備は良いかい」
黄金色をした腰までの長さの、若干カールしたカツラを、鏡の前で頭に装着しているアーサーに向かって、アルフレッドは聞いた。
アーサーはフリルがいっぱい付いた、ピンク色のロココ調のドレスを着ていた。顔には厚い化粧を施し、上下の両瞼には付けまつ毛を貼りつけ、唇には血の様なルージュを塗っている。見た感じ、化粧覚えたての可愛い少女の姿だが、アーサーは立派な男だった。
「ああ、今出来た所だ」とアーサーは言った。
「じゃあ、行こう」
ジーンズに、白いTシャツ、ジャケットを羽織っただけの姿のアルフレッドは、可愛らしく着飾った、アーサーの腕を取って、アパートの外へ出て行った。
空の高い所に、白っぽい満月がぼんやりと浮かび、街には闇が降りていた。街灯が五十メートル置きにポツポツと灯り、どれも電球の寿命が残り少ないのか、不安定に、明かりの点滅を繰り返している。
暫く二人で歩いていると、前方に人影を発見した。
「アーサー」
「ああ……」
アーサーとアルフレッドは目配せしあい、アルフレッドがビルの影に身を隠し、アーサーが人影に向かって走って行く。
「お兄さん、遊ばない?」
アルフレッドはアーサーの裏声を聞きながら、じっと息をひそめていた。
やがて、アーサーが呼びとめた男を連れて、アルフレッドが隠れているビルの影に遣って来た。
男は40歳ぐらいの中年で、アルフレッドの姿を見つけると、えっ、と驚いた素振りを見せた。
「悪いな、おっさん」とアーサーが太い声で言った。
次の瞬間、アルフレッドが、腕を振り上げる。バンッという爽快な音と共に、頬を力強く殴られた男は地面に倒れ、あっけなく気絶した。アルフレッドは、男の体を転がして、まさぐり、男の履いているズボンのポケットから、財布を抜き取り、中を確認すると、満足げに笑った。
「700ドルなんて大金……今日は給料日だったのかい? おじさん、ついてないね」天の邪鬼な笑みを浮かべるアルフレッドの表情は、月灯の下では、どことなくエロチックで、魅力的だった。
アルフレッドは、札だけ抜き取り、空の財布を、すっかり伸びている男の体の上に放った。
「行こうぜ」アーサーに言われ、アルフレッドはアーサーと、その場を急いで後にした。
男の欲を利用した強盗。それが、アーサーとアルフレッドの仕事だった。
自宅に着くなり、アーサーは着ていた女物の服を、床に脱ぎ捨てた。そして、上半身裸のパンツ一丁のまま、家の中を歩き、鏡の前で付けまつ毛をはがし始める。アルフレッドは、そんなアーサーの裸を見て、良い体だ、と思わず見とれてしまった。彼が裸を晒すたびアルフレッドは、彼の体に見とれてしまうのだった。傷や、痣の一つもついていない、真っ白で、つるりとした、きめ細やかな肌の下には、しっかりとした筋肉が無駄なくついている。余分な脂肪は殆んどなく、割れた腹筋の美しい事と言ったらない。
「アルフレッド」と呼ばれ、アルフレッドは顔を上げた。
「寝室からあれを持ってきてくれ」とアーサーは言った。
「オーケー」
あれとはアレの事だ。
アルフレッドは寝室に走った。そして、寝室にある箪笥の引き出しを開けると、中から注射器と粉薬を取り出し、それを持って、アーサーの元へ戻った。
アーサーに持ってきた物を手渡すと、アーサーは「サンクス」と口角を上げて笑い、礼を言った。アルフレッドは肩を竦めて、ソファに座り、リモコンでテレビをつける。その横で、アーサーはコップに入れた水に、アルフレッドが持ってきたに粉薬を溶かし始めた。そして、十分に指でかき混ぜると、その水を注射器の針で吸い取り、ピストンを少し押して、注射器の空気を抜き、それを一旦テーブルに置いて、今度は自分の左腕をゴムの紐で縛り始める。アーサーは口を使いながら器用に紐を結ぶと、注射器の針を紐で縛られた方の腕に迷いなく刺した。アーサーが注射器のピストンを操作すると、注射器の中に血がほんの少し混ざって、血が煙の様にうねった。彼はピストンを一気に押して、血管の中にそれを流し込んだ。そして、すぐに腕を縛っていた紐を外した。
アーサーが長い溜息を吐き、使い終わった注射器を床に投げ捨てる。注射器が床を転がり、テレビの下に入って行った。
アーサーがふらふらと覚束無い足取りで、アルフレッドの方に歩いて来る気配を感じて、アルフレッドは身構えた。アーサーは、アルフレッドの座るソファの背もたれに回り込むと、後ろから、アルフレッドの体に倒れ込んできた。そして、彼はアルフレッドの頭を掻き抱いて、何度もキスを落としてきた。
「やめてくれよ、アーサー」アルフレッドは、本当は嫌じゃなかったが、嫌なふりをして、アーサーの頭を押し退けて言った。アーサーは熱のこもった眼で、アルフレッドを見つめる。薬をやった時だけだ。アーサーがこんな顔をするのは。こうして、甘えてくれるのも。薬をやると、気が大きくなるのだ。
「なあ、アルフレッド、ヤるか」
「やらない」
「何でだよ。薬やってる兄貴とするのは嫌か?」
「そんなんじゃないさ……ただ、男同士でセックスするなんておかしいんだぞ」
アーサーは薬をやると、なぜかアルフレッドをセックスに誘う。良い迷惑だった。アルフレッドは、アーサーが本気でそういう事をしようと言っているわけじゃないって、ちゃんと分かっていた。薬をやると、その作用から気分が高揚して、ふざけたくなるのだろうと思う。アルフレッドは薬をやったことがないので本当の所は分からないが。
嘘と分かっていても、誘われると、ついドキッとしてしまって、腹の奥底がカーッと熱くなる。アルフレッドは、そんな不正な気持ちを抱くたびに、自分を叱った。男に恋愛感情なんて持ってはいけない。きっとアーサーだって望んでいない。自分がアーサーに、抱いてはいけない感情を抱いていると、アーサーが知ったら、きっと、彼は嫌がる。軽蔑だってするだろう。彼に拒絶されたら、自分は生きていけないから。だから、この感情に蓋をする。でも、アーサーに抱きつかれ、甘えられると、アルフレッドは嬉しかった。愛されている実感がわいて、この時ばかりは心が満たされ、平安な心地になるのだ。彼が薬をやっている時限定の、ほんの一時の時間だけど、アルフレッドは幸せを味わった。ただ自分の気持ちを隠し続け。
薬が体に悪いって言うのは知っている。いつかは、アーサーの体にも悪い事が起こるのだろうっていうのはわかっていた。でも、アルフレッドはその事から目を反らし続けてきた。
自分の卑しい欲求の為、アーサーの体を犠牲にし、無邪気に喜んでいたのだ。
だから、アーサーが家で倒れた時、アルフレッドの心は奈落の底に突き落とされたみたいになった。アーサーの薬の乱用を止めようとしなかった事を反省し、後悔した。自分が止めなかったせいで彼が死んだら、とても生きていけない。アルフレッドは、直ぐにアーサーをおぶって、病院に向かった。病院に辿り着く途中で、アーサーは目を覚まし、もう大丈夫だと言ったが、アルフレッドは信用ならないと、病院に無理やり連れて行った。
病院について、アルフレッドは金がない事に気がついた。盗みで得たお金のほとんどは、アーサーが使う薬に消え、残りは食料と家賃で消えた。今は何も持っていなかったのだ。
アルフレッドは、渋るアーサーを病院に置いて、受付を済まし、診察が終わったころに迎えに来ると言い残して、家に帰った。
そして、アルフレッドは一大の決心をしなくてはならなかった。家に入ると、アルフレッドは部屋にあるクローゼットを漁った。中から、沢山のフリルがついたドレスを引っ張り出すと、自分の体に当ててみた。ぎりぎり着られると思った。この服は、強盗をしに行く時、アーサーが身につける女物の服だった。さっそく、アルフレッドはそれに着替え、それから、顔に慣れない化粧を施し、黄金色の長いカツラを頭に被ってみた。鏡の前の自分の姿を見て、アルフレッドは溜め息が出て、急に寒気がして鳥肌まで立ってしまった。体躯の良いアルフレッドに、女装は似合わない。華奢なアーサーだからこそ、似合っていたのであって、アルフレッドがこんな恰好をすると、なんだかヘンテコに見えた。眼鏡を掛けている分、男の輪郭は隠されているが、見る人が見れば、男だとわかってしまう。
「お金を……手に入れなきゃいけないんだ」
病院でアーサーが待っている。病気の処置にはお金がかかるのだ。アーサーの為に、一人で稼ぎを出さなくてはいけない。
アルフレッドは恥もかなぐり捨てて街に出た。しかし、今日はいつも行く通りの道ではなく、金持ちが多い街の通りに向かった。少しでも多く金を手に入れたい。病気のアーサーの為に。当分は、アーサーを安静にさせなくてはいけないのだから、その間の食糧を買える分のお金が欲しい。どうせ得るならいっぱいお金を。そんな気持ちが、アルフレッドの足をこの街に向かわせたのだった。
アルフレッドの姿は、街の人から見れば異端だった。まだ日も沈んでいない、明るい午後であったから、アルフレッドの姿は隠される事なく公の前に晒されている。通りを歩いている時に刺さる、奇異の視線が辛い。ただ、アーサーの為を思って、アルフレッドは男を物色した。
そして、アルフレッドは、一番身なりの良い男を見つけると、彼に突撃した。
「ハイ、一緒に遊ばないかい?」
「なんだ、このカマ野郎!」
彼は酷い悪態を吐いて、歩き去って行った。アルフレッドは途端に自信を失くした。この恰好じゃ、やはり無理がある。夜にまた出直すべきかと思った。だが、アーサーは今も病院で待っているのだ。病院に行ったら、まずお金を払わないといけないだろう。やはり、今自分で獲物を捕まえて、金を稼いでおかなくては。
「君、ナンパ待ち?」
後ろから声を掛けられて、アルフレッドは振り返った。痩せた貧相な男が立っていた。身なりもそれなりに良い。
「そうだぞ」アルフレッドは、仕事モードになって、にやりと笑った。
男は嬉しそうに、アルフレッドの腰を抱いてきた。
「ワオ、君、背高いし、結構太ってるね」と男は馴れ馴れしく言った。
「そうだろ? 抱き心地は最高さ」
アルフレッドはムッと腹が立ったのを堪えて、男の耳元に、裏声で囁いた。すると、男は、顔を顰め、有ろうことか、アルフレッドの胸を行き成り鷲掴みにしてきた。アルフレッドは驚いて、体が強張った。
「この触り心地、パッドだ。声も女にしてはオカシイし。君、男でしょ?」
アルフレッドは、何も言えず、唾を飲んだ。面と向かって男だとバレテしまうと、急に、この姿をしている自分が恥ずかしくてたまらなくなってきた。
「大丈夫さ」男はアルフレッドを慰める様に、アルフレッドの尻を撫でながら言った。「僕は男も好きなんだ」
そう言われて、アルフレッドは溜らず苦笑いした。男はアルフレッドの尻を触るのをやめ、また、アルフレッドの腰をしっかりと抱き直した。
「さっそくホテルに行こう、と言いたいところだけど、僕はホテルがあまり好きじゃなくてね。君がいいなら、僕の家においでよ。一人暮らしで、物はあまりないけど、落ちついた雰囲気だよ。来るかい」
アルフレッドは考えた。人通りの多い通りでは、無暗に不審な行動はとれない。男は一人暮らしだというし、彼の家で襲って、家にある金目の物を全て盗んで帰るというのも良い手かもしれない。
「オーケー」とアルフレッドは言った。
男はタクシーを止め、アルフレッドと乗り込んだ。
十五分車に揺られ、着いたのは、街から外れた所にある、広い庭の付いた豪邸だった。
「良い家だろ」
「まあね」
煽てもそこそこに、アルフレッドは男と一緒に男の自宅に入った。広い廊下はピカピカに磨かれ、埃一つ落ちていない。
「メイドを雇っているのかい?」とアルフレッドは聞いた。
「ああ、二日に一度来る。今日は来ない」と彼は言った。
なら、良いとアルフレッドは思う。ペットも飼っていないようだし、彼は本当に一人きりなのだ。
「さきにシャワー浴びてきなよ。僕、化粧している人はあまり好きじゃないんだ。クレンジングオイルが洗面所にあるから、ちゃんと落として。ガウンも洗面所にあるから、使っていいよ」男は洗面所のある扉を指さし、自分はリビングに入り、戸棚から酒びんを取り出して、直接注ぎ口から飲みだした。アルフレッドは、すぐに彼を殴りつけてやろうと思ったが、彼が明けた戸棚に、銃が一丁隠されているのに気がついてしまい、せっかく彼が酒を飲んでいるのだし、彼が酔っ払った後に伸してやろうと考え、その場では何もしないでやることにした。アルフレッドはシャワーを浴びるふりをして、水音だけ出し、シャワーを浴びることなく似合っていないドレスを脱いで、下着の上にガウンを羽織り、カツラを脱いで、化粧もおとした。男を潰してから男の服を盗んで着て帰ろうと決め、アルフレッドは洗面所を出た。
男は、リビングで酒を片手に待っていた。
「早かったね。髪、濡れてないけど、洗わなかったの? ま、別に良いけど……。それより、君、本当に美人だね。なんだろう、こんなに美人な子だとは思わなかったよ」得した気分だ、と男は笑った。
アルフレッドは、愛想笑いをしつつ、じり、じり、と男に近づいて行った。男の顔は赤い。酒に弱いのか、彼に近づいて行くごとに、酒臭い臭いに吐きそうになる。男は近づいて来るアルフレッドを見て、にたにたと笑っていた。
その時、ドアをどんどんと乱暴に叩く音が聞こえて、アルフレッドは動きを止めた。
「来たかな」と男は言った。
「何がだい」アルフレッドが眉をひそめると、男は噴き出す様に笑った。
「呼んだんだ。友人を。君がシャワーを浴びているすきにね」
「なんで……」
玄関のドアを開けられる音がした。そして、沢山の男の声が家の中になだれ込んでくる。アルフレッドは急に体が緊張して、心臓が早鐘を打ち出す。
「ホモの友達が多いんだ」と男は言った。彼はキッチンに寄りかかって、酒をまた一口飲んだ。
彼の友人たちがリビングにやってきた。5,6人は居たろうか。どいつもこいつも気持ちの悪い笑みを顔に張り付けて、アルフレッドを見つけるや、品定めするようにアルフレッドの体を眺めまわした。アルフレッドは気分が悪くなった。
「君だけだと思って来たんだ。でも、こんなに人が居るのなら、俺は、帰るぞ」
酒を飲んで顔を赤らめている男にそう言って帰ろうとするアルフレッドを、男の友人の牛みたいに目の離れた男が引き止める。
「駄目だ。ボーイ。急に帰られちゃ困る。俺たちだって、暇で来たわけじゃねえんだ。お前だってヤる為に来たんだろ。俺達と楽しもうぜ!」
「嫌だ!」
アルフレッドは男達の体を潜りぬけて、出口に向かい、走った。だけど、途中であっけなく掴まってしまい、床に押し倒された。床に倒れた拍子に、ガウンをめくられ、パンツを半分下まで引き下ろされた。肝が冷える。汚い男にヤられるなんて、たまったもんじゃない。これがアーサーなら……。
「やめろ!」
アルフレッドが悲痛な声を上げると、男達は嘲笑った。
「シチュエーションがレイプみたいだ」と誰かが言った。
「最高だな」とまた誰かが言った。
アルフレッドは、なんとか逃げられないものかと、四肢を振り回し、もがいた。だが、数人の男達にしっかりと押さえ付けられていて、立ち上がることすらできない現状だった。誰かがアルフレッドの片足を持ち上げ、パンツを抜き取った。そして、誰かが口笛を鳴らす。アルフレッドは羞恥で顔が真っ赤になった。きっと彼らからは、アルフレッドの割れた尻や、その前の……も見えている事だろう。
「やめてくれよ……したくないんだ……こんな事したこともないんだ!」
「あんだ? バージンだって?」
「そりゃ、良い、耳より情報だ」
男達はガハハ、と笑い、アルフレッドの体を隠すガウンを引っぺがした。冷たい空気がアルフレッドの体に触れた。
地獄だった。まさか自分がこんな目にあうなんて。何度も、自分が死んだ。痛くて苦しくて、恥ずかしくて、もう嫌だった。いつ終わるだろうと先の事ばかり考えて、やっと終わったと思ったらまた始まって、アルフレッドは心のガラスが粉々に壊れる心地を味わった。一生元には戻らない。純粋だったあの頃には戻れない。頭が真っ白になった。壊れる。
どうやって終わって、どうやって辿り着いたのかは分からないが、アルフレッドは、アーサーの待つ病院に居て、アーサーの診察の会計を済ましていた。誰のかわからない高級なスーツを、なぜか身につけていた。
「アルフレッド」と待合室の椅子に座っていたアーサーが、アルフレッドを見つけて、走り寄る。「お前、どこに行っていたんだ?」
アルフレッドは不気味なくらい満面の笑みで答えた。
「ちょっとね……」
病院から自宅に戻って来たら、アルフレッドは、まずアーサーに処方された薬と水を渡し、飲むように言った。そして、自分は汗をかいたからシャワーを浴びるよ、と言って、タオルを掴み、シャワールームに逃げ込んだ。アーサーの顔がまともに見られない。まともに見たら、何もかも見透かされ、知られてしまう気がして。あの地獄を。
アルフレッドは、着ていたスーツを、バスルームにあるゴミ箱に捨てると、裸になり、シャワーの前に立って、コックを捻り、冷たいシャワーを浴びた。お湯を浴びようとは思わなかった。なぜか、水の方が、今の自分に適している気がした。
ははっ……とアルフレッドの口から笑いが漏れる。
笑った振動で腹が緩んだのか、尻の穴が何かを吐きだし、アルフレッドのふとももを伝う。アルフレッドは手でそれに触れて見た。指についたのは、ネバついた白っぽい様な、半透明の液体で、僅かに血がまとわりついている。
ああ、これは……。それが何なのか分かって、アルフレッドの瞳から色が消え失せた。
どこから入り込んだのだろうか。密室のシャワールームの中を、一匹の黒い蠅が飛んでいる。自分の世界と、蠅の世界が共存しているこの瞬間に、アルフレッドはカオスな不釣り合いさを覚えた。
シャワーを浴びると言ったきり、なかなかシャワールームから出て来ないアルフレッドを心配して、アーサーは、アルフレッドの様子を見に行く事にした。病院に迎えに来た時の彼の様子は、どこかおかしかった様な気がする。具体的にどこが、なんてのは、わからなかった。だけど、どこかが不自然だったのだ。アーサーは直感的に嫌な予感がした。シャワールームに入って、シャワーカーテンで閉ざされているそこに向かい、アーサーはアルフレッドの名前を呼んだ。だけど、いっこうに返事が返ってこない。アーサーは胸騒ぎがして、顔色がどんどん悪くなっていく。彼の身に何かあったのかもしれない。アーサーは思い切ってシャワーカーテンを引いた。すると、そこにアルフレッドは居た。俯いた暗い顔は、廃人のような顔をしていて、彼は床にしゃがみ込み、冷たいシャワーの水を頭からだまって浴びていた。
「アルフレッド……? 何してんだ」
アーサーはアルフレッドの肩に、そっと触れた。
アーサーに肩を掴まれ、アルフレッドは、物凄く驚いた。首を動かしてみると、目の前に服を着たアーサーが立っている。アーサーの姿を見て、アルフレッドは我に返った。
「あ……、勝手に……入って来ないでくれよ……」
「お前、どうしたんだ?」アーサーは心配げに声を震わせながら聞き、シャワーのコックを捻り、水を止めた。
こんな見るからに不自然な状況を見て、知らんぷりをするアーサーではない。アルフレッドは、一瞬、全てを打ち明けてしまおうかと思った。だけど、言ったら言ったで、その後の事を考えて、嫌になった。男に犯されただなんて、一生の恥だ。アーサーに知られるのが恥ずかしい。知ったら、どんな顔をするだろう。……言わない方が良い。
「出るから」とアルフレッドは、やっと、声を絞り出して言った。そうして、何でもないんだと言いたげに無理やり笑って見せる。アーサーの責める様な表情を見たくなくて、思いっきり目を細めて。
「少し、疲れているんだぞ。もう、出るから……」そこ、どいてくれよ、とアルフレッドは立ち上がり、アーサーを押し退けて、出て行こうとした。だけど、アーサーは酷く低い声で、アルフレッドを呼びとめた。
「おい、血が出ているぞ」
ち?
振り向くと、アーサーは、アルフレッドの尻のあたりを指さしていた。彼の指さす場所が、どこなのかを理解したアルフレッドは、とたんに体を震わし、顔を、さっと青ざめさせた。
ああ、嫌だ!
「アルフレッド、何があったんだ?」血を見て、感づいたアーサーが怒った様に尋ねる。
アルフレッドは足ががくがくと震えて、頭の中はパニックを起こしていた。
知られたくなかったのに! なんで!
「アルフレッド?」
「」
パニックによる過度の興奮で、喉が引き攣り、声が出せない。鼻が詰まった様になり、目がしらの辺りが熱くなって、ポロっと、アルフレッドの蒼い目から涙が一粒こぼれ、頬を伝った。
別に泣きたくなかったが、涙が勝手に流れてきた。そんなアルフレッドを見て、アーサーは悲しそうに目を細めた。
アーサーはタオルを取って、黙ってアルフレッドの濡れた体を拭き始めた。アルフレッドは、ただグズグズと泣くしかなかった。
服を着せられ、ドライヤーで髪まで乾かして貰い、アルフレッドはまるで子供に戻ったようだった。尻の穴の中には、まだ、汚れた液体が残っていたが、アーサーはそれには一切手をつけなかったので、液体は残ったままにされた。
アーサーは、寝室までアルフレッドを連れてくると、ベッドの上に、アルフレッドを寝かせた。眠れという事なんだろうと思ったアルフレッドは、アーサーに従ってベッドに横になって目を閉じた。
暫くすると、アーサーは、アルフレッドを一人残し、寝室を出て行った。所が、アーサーはすぐにまた戻って来た。腕にはお湯の入った洗面器を抱え、それから清潔な白いタオルも何枚か持ってきていた。
「それ、何だい?」何に使うんだい、と嫌な予感がしたアルフレッドはアーサーに聞いた。
「お前の中に出された汚れを、取ってやろうと思って」アーサーは喋りにくそうに言った。
アルフレッドは頭にカッと血が上った。なんで! 何で知っているんだよ! 気付いていないと思っていたのに!
アーサーは無表情でベッドに近づいてきて、床に洗面器を置くと、そこにタオルを浸して、絞り、手に持って、アルフレッドと向かい合った。
「触るぞ」
「やめてくれよ! 君、……!」自分の膝に置かれたアーサーの手を、アルフレッドは慌てて振り払い、体を起こした。その時、アーサーの凍てつくような瞳と目が合った。その目を見ていると、自分がゆがみ、壊れていくような感覚に捕らわれた。真っ黒な渦に体が飲まれる。脳が溶けて、ゆがみ、崩れ落ちる。ああ、叫ばないと。今、叫ばないと壊れる。脳の細胞がぷつんぷつんと破壊されていく。
「あああああああああああ!」
衝動のままに、アルフレッドは叫んでいた。
「アルフレッド!?」これにはアーサーも驚いた。
「あああああああああああ!」
アーサーは一度舌打ちすると、部屋を駆け、部屋の隅にある箪笥をこじ開け、引き出しを漁り、そこから何かを取り出した。そして、その取り出した物を右手に持ったままで、アルフレッドの体を左手で掴まえると、それでアルフレッドの首を躊躇いもなく刺した。次の瞬間、アルフレッドの瞳孔は大きく開いて、すぐさま収縮した。
アーサーは、アルフレッドの首に刺した物を引き抜く。長い針が見えた。注射器だ……とアルフレッドは思った。アーサーがアルフレッドに打ったのは、薬(ヤク)だ。氷の様に冷たい水が、血管の中を走って行く。アルフレッドの体からゆっくりと力が抜ける。ばふっ、と布団の上に腕が落ちた。普段薬を使用しない人間が、薬を使用すると、その効果は常用する人の何倍にもなる。
「きみ、なんてことを……俺に薬を使うなんて……ひどいぞ……」
「悪い……」
ばつが悪そうに、アーサーは呟き、再びアルフレッドの足に手を掛けた。
「いやだ、やめてくれよ……」
アルフレッドは小さく掠れた、弱弱しげな涙声を出して訴えた。
それなのに、彼はやめる様子がなかった。どこか堅い、逞しい父親のように真剣な表情をして、うつぶせにしたアルフレッドの生尻を左右の手で割開いた。
アルフレッドは目を覆いたかった。アーサーに見られている。それも、よりにも寄って一番汚く汚れている所を。アルフレッドは羞恥に、顔も体も真っ赤に染めた。
「嫌だっ」
本当に心の底からやめてほしいのに、彼はアルフレッドの声を無視して、アルフレッドの卑猥な蕾に指を付きいれてきた。体が動けたら、アーサーの手を振りほどいて逃げてやれたのに。薬の効果でそれもできない。
「ぁ……ぁ……っ」
アーサーは唯の父性愛から、アルフレッドの後始末をしようとしているのをアルフレッドはわかっていた。泥まみれになった子供の泥を洗い流してくれる親の様な。でも、こればっかりは、アルフレッドの心を深く傷つける行為だということを理解してほしかった。
……好きな人に……自分の恥ずかしい所を見られ、指を入れられ、性行為でもないというのに、穴を弄られれば感じてびくつく体をしっかりと見られることへの羞恥心。指を動かすたびに漏れ出してくる真新しい白い粘液が、赤の他人が残して言ったものだと知られる事、それはつまり、アルフレッドが犯されたってことを表しているから、けがらわしい事をされたってことだから。そんなことを全部知られるのが嫌だった。知られたくなかった。
惨め。
ずっと強い自分でいたかった。彼の前では。
濃い黒の霧がアルフレッドの頭の中を充満し、考えることすべてが、今のアルフレッドの心を深く傷つけて行く。早く消えてしまいたい。死にたい。めくらのように何も見えない世界に行きたい。それで、誰よりも馬鹿になって、簡単な言葉も理解でくなくなって…………
アルフレッドの丸い白い尻が勝手にビクンと跳ねる。アルフレッドの尻の動きに引っ張られ、アルフレッドの尻に指を入れていたアーサーの手が動くのを感じて、アルフレッドは顔を赤く染め、歯を食いしばった。
アーサーの指が中に秘められた大事な所に触れていた。アーサーが意図した事ではない。指で掻きだしている内に、偶然そこに当たったのだ。アーサーはアルフレッドの尻がびくついたことなんて気にする様子もなく、指を動かし続ける。
「……めて……!……自分で、ぁ、やるっから……ッ!」アルフレッドはこれ以上指を入れられていたら、自分が壊れてしまう様な気がして、たまらず叫んだ。
「動けないのにか?」アーサーの声は冷静だった。
「君が……っ」薬を打たなけりゃ動けたさ……。
もう嫌だった。一人になりたかった。これ以上心を壊されるのはゴメンだ。
アーサーの指の動きが、的確に前立腺をこすり、喘ぎ声が出そうになって、歯を食いしばる。無様な姿をアーサーに晒したくない。
早く終われ、早く終われ、と、ずっと長い時間願い続けていた様な気がする。そのうち、アーサーはアルフレッドの尻からゆっくりと指を抜き、汚れた指を濡れたタオルで拭き、そのタオルでアルフレッドの尻穴や、その周りを念入りに拭いて、ペニスのあたりも拭いてから、アルフレッドの足を取って新しいパンツをはかせてくれた。
やっと、終わった。
アルフレッドは、すっかり憔悴していた。アーサーと目を合わせるのは気まずくて、アルフレッドは枕に顔を埋めたまま、目を瞑っていた。
アーサーはアルフレッドの体を一生懸命動かしたりして、ガウンを着せてやると、仕上げに布団をかけてくれた。
「寝てろ」
アーサーはそう言って電気を消す。ベット脇のデスクライトの柔らかなオレンジ色の薄明かりだけが、ぼんやりとベットのあたりだけをを照らし、真鍮のベットの策や、アルミの時計、ニスの塗られた木のテーブル、本棚に収まっているフィルムで加工された本の背表紙が光りを受けて、輝いていた。
アーサーは汚れたタオルやらを抱えて部屋を出て行った。
ドアが閉まる音を聞いて、アルフレッドはホッと息を吐いて、安堵し、ようやっと肩の力を抜いた。だけど寝返りを打って仰向けの体制になる事はしない。尻の鈍痛が激しくて、仰向けになんかなれなかったのだ。うつぶせの寝苦しい体制のまま、アルフレッドは顔だけ横に向けて、耳を枕に押し当てていた。
自然に湧き出た涙がアルフレッドの目じりを伝って、枕に落ちて行く。ポタッポタッと涙が枕の布に当たる音が、静かな部屋の中でやけに響いていた。耳を枕に押し当てているから余計に響いて聞こえるのかもしれない。
泣くなんて女々しい、女の子みたいだ……本当に女の子みたいだ……。
そう自嘲すると、自分の言葉なのに傷ついた。胸がえぐれるように痛んで仕方がない。この痛みからずっと、この先永久に逃れる事はできない気がして、アルフレッドは目の前が真っ暗になった。それと同時に吐き気も催す。でも吐かなかった。ぎりぎり吐くまでに至らなかったのだ。目を瞑っていると、次第に睡魔が襲ってくる。寝たら、明日が来るだろう。明日、アーサーにどんな顔をして朝の挨拶をしよう。考えると怖かった。時が止まれば良いのに。自分なんて消えてしまえば良いのに。あれこれ考えて思い悩まなくても良い、無の世界に行きたい。やがて、アルフレッドは眠りについた。
次の日、朝になっても、アルフレッドは起きられないでいた。起きてはいたのだが、目を開けられなかった。現実を見るのが怖かったのだ。
一時間くらい、そうしていた。だけど、そうして時間をやり過ごしている内に、トイレに行きたくなって、アルフレッドは仕方なく目を開けた。
朝の眩しい光が、窓から部屋に射し込んでいた。アーサーの姿はない。たぶん、リビングで薬でもやっているのかもしれない。
アルフレッドは音を立てないようにベッドから降りて、部屋を歩き、廊下に出た。廊下は、しんと静まり返って静かだった。廊下と言わず、家の中の全体が静かだった。廊下の窓から見える外の木の緑色の葉が、風に揺れている。横に青い空も見えた。
「アルフレッド?」
ぎくり、とアルフレッドは足を止めた。足音がして、アーサーが現れた。動揺して、瞳が揺れる。
「おはよう」と彼は言った。
「あ、おはよ……ちょっと、トイレ……っ」
アルフレッドは、アーサーから逃げる様に、トイレに駆け込んだ。扉を閉めて、鍵を掛けると、やっと落ち着いた。ふと、アルフレッドはトイレに窓があることに気がついた。
「通れるかな……?」
もともと他人だった。ひょんなことから一緒に生活をするようになっただけだ。今また他人に戻っても、あるべき所に収まるだけで、何も変わらないだろう。
窓から、どうにか外に出られたアルフレッドは、太陽の眩しさに、少し立ち暗みを起こした。だけど、すぐに収まった。
歩こう。歩いて、どこか、遠い所に行こう。アーサーから離れた……。
足を一歩踏み出した。
「どこに行きやがんだ」
足が止まる。
アーサーが植えられた楓の木の陰から出てきた。
「アーサー……、何でそんな所から……」
「トイレからガタガタ音が聞こえてきたから。お前が脱走でも試みてんのかと思って、先回りして待っていたんだよ」そしたら案の定と、アーサーはニヤリと笑う。笑ってはいたけど、どこか余裕のない笑みだった。
アルフレッドは、焦らず、もっと静かに抜け出せば良かったと後悔した。
「で、どこに行くつもりなんだ」
アルフレッドは肩をすくめる。
「どこでも。君から離れてみたいと思っているんだ。離れられるならどこでも良いさ」
アーサーが息を飲むのが分かった。
「なんで、そんな事を言うんだよ?」
アルフレッドは何も答えなかった。
可哀そうに、アーサーは目に涙を浮かべている。
「ごめん、アーサー。俺……君と居たくない」
「なん、で」
「君と居ると、苦しいんだ」
「アルフレッド」
アーサーがアルフレッドに手を伸ばす。アルフレッドは首を振った。
「苦しい思いは、もう嫌なんだぞ。だから……ごめんよ」最後の方は涙声だった。アルフレッドはアーサーを振り切り、逃げ出した。
「アルフレッド! 逃げるな!」
彼の悲痛な叫びを無視して、アルフレッドは走った。